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犠牲②
しおりを挟む蔓に拘束されていたエルサは消え、代わりとばかりに大量の土が落ちていた。届いた声の主が誰かと思い出す前に、眩い光の熱がアベラルドに迫った。寸でのところで硬度な結界を展開、光の熱を防いだアベラルドは声の主の姿を見るなり動揺を隠せなかった。
セラティーナとジグルド、アベラルドの間に立つのはシャルル。隣国の皇帝が何故此処に? と誰もが抱く疑問をシャルル本人が説明した。
「人を扱き使うのが好きな妖精の為だ。セラティーナ嬢、プラティーヌ公爵、妹君は無事だ。『グレーテル』で安全に保護されている。心配はいらない」
『グレーテル』はランスがいる組合の名。良かったと心底安堵するセラティーナは、安堵しながらもエルサが狙われているのを何時知ったのかとシャルルに投げかけた。
「簡単な事さ。件の妖精狩がグリージョ公爵の仕業で、不可能を可能にする花を咲かせる理由を知れば、自ずと狙いはセラティーナ嬢だと知れる。君や公爵を無理矢理従わせるなら、最も簡単なのは跡取りの次女を人質とすることだ」
ふと、髪の中に隠れた小鳥がいないかとセラティーナが頭を弄ると——いた。てっきり、フェレスだと思っていた小鳥にシャルルが変身していたものだと思ったが違うらしい。なら、やはり小鳥はフェレス? と口にすると「ああ、違うよ」とシャルルは言う。
「その小鳥は私の使い魔さ。エルサ嬢に扮して身動きが取れない間、君に何かあってはいけないと会話を私に送らせていたんだ」
フェレスと聞いた時、頷いたかのように見えたのは小鳥がセラティーナの声に反応しただけだとも話される。フェレスでないと知って微かに安心してしまった。どんなに強いと知っていても、捕まれば妖精の魔力を生命もろとも奪う花がある此処にいてほしくないと抱いてしまうから。
「余程、帝国はあの大魔法使いが怖いと見える」とアベラルド。
「怖い、というのもあるが我が国としても、フェレス程の魔法使いを失う訳にはいかない。たとえ、可能性が僅かだとしても、あいつに危険がある以上、安易に此処へは来させられない。フェレスを失えば帝国は大きな守護を失う」
最後に小声で「……祖父と父が化けて出るのは絶対に嫌だからな」と付け足した。シャルルの本音はある意味、最後の小声に込められている。
「はあ……」
面倒くさげに溜め息を吐き、この場にいる自分以外の人間全員生かして帰さないと発したアベラルドの表情から、瞬時に感情は消え去った。無機質な鉄の色がエルサを拘束していた蔓に向き、撫でるように触れた。
「フェレス=カエルレウムの為と言えど、貴方やセラティーナ嬢に危機があれば、彼の妖精とて駆け付けざるを得ない。妖精を誘き寄せる人質になっていただきましょう」
抑揚のない声なのに、一句一句言葉を発するだけで体に伸し掛かる重圧は凄まじい。撫でている蔓に魔力を与え、野太い咆哮が地下から轟く。セラティーナとジグルドを温室に入れた瞬間から音を遮断する結界を貼っており、アベラルドはどれだけ叫ぼうが此処には誰も来ないと語った。
「ジグルド。お前のせいでまた誰かが傷付き、死ぬことになる」
「お父様のせいにしないでください。グリージョ公爵、貴方ならファラ叔母様を止められた筈です」
アベラルドは先程ジグルドを見た時と同じような感情をセラティーナにも見せた。
「君はジグルドの肩を持つのか? 私が知っている限り、お前達二人は親子として致命的なまでに関係が破綻しているのに」
「お父様が私をどう思おうが、私がお父様をどう思おうが私達の自由です。貴方に何かを言われる筋合いはありません。確かに世間一般で言う親子としては、私とお父様は致命的なまでに関係が破綻しているのでしょう」
「ですが」と言葉を強くし、ジグルドよりも前に出た。
「プラティーヌ家の娘として私を育ててくださいました。私や周囲を騙しながら、私を密かに守っていてくれました。今更私もお父様も仲良し親子なんて望みません」
「……」
「だけどグリージョ公爵、貴方がお父様を悪く言うのは違うのではないですか? 貴方はファラ叔母様の暴走を止められる唯一の人だった筈です」
「唯一、か」
投げやりに零された一言。自嘲し、再度同じ台詞を零したアベラルドは蔓を撫で続けた。
「私はファラの唯一にはなれなかった。ファラの唯一はジグルド、ファラにとってたった一人の家族だけだ」
「アベラルド。お前はファラを愛していた訳じゃない、母に似たファラを代わりにしていただけだ」
「いいや、私は確かにファラを愛していた」
ジグルドの言葉を否定し、初恋の人に似たファラに抱いた片想いは軈て本物の愛へと変わった。愛する人の目がたとえ自分に向かなくても、絶対的な味方だと証明してみせればそれだけで信頼を得られる。悍ましい姿に成り果てたファラに変わらない愛を捧げている。
深い愛を持ちながら、正しい道へ進もうとしないアベラルドに向けるジグルドの瞳は悲しみと微かな寂しさを宿している。
「アベラルド、お前は私が嫉妬する程に賢い男であるのにどうして理解しようとしない……」
「話は終わりだジグルド。もう……お前と話す事はない」
その言葉が合図となって、温室を強い光が覆った。
妖精狩の黒幕であるアベラルドの対処はシャルルに放り投げ、妖精の命を生命もろとも奪う青い薔薇の根っ子に足を踏み入れたフェレスは片手で掴んでいた襲撃者を放った。
「ここか……」
エルサを襲った蔓はフェレスが放り投げた襲撃者の指示で動かされていて、襲撃者を気絶させエルサを同行させていた帝国の調査員に渡してからシャルルは『狩猟大会』地で調達した土を変わり身としてエルサに変身し、蔓に自身を拘束させた。国王や王太子と共にいるシャルルはシャルル自身が作った偽物。フィリップも了解している。
『はは。皇帝が女装か。帝国に残っている他の皇族に見せつけてやりたいね』
『誰がするか。フェレス、お前が来て大丈夫なのか?』
『ああ、心配いらない』
エルサに扮したシャルルを蔓が地中に引き込むのと同時にフェレスも蔓に掴まって地中へ潜った。空間移動が使われていて、やって来たのは蔓一面で覆われている部屋。微かな隙間から見える石造りの壁を見て、以前情報を抜き取った襲撃者の映像と一致した。ここで多数の妖精が魔力を奪われ絶命している。
少ししてシャルルを拘束している蔓は地上へ行ってしまった。一人残ったフェレスの周囲には強力な結界が展開されており、魔力を奪おうと襲い掛かる蔓をずっと払い除けている。青い薔薇が咲いているのは地上、恐らくシャルルがいる場所。セラティーナとジグルドがいるのは把握済み。
「!」
奥へ進むフェレスの足を何かが掴んだ。結界を貼っているから蔓はフェレスに触れられない。その他があっても結界を越えられない。何かと下を見やると黒ずみ、カビ塗れで見るだけで異臭を感じてしまう手がフェレスの足を掴んでいた。手から腕、腕の先を見ていくとそこには見る者を絶望へ突き落す、全身腐った悍ましい姿をした生物が生き絶え絶えに、ギラついた青い瞳でフェレスを見上げていた。嘗て人間だったと思わせるプラチナブロンドと青い瞳が薄暗室内で光った。
「よ、う、せいっ、ようぜいっ、ようせいがいる、とてもツヨイチカラをカンじる、ヨウセイがっ!!」
「なるほどね……道理で僕の結界を抜けられる訳だ」
今まで得た情報から推測出来るのは、呪いを具現化した悍ましい姿をした生き物こそ——セラティーナの叔母ファラ。アベラルドが多数の妖精を犠牲にしてでも救いたい女性。
「シんでよ、シんでちょうだいよっ、シんでマリョクをヨコせ! わたしがフタタび、ニンゲンにモドるタメに、おニイサマをワからせるタメに——!」
息をするだけで、生きているだけで地獄の中と同等の世界だろうと、見る者を絶望させる悍ましい姿に成り果てようと、たった一人の家族を思う気持ちだけは変わらなかった。
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