婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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強欲な愚か者③

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 喧しいと叫びたくなるくらい、異形の赤子はフェレスの月を宿した青の瞳に固執し、強大な魔力をも要求する。多数の小さな黒い手がフェレス目掛けて伸ばされた。難なく避け、襲われても避け続ける。人間に一切の興味はないらしく、魔法攻撃を当てるシャルルには目も向けない。攻撃を受けようと黒い手は瞬時に再生されフェレスを襲う。蔓もそう。偽者のフェレスから未だ魔力を奪いながら、本物のフェレスの魔力を奪おうと狙う。


「ほらシャルル。さっさと始末してくれないと僕の体力が尽きるよ」
「年寄りのくせに体力と魔力だけは無尽蔵な奴が何言ってる……!」
「年寄りは余計だよ。そんな事を言ったら、長生きな妖精は皆年寄りなんだから」


 人間の何倍、何十倍も生きる妖精の最年長は確か二千を超えると昔フェレスに言われた。
 軽い身のこなしで躱し続けるフェレスから余裕の表情は崩れない。


「ボクノボクノボクノ!! ボクノオメメ!!」
「偽者で満足していればいいものを……」


 呪いと胎児が融合したせいか、異形の化け物の言動には幼稚さが目立つ。

 心配でも自分が行ったところでフェレスやシャルルの邪魔になると解しているセラティーナは、ファラの胎にいる化け物にある違和感を覚えていた。じっと見つめていると「お前も気付いたか?」とジグルドに声を掛けられた。


「はい……ファラ叔母様のお腹から、どうして出て来ないのでしょう」


 直接的な攻撃と言えば、多数の小さな黒い手を使ってフェレスを捕えようとするだけ。胎の中にいる本体は何故出て来ない。チラリと見える胎の中には、多数の目を持つ悍ましい化け物が大事そうに偽者のフェレスの眼を抱いている。


「出て来ないのではなく、出て来れないのが正解……?」
「恐らくそうなのだろう」


 じっと異形の化け物を観察するジグルドの瞳は、紹介された商品をじっくりと品定めをする商人の目そのもの。


「ファラを此処に連れて来たのも化け物自身が胎の中から出られないせいだとしたら、……あの化け物を倒す方法は恐らく――ファラを殺すことだ」


 あっさりと言ってのけたジグルドであるが声色には覚悟が込められていた。無理矢理化け物に体を動かされ、悲鳴を上げ続けるファラ。飛ばされたアベラルドはまだシャルルの放った苦痛から解放されておらず、痛みで動けないでいる。
 化け物はフェレスのみ襲っているが蔓は自身を攻撃するシャルルも狙っていて、拘束する気のない鋭利な先端で徹底的に狙っている辺り魔力を奪う気は更々無いと見た。


「セラティーナ。結界を一瞬だけ解いてくれ。私が外へ出たらすぐにまた結界を貼るんだ」
「お断りしますわ。私、お父様やお母様の言う事を聞くのは好きではないんです」
「……」


 何か言いたげなジグルドの視線を受けてもセラティーナは「ここまで来たなら、最後まで近くで見届けさせてください。何より、お父様に何かあればエルサやお母様が悲しみます」と譲らず、ジグルドもそれ以上は言わず「……分かった」とだけ出した。

 化け物と蔓がフェレスとシャルルに気を取られている間、細心の注意を払いながらも一気にファラの許へ駆け付けた二人。胎の中にいる化け物の多数の目が二人をギロリと睨めつけた。


「ナンダヨ! オメメハワタサナイゾ!」


 偽者のフェレスの眼を奥へ仕舞い込み、敵対心を露にする化け物。「いるかっ、そんなもの」とジグルドが吐き捨てると多数の目を赤くさせた。馬鹿にされたと激情し、フェレスに向いていない小さな黒い手が結界に伸ばされた。
 極限までに強度を上げた結界を容易く貫き、ジグルドを狙った。創造した風の刃でジグルドに迫った黒い手をセラティーナが切断、赤子の泣き声のような雄叫びを上げた化け物を狙って瞬時に紫電と火炎を混ぜた矢を放つが――


「させ、るかっ!!」


 動けない筈のアベラルドがファラもろとも赤子を狙ったセラティーナの魔法を防いだ。血走った目と向き合おうと怯まない。


「ファラは、この子は、殺させん!」
「グリージョ公爵! 退いてください! その赤子はもう貴方や叔母様の子ではありません! 呪いによって変異した化け物です!」
「ファラの胎内にいるのだから私とファラの子だ! 絶対に、殺させはしない……!」
「っ!」


 全身に激痛が走り、激しく体力を消耗していても王国でも指折りの数に入る魔法使いの力は衰えず、放たれる魔法攻撃を打ち消すか別の方へ飛ばすので精一杯。少しでも油断すれば死ぬのは自分と父。フェレスの為にも、帰りを待つエルサの為にも誰一人として欠けられない。


「何故ジグルドを守る!? 君にとって守る価値もない筈なのにっ」
「お父様に何かあればエルサが悲しみます。料理長もそうです。何より、王国や隣の帝国にはお父様を慕う商会の方や商人、領民が大勢いるんです。こんな所で死なれても迷惑なだけですわ!」
「ぅぐっ!」


 放たれた攻撃を打ち消すと次の攻撃を放つ隙を与える間もなくセラティーナが紫電と炎が混ざった矢をアベラルドに放った。まともに食らったアベラルドは吹き飛んだ。身を包む炎をすぐに消し、全身の痛みと痺れでまた暫くは動けなくなった。
 刹那、セラティーナの頭上が暗くなる。見上げると大量の蔓が束となってセラティーナ目掛けて迫っていた。息を呑んだセラティーナが咄嗟に結界を展開し掛けた時、知っている香りがセラティーナを包んだ。


「ただいま、セラ」


 太い束で襲い掛かった蔓はフェレスの力で光の粒子となって消え、シャルルの名を叫んだ。蔓を躱しながら青い薔薇が収められているガラスケースの側まで来ていたシャルルがそれを破壊。
 青い薔薇から流れる極端なまでに濃い魔力に吐き気を覚えつつも、青い薔薇に触れた。シャルルに触れられた青い薔薇から輝きは消え、今まで襲い掛かっていた蔓が見る見るうちに細く枯れていった。


「これって……」
「シャルルは類稀な植物魔法の使い手さ。この魔法だけなら僕以上だ」
「そうだったの……。あ、フェレス」


 滅多にいないと家庭教師に習った覚えのあるセラティーナが思い出していると黒い魔手がフェレス目掛けて伸ばされる。眼前で見えない壁で方向をずらし、勢いを止められないそれはファラの胴体を幾つも刺した。




 ――同じ頃、病院に運ばれたシュヴァルツは意識を取り戻しており、手を握り続けていたルチアと目が合うと泣いて喜ばれた。


「良かった……! シュヴァルツ!」
「ルチア……此処は……」
「病院よ」


 何があったかを説明しようとしたルチアを覚えていると遮り、上体を起こしたシュヴァルツは手を握っているルチアを見て驚いた。見るだけでかなりの魔力を消耗していると知る。


「ルチア……それほどまでに私の怪我が酷かったということか……」
「ううん、いいのよ。シュヴァルツが無事でいてくれるだけで私はいいの」


 意識を失う前、リザードマンを倒しと思った直後、死ぬ間際の一撃とでもいうのか、強い力で吹き飛ばされたのを覚えている。油断した自身が悪いとはいえ、不甲斐ない。
 扉がノックされ、返事をすると入って来たのはローウェンと隣国の皇太子フィリップだった。


「ローウェン、皇太子殿下まで」


 ベッドから出ようとしたシュヴァルツをフィリップが止め、目が覚めて良かったと微笑む。


「『狩猟大会』はシュヴァルツ殿の優勝だそうです。おめでとうございます」
「そう、なのですか」
「ええ。優勝は頂いたと思っていましたが……中々難しい競技ですね。良い経験をさせていただきました」
「いえ……」


 シュヴァルツはハッとなるとまたベッドから出ようし、周りが止めてもセラティーナに会いに行くと譲らなかった。


「どうしてセラティーナ様に? セラティーナ様は、瀕死になったシュヴァルツを助けなかった薄情者なのに!」
「セラティーナは治癒能力を持っていないんだ、当然だろう」
「いいや、違うぞシュヴァルツ」と否定したのはローウェン。


「セラティーナ嬢は、お前の怪我を癒すルチアに手を貸さなかったんだ。カエルレウム卿の求婚を受けたと言っても今はまだお前の婚約者なのに」


 憤慨するローウェンとルチア、呆然とするシュヴァルツを見つめながらフィリップは内心父シャルルの思惑通りに運びそうで良かったと満足気だ。
 理由はどうであれば、プラティーヌ公爵はセラティーナを大切にしている。そして、シュヴァルツとルチアの関係を王太子が筆頭になって認め、セラティーナを軽く見ている。今がそう。


 ――これなら、プラティーヌ公爵を我が国に迎え入れるのも時間の問題だろう。


 帝国は王国と違って、魔法が使えない魔力持ちを馬鹿にしない。なんなら、豊富な魔力量を持つ魔力持ちに協力を仰ぐことだってある。
 今荒事真っ只中であろうシャルルやフェレスが戻ったら、早速プラティーヌ公爵に交渉を取っても問題はないと進言する。

 と決めた瞬間。大慌ての騎士が一名病室に駆け付けた。病人がいるのだぞとローウェンから叱責を受けても、事が事だけに騎士はグリージョ公爵家が、と報告をしたのだった。





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