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セラティーナのせい②

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 店の裏側に回って其処から店の中に入ったセラティーナとエルサは通り掛った店員に身分を明かし、責任者を呼んで来るよう告げた。
 すぐに店員が呼んだ責任者の女性が駆け付け、奥からこっそりと店内を見させてほしいと頼む。


「今日は新作の発売日で様子を見に来たのだけれど、気になるお客様が来店されているから様子を見させてもらうわね」
「分かりました。気になるお客様とは何方でしょう?」


 店内へ続く扉をこっそりと開け、ストールで顔を見え難くしているルチアとルナリア伯爵夫人を探す。……必要はなかった。店内に入ると二人はストールを取り堂々と顔を出していた。並んでいる最中顔を隠す必要は無かっただろうに。列に並んでいた客には、ルナリア家以外の貴族の女性も並んでいて彼女達は顔を隠したりしていない。


「プラティーヌ家か関係者がいると警戒して顔を隠していたのかしら」
「だとしたら、このブティックは我が家が運営しているのでお店に入っても顔を隠すのでは?」
「もう少し様子を見ましょう」


 季節物は数量を限定にする事で客の購入意欲を刺激する。流行者が大好きな貴族は尚更早く手に入れようと動く傾向にある。多少値段が張ろうと買うのは、見栄っ張りな性質が働く為。早速、貴族らしき女性達が新作のドレスに集まりそれぞれ店員を呼び出す。様子見しているルナリア母娘も同様だ。

 窮地に立たされているとはいえ、今の段階では購入しても困る金額ではない。店員に買いたいドレスを指差していき、買取の段階に入るのを見てセラティーナは「私が気にし過ぎただけのようね」とエルサに申し訳なさげに謝った。シュヴァルツと会えない鬱憤をプラティーヌ家が運営するブティックで晴らすのではと警戒した自分が恥ずかしい。


「いいえ! そんな事はありません。グリージョ様がお姉様としつこくやり直しを願う今、聖女様にとったらお姉様は邪魔者以外何者でもありません。警戒心を持つのは自然かと」
「ありがとう。ルチア様達が店を出たら、私達は店内に行きましょう」


 こくりと頷いたエルサが店へ目をやった時だ、あ、と声を出しセラティーナも釣られて店内へ視線をやったら。


「聞こえなかった? 支払いはプラティーヌ家のセラティーナ様宛でお願いと言ったのよ。ちゃんと話は通してあるから」
「申し訳ありません。プラティーヌ家よりその様なお話は当店に来ておりません。すぐに確認をして参りますので少しの間お待ち頂けますか?」
「いいえ! この話は通っています。つべこべ言わずさっさと会計をしなさい」

 ……。


 顔を両手で覆ったセラティーナと半眼になってルナリア伯爵夫人とルチアを睨むエルサ。夫人が言うような話は当たり前だが通っていない。手を顔から離したセラティーナは、ふと、ルチアがそわそわしているのを見てある疑問を持った。小声で素早く呪文を唱え、無音の風を使いルチアと夫人の小さな声の会話を届けた。


 “ね、ねえお母様、いくら何でもバレたら怒られる程度では済まないわよ!”
 “安心なさいルチア。私達には大聖堂が味方してくれている。元はと言えば、セラティーナ様のせいで我が家は窮地に立たされているのよ。プラティーヌ家とて、本気で大聖堂を敵に回したくはない筈よ。支払いを拒否したら、聖女の祝福をプラティーヌ家だけではなく、プラティーヌ家と関係のある全ての貴族への祝福を中止すると言えば支払うしかないのよ”
 “でも……”
 “お母様に任せなさい、ルチア。シュヴァルツ様にもすぐに会えるようにするから。グリージョ公爵様だって、貴方達二人の想いが本物だと知れば婚約だって必ず許してくれるわ”
 “う……うん。そう……ね。シュヴァルツとは、あれから一度も会えていないの。会いに行っても、セラティーナ様とやり直したいからって一度も会ってくれない。公爵様が認めて下さればシュヴァルツが無意味な事をせずに済むもの!”


 二人の会話はエルサにも聞こえるように調整したので二人揃ってバッチリと聞き、血の繋がりというものを強く見せられた気分となった。話の通じないルチアの性格は、ある意味では自分本位の考えしかしない夫人寄りなのでは? と。
 半眼のままルナリア母娘を見続けるエルサに視線で“どうしますか?”と問われ、深呼吸並みに深い溜め息を出したセラティーナは呆れ果てた相貌のまま店内へ出て行った。


「ですよね」


 こうなるのは当然。エルサは半眼のままセラティーナの後を追い掛けた。

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