上 下
99 / 109

罪人の子であろうと愛している③

しおりを挟む



「どうしようもない」


 側まで来たジグルドの冷めた声色で溜め息混じりに吐き出された言葉にセラティーナやエルサは同意しかなかった。重罪を犯したアベラルドが連行され、シュヴァルツの今後を心配するルチアをどう落ち着かせるかとしか頭にないローウェン。事実に近い言葉を使えば、傷付いて泣いてしまうと予想して言葉に出せない。冷めた声色と合わさって冷めた瞳でローウェンを見る。青の瞳は氷の如く冷え冷えとしており、帝国移住の提案を飲んでもおかしくはない。


「殿下お願いです、シュヴァルツは無実です何もしていません!」
「ルチア、冷静になって」
「冷静になんてなっていられませんっ、だって、だって」 

「……」


 涙目でシュヴァルツの無実を必死に訴えるルチア、押しに押されるだけで曖昧な態度を見せるローウェン、呆然としたままのシュヴァルツをじっとセラティーナは見つめた。今後シュヴァルツが公爵令息ではなくなってもルチアは今と同じようにシュヴァルツへの想いを捨てずにいられるのだろうか。視界の端に何かが動いた。シュヴァルツだ。


「ルチア、もういい」
「シュヴァルツっ」
「殿下、私は母や屋敷に招いている親族に事情を説明した後登城します。父が何をしていたか知らなくても、私自身の身の潔白を証明することにはならない」
「あ、ああ」


 一礼をしてローウェンやルチアの側から離れたシュヴァルツは、騎士の一人に声を掛け共に温室から出て行った。


「グリージョ様の方が冷静でしたわね」
「ええ。シュヴァルツ様自身には罪がないとすぐに判明する筈よ」


 実際、妖精狩を実行していたのはアベラルドのみ。シュヴァルツやエリス、他の親族は一切関わっていない。後は、残ったローウェンとルチアがどんな言葉を発するのかが重要だ。ジグルドの冷めた瞳は未だローウェンを見続けている。


「グリージョ公爵の罪状によっては、グリージョ公爵家の取り潰しは免れない」
「そんな……」
「ルチア、私や君も現実を見よう。もうシュヴァルツとは関わってはいけない。今後シュヴァルツは、重罪を犯した犯罪者の子になる。君や私とでは——」
「関係ありません!!」


 幼い頃からの友人たるグリージョ公爵令息は今後いなくなる。利益の無くなった他者を切り捨てる判断だけは早く、王太子と聖女である自分達とはもう同じ道には立てないとローウェンは解った。ルチアの理解を得ようとしたローウェンであるが失敗に終わる。


「見損ないましたわ殿下!! グリージョ公爵様が罪を犯してもシュヴァルツが手を貸していないのなら、シュヴァルツは無実ではありませんか!」
「ルチアそうじゃない。こうなった以上、グリージョ公爵家は存続が危ぶまれ、シュヴァルツがたとえ公爵に手を貸していなくても連座で罰を受ける可能性は大いにある。仮に罰を受けなくても、罪人の子という烙印を押されるシュヴァルツとルチアでは、生きる世界が完全に変わる」
「もういいです! 殿下にはもう何も求めません! シュヴァルツが貴族でなくなろうと罪人の子になろうと私のシュヴァルツへの愛は変わらない。私が大聖堂に掛け合ってシュヴァルツだけでも助けられるようにします!」
「ルチア!」


 掴まれた手を無理矢理払い、一人温室を出て行ったルチア。青い表情で見ているしか出来ないローウェンは力なく「私は事実を言っているだけなのに……」と呟き項垂れた。

 しっかりと見ていたセラティーナはちらりとジグルドを見やった。冷えた青の瞳には盛大な呆れの色が浮かんでおり、同じ気持ちなのだと少し安心した。


「タイミングと言い方の問題、でしょうか」
「あの王太子は、聖女とは違った意味で頭に花を咲かせている。グリージョの倅と聖女の関係を裏から後押ししていたのも王太子だ」
「え」


 以前から二人の仲を認めている節があるとは思っていたが裏から後押ししていたと聞かされ、愕然としてしまった。なら王命としてシュヴァルツとセラティーナを無理矢理婚約解消をさせ、ルチアと婚約させれば良かったのでは? と疑問を呈した。「その通りなんだがな」とジグルドは前置きし、話を続けた。


「グリージョ家はこの国の筆頭公爵家。王太子の思惑があろうと聖女と倅が両想いだろうと、一度正式に認めた婚約を碌な理由も無しに白紙には出来んからな」
「ルチア様の精神安定という名分でも通せたのでは?」
「そこまでは知らん。興味もない」


 王太子の言葉があろうと国の頂点たる国王の決定がなければ、結局のところセラティーナとシュヴァルツの婚約は解消されなかっただろう。
 最早ローウェンがルチアに想いを寄せているのは明白であり、他の男と結ばれても友人のシュヴァルツとなら側で見守れるから二人の仲を後押していた節があり過ぎる。


「公爵」


 この国の行く末が心配だと零したジグルドの言葉にはセラティーナもエルサも同意しかなく、項垂れたままのローウェンからジグルドを呼んだシャルルに振り向いた。


「後日プラティーヌ家を訪ねる。その時は良い返事が待っていると期待していよう」
「一つお聞きしますが何時から私を帝国へ勧誘しようと?」
「ずっと前からさ。そうだな……貴殿が帝都に幾つかの家を購入した時からとでも言っておこう」


 帝都中心街の比較的築年数が浅く、家族向けの一軒家を数軒購入し、誰も住んでいないのに人を雇って定期的に掃除をさせ何時でも入居可能の状態を維持し続けた。また、誰も買い取らず帝国が管理している土地を商会経由で幾つか購入し、専門の農家を雇って魔法薬の材料となる薬草を育てている。思惑がないと思う方がおかしい。
 興味が湧き、調査させ、結果魔法使いの長女を追い出す為……と結論付けたがそれにしても妙だとシャルルは感じた。魔法使いの長女を嫌っているのなら、無一文か最低限の金銭だけ握らせて追い出せばいいものを生活環境を十分過ぎる程整えている。


「今は理由を知れて良かったよ」とだけ言い残し、やって来た騎士と共に去った。




  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

まさか、こんな事になるとは思ってもいなかった

あとさん♪
恋愛
 学園の卒業記念パーティでその断罪は行われた。  王孫殿下自ら婚約者を断罪し、婚約者である公爵令嬢は地下牢へ移されて——  だがその断罪は国王陛下にとって寝耳に水の出来事だった。彼は怒り、孫である王孫を改めて断罪する。関係者を集めた中で。  誰もが思った。『まさか、こんな事になるなんて』と。  この事件をきっかけに歴史は動いた。  無血革命が起こり、国名が変わった。  平和な時代になり、ひとりの女性が70年前の真実に近づく。 ※R15は保険。 ※設定はゆるんゆるん。 ※異世界のなんちゃってだとお心にお留め置き下さいませm(_ _)m ※本編はオマケ込みで全24話 ※番外編『フォーサイス公爵の走馬灯』(全5話) ※『ジョン、という人』(全1話) ※『乙女ゲーム“この恋をアナタと”の真実』(全2話) ※↑蛇足回2021,6,23加筆修正 ※外伝『真か偽か』(全1話) ※小説家になろうにも投稿しております。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

逃がす気は更々ない

恋愛
前世、友人に勧められた小説の世界に転生した。それも、病に苦しむ皇太子を見捨て侯爵家を追放されたリナリア=ヘヴンズゲートに。 リナリアの末路を知っているが故に皇太子の病を癒せる花を手に入れても聖域に留まり、神官であり管理者でもあるユナンと過ごそうと思っていたのだが……。 ※なろうさんにも公開中。

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

処理中です...