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罪人の子であろうと愛している③
しおりを挟む「どうしようもない」
側まで来たジグルドの冷めた声色で溜め息混じりに吐き出された言葉にセラティーナやエルサは同意しかなかった。重罪を犯したアベラルドが連行され、シュヴァルツの今後を心配するルチアをどう落ち着かせるかとしか頭にないローウェン。事実に近い言葉を使えば、傷付いて泣いてしまうと予想して言葉に出せない。冷めた声色と合わさって冷めた瞳でローウェンを見る。青の瞳は氷の如く冷え冷えとしており、帝国移住の提案を飲んでもおかしくはない。
「殿下お願いです、シュヴァルツは無実です何もしていません!」
「ルチア、冷静になって」
「冷静になんてなっていられませんっ、だって、だって」
「……」
涙目でシュヴァルツの無実を必死に訴えるルチア、押しに押されるだけで曖昧な態度を見せるローウェン、呆然としたままのシュヴァルツをじっとセラティーナは見つめた。今後シュヴァルツが公爵令息ではなくなってもルチアは今と同じようにシュヴァルツへの想いを捨てずにいられるのだろうか。視界の端に何かが動いた。シュヴァルツだ。
「ルチア、もういい」
「シュヴァルツっ」
「殿下、私は母や屋敷に招いている親族に事情を説明した後登城します。父が何をしていたか知らなくても、私自身の身の潔白を証明することにはならない」
「あ、ああ」
一礼をしてローウェンやルチアの側から離れたシュヴァルツは、騎士の一人に声を掛け共に温室から出て行った。
「グリージョ様の方が冷静でしたわね」
「ええ。シュヴァルツ様自身には罪がないとすぐに判明する筈よ」
実際、妖精狩を実行していたのはアベラルドのみ。シュヴァルツやエリス、他の親族は一切関わっていない。後は、残ったローウェンとルチアがどんな言葉を発するのかが重要だ。ジグルドの冷めた瞳は未だローウェンを見続けている。
「グリージョ公爵の罪状によっては、グリージョ公爵家の取り潰しは免れない」
「そんな……」
「ルチア、私や君も現実を見よう。もうシュヴァルツとは関わってはいけない。今後シュヴァルツは、重罪を犯した犯罪者の子になる。君や私とでは——」
「関係ありません!!」
幼い頃からの友人たるグリージョ公爵令息は今後いなくなる。利益の無くなった他者を切り捨てる判断だけは早く、王太子と聖女である自分達とはもう同じ道には立てないとローウェンは解った。ルチアの理解を得ようとしたローウェンであるが失敗に終わる。
「見損ないましたわ殿下!! グリージョ公爵様が罪を犯してもシュヴァルツが手を貸していないのなら、シュヴァルツは無実ではありませんか!」
「ルチアそうじゃない。こうなった以上、グリージョ公爵家は存続が危ぶまれ、シュヴァルツがたとえ公爵に手を貸していなくても連座で罰を受ける可能性は大いにある。仮に罰を受けなくても、罪人の子という烙印を押されるシュヴァルツとルチアでは、生きる世界が完全に変わる」
「もういいです! 殿下にはもう何も求めません! シュヴァルツが貴族でなくなろうと罪人の子になろうと私のシュヴァルツへの愛は変わらない。私が大聖堂に掛け合ってシュヴァルツだけでも助けられるようにします!」
「ルチア!」
掴まれた手を無理矢理払い、一人温室を出て行ったルチア。青い表情で見ているしか出来ないローウェンは力なく「私は事実を言っているだけなのに……」と呟き項垂れた。
しっかりと見ていたセラティーナはちらりとジグルドを見やった。冷えた青の瞳には盛大な呆れの色が浮かんでおり、同じ気持ちなのだと少し安心した。
「タイミングと言い方の問題、でしょうか」
「あの王太子は、聖女とは違った意味で頭に花を咲かせている。グリージョの倅と聖女の関係を裏から後押ししていたのも王太子だ」
「え」
以前から二人の仲を認めている節があるとは思っていたが裏から後押ししていたと聞かされ、愕然としてしまった。なら王命としてシュヴァルツとセラティーナを無理矢理婚約解消をさせ、ルチアと婚約させれば良かったのでは? と疑問を呈した。「その通りなんだがな」とジグルドは前置きし、話を続けた。
「グリージョ家はこの国の筆頭公爵家。王太子の思惑があろうと聖女と倅が両想いだろうと、一度正式に認めた婚約を碌な理由も無しに白紙には出来んからな」
「ルチア様の精神安定という名分でも通せたのでは?」
「そこまでは知らん。興味もない」
王太子の言葉があろうと国の頂点たる国王の決定がなければ、結局のところセラティーナとシュヴァルツの婚約は解消されなかっただろう。
最早ローウェンがルチアに想いを寄せているのは明白であり、他の男と結ばれても友人のシュヴァルツとなら側で見守れるから二人の仲を後押していた節があり過ぎる。
「公爵」
この国の行く末が心配だと零したジグルドの言葉にはセラティーナもエルサも同意しかなく、項垂れたままのローウェンからジグルドを呼んだシャルルに振り向いた。
「後日プラティーヌ家を訪ねる。その時は良い返事が待っていると期待していよう」
「一つお聞きしますが何時から私を帝国へ勧誘しようと?」
「ずっと前からさ。そうだな……貴殿が帝都に幾つかの家を購入した時からとでも言っておこう」
帝都中心街の比較的築年数が浅く、家族向けの一軒家を数軒購入し、誰も住んでいないのに人を雇って定期的に掃除をさせ何時でも入居可能の状態を維持し続けた。また、誰も買い取らず帝国が管理している土地を商会経由で幾つか購入し、専門の農家を雇って魔法薬の材料となる薬草を育てている。思惑がないと思う方がおかしい。
興味が湧き、調査させ、結果魔法使いの長女を追い出す為……と結論付けたがそれにしても妙だとシャルルは感じた。魔法使いの長女を嫌っているのなら、無一文か最低限の金銭だけ握らせて追い出せばいいものを生活環境を十分過ぎる程整えている。
「今は理由を知れて良かったよ」とだけ言い残し、やって来た騎士と共に去った。
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