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理想の嫁でなかったから①
しおりを挟む自室にて、前世でよく作ったヒーリングサブレの材料と作り方を思い出しながら紙に綴るセラティーナの手を止めたのは、お茶をしましょうと入ったエルサだった。
事件から半月が経過した。今まで王国の筆頭公爵家であったグリージョ公爵家は、お取り潰しは確定だと父は語っていた。
数十前に起きた妖精狩や十八年前から起きていた妖精狩も全てアベラルド一人で行ったとされ、処刑が確定した。今回の件に隣国の皇帝シャルルが関わっていた件については、不問とされたのでアベラルドがシャルルに危害を加えたのも不問となった。
あくまで妖精フェレスの頼みで関わっただけで帝国を治める者としては一切関わっていない。というのがシャルルの言い分。本来なら通らない言い分なのだが今回は通った。事が事なだけに。
「お姉様、今日のお茶と茶菓子はわたくし自慢のカフェから直接取り寄せましたの。お姉様もきっと気に入って下さるかと」
「楽しみね」
エルサとサロンに向かいつつ、セラティーナの頭は別の考えをしていた。
事件から三日後、秘密の訪問としてシャルルがプラティーヌ家を訪れた。側に護衛はいない。目立たないようにだと本人は口にしていたが、皇帝とあろう者が護衛無しで行動するとは……セラティーナも驚きで、父に関しては呆れ返っていた。シャルルの魔法の師はフェレス。並の魔法使いでは相手にならない凄腕。己の実力を過信すれば痛い目に遭うのは本人も承知しているようだが、ジグルドとの交渉は一人で来たかったからと護衛は断った。
「エルサは帝国への移住をどう受け止めているの?」
「わたくしですか? わたくしは既に覚悟は出来ています。お友達と離れるのは寂しいですが手紙のやり取りでお互いの近況は知れますから」
帝国への移住の件についての話は、セラティーナやエルサにも同席を求められた。
帝国には魔力があっても魔法が使えない者を嘲笑う者はいない。いたとしても極少数。というのも、帝国では貴族でも魔力を持たない者は多く、魔力持ちは貴重とされる。
帝国魔法研究所が開発した魔道具の使用においても、魔力持ちから魔力を補給してもらう必要がある点にいても重宝される。
『どうだろう? 前向きに考えてくれたかな?』
『……良いでしょう。元々、この国には愛想を尽かしていた。但し、此方から幾つか条件があります』
一つは希望する領民の帝国への移住を認める事。
もう一つは王国で運営する商会本部も帝国への移転を認める事。従業員達の生活保障や安全保障を帝国側にも認めるもの。
ある程度条件については予想していたらしく、分かったと一言で受け入れたシャルルは帝国に帰還次第すぐに手続きをしようと約束した。
『エルサ、異論はないな』
『わたくしはありません。ただ……お母様にはどう説明を?』
『あれには私から話を付ける。この後、あれを置いている宿に向かうつもりだ』
プラティーヌ領の途中にある宿で母を置いているまま。言葉通り父はシャルルが帰るとすぐに出発した。
サロンに入るとお茶の準備は既に出来ており、ソファーに腰掛けたセラティーナとエルサはティーカップに手を伸ばした。琥珀色の水面から上がる湯気、鼻腔を満たす香ばしい香り。一口飲む。想像した通りの美味に二人の顔が緩む。
「わたくし達プラティーヌ家が爵位を返上して帝国へ移住する件。王家側は断固拒否しているようですね」
「まあ、仕方ないわ」
王国一の財力を持ち、他国からの信頼も篤い商人たるプラティーヌ家が国を去るとなれば王家も引き止める為に必死になる。
グリージョ公爵家がお取り潰しとなった今、嫡男であるシュヴァルツとの婚約は強制解消。シュヴァルツは現在、大聖堂で世話になっていると聞く。平民となってもシュヴァルツが側にいるのならとルチアが大聖堂を説得し、彼を受け入れたのだ。聖女の能力が低下していたルチアもシュヴァルツが大聖堂に身を寄せてからは、徐々に能力を取り戻し国の為、民の為にと毎日動いている。
事件は全てアベラルド一人で企て、実行したとされ、シュヴァルツや妻エリスは平民落ちしただけで終わった。
数十年前亡くなったファラを無理矢理巻き込み、死なせたのも自分だと自供した。実際はファラも共犯であるのに。一度、面会の機会を許されたジグルドが貴族牢に囚われるアベラルドに訊ねた。何故ファラの罪をも背負うのかと。
『何故だと? 当然だろう。ファラはずっと苦しんできた。死んで尚、ファラを苦しめる事を私はしない。ファラの罪も含めて全て私が償う。今の私が愛する人に出来るのはもうこれしかない』
『アベラルド……』
『ジグルド。もうお前に会う事はない。あの世に逝ってもお前とは会わないだろう』
『ああ……そうだな』
背を向けたアベラルドを一瞥せず、ジグルドは貴族牢を出て行った。
もう会う機会はないがセラティーナとしても聞いてみたい問いがあったものの、聞けず仕舞いに終わる。
「お菓子も頂きましょう!」
「ええ」
一番のお勧めをエルサに渡され、早速頂いたセラティーナであった。
同じ頃、王城にある会議室では国王と王太子ローウェンが向き合っていた。
「父上! プラティーヌ公爵家の帝国移住の件、何としてでも防がなければ!」
王国の経済に多大な影響力を持つプラティーヌ家の移住は絶対に阻止しないとならない。力説するローウェンの向かいにいる国王は力なく首を振る。
「無理だ。プラティーヌ公爵を説得しても無駄に終わった。王国には愛想が尽きたと言われた」
「そんな……!」
「お前がシュヴァルツや聖女の関係を後押しし、それをセラティーナ嬢に強制した時点で見切りをつけたとも言われたぞ」
「え…………」
今更な話を持ち出され、呆然とするローウェンに失望の目をやる国王。聖女の心が安定するのならと放った国王にも責はある。
「更に悪い話がある。お前が露骨に聖女を贔屓する姿が不安になったからと帝国から、お前とエステリーゼ皇女の婚約解消を求められた」
呆然とするローウェンに追い討ちを掛け、余計頭を混乱させた国王はただただ深い溜め息を吐いた。
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