上 下
71 / 105

ルチアの役目だった②

しおりを挟む



 回数は覚えていないが優勝する度にシュヴァルツが栄誉を求めた相手はルチアだった。一度もセラティーナに視線を寄越さず、真っ直ぐルチアの許へ歩み寄り栄誉の証たるバッジを付けられていた。
 優勝者が決まると同時に栄誉を授かりたい相手を聞き、参加者の帰りを待つ令嬢に伝える。瞬きを何度も繰り返す自分は多分悪くないとセラティーナは気まずそうに視線を逸らしたシュヴァルツにこっそりと溜め息を吐いた。


「駄目……だろうか」
「そう思われたから目を逸らしたのでは?」
「……」


 微妙な空気が出てしまい、何とも言えない雰囲気になってしまった。やり直しがしたいシュヴァルツからすると今までルチアに求めていたのをセラティーナに変えてしまうのは必然。ただ、今更感がすごくてセラティーナは非常に微妙な気持ちになった。あの時、やり直し期間を受け入れなかったらセラティーナが折れるまでシュヴァルツは粘った。なら、条件付きで折れる方が楽だと決めたあの時の自分を殴りに行きたくなった。


「無理に私に頼まなくても、ルチア様以外なら誰であろうと構いません」
「それでは私の気持ちが君に通じないじゃないか」
「シュヴァルツ様」


 強い口調で呼び、背筋を真っ直ぐに伸ばして「少しは分かって下さい」と前置きし、やり直し期間を設けてほしいと願ったシュヴァルツに条件付きとは言え受け入れたのは、どれだけ断ろうと決して折れない意思を感じ取り受けただけ。ルチアとの接触を一切絶つという条件もシュヴァルツとやり直す事も最初から信じていないと言い放った。ショックを受けて呆然とするシュヴァルツに申し訳なさを持ちつつもセラティーナは続けた。


「貴方も頭のどこかでは、私が貴方とのやり直しを受け入れないと分かっていた筈です。婚約破棄をしてもシュヴァルツ様にはルチア様がいます。私も王国を去り帝国で暮らしますから、貴方が気にすることはなにも——」
「なら、どうしたらいい」


 切羽詰まった声色に言葉を途中で遮られ、セラティーナの側に移るなりその場で跪いたシュヴァルツの灰色の瞳が苦し気に、切なそうにセラティーナを見上げる。簡単に信用してもらえないのはシュヴァルツとて覚悟の上。その上でセラティーナとやり直しを希望し、信用してもらえる行動を取っている訳だが、今までの事があり過ぎてセラティーナとしては今更感が拭えない。ずっと側に居続けたルチアと婚約を結び直した方がシュヴァルツの精神面においても良い気がするのに、結婚するのはセラティーナだと譲らない。


「私は君が良いんだっ、セラティーナ以外は考えられない」
「では聞きますが……シュヴァルツ様は私が婚約破棄をしなかったら、カエルレウム卿に求婚されなかったらルチア様とはどうするつもりだったのですか?」
「私にとってルチアは幼馴染で妹のような存在だ。セラティーナと結婚したら、距離を置くつもではいた」
「ルチア様から聞きました。シュヴァルツ様は何度も愛しているとルチア様に言っていたそうですね」


 そこに愛情ではなく、家族愛に似た情しかないとは最近になって分る様になるがルチアはそうではない。本気で、女性としてシュヴァルツに愛されていると思っていた筈だ。ただ、シュヴァルツはセラティーナの予想通り身内に似た情しか無かったのだと気付いたと紡ぐ。はあ、と今度は大きな溜め息を吐いたセラティーナは淡々と指摘した。


「ルチア様に問題が無かったとは言いませんがシュヴァルツ様のせいであるとは理解していますか」


 幼い頃から自分を大事にし、婚約者がいても常に優先し、どんな願いも叶えてくれる。灰色の髪と瞳を持つシュヴァルツの美貌は王国でも随一の美しさを誇る。そんな相手に長年大事にされて愛されていなかったと考える女性はまずいない。
 散々甘やかし、大事にしたのなら、責任を持って婚約するべきだ。現にルチアの実家ルナリア伯爵家は窮地に立たされており、状況打破の為にはルチアとシュヴァルツの婚約が必須。二人が婚約すれば取引停止を免れる。指摘されると気まずそうに俯かれた。ルナリア伯爵が何度もグリージョ公爵邸に押し掛けているのは聞いている。聖女を甘やかしたツケが回っているだけだと父は知らんぷりを貫き、伯爵家の小麦は品質が良く生産量も多いので重宝しているが同等の品質と量を持つ貴族はまだ他にいるから助ける気も更々ない。


「……ルチアについては悪かったと思っている。私が出来る償いは何でもする。だからセラティーナ、この一月の猶予だけは無くさないでほしいっ」
「……」


 真摯に訴える瞳を今度はセラティーナが逸らしたくなった。声も瞳も嘘を言っていない。本心からやり直したいのだと訴えられ、断り続ける自分が駄目なのではと錯覚してしまいそうになる。


「これからは月一ではなく、週に一度デートをしよう。プレゼントも定期的に贈る。セラティーナへの気持ちも積極的に言葉にする。他に私が出来る事なら何でもする」

  

「——紳士がレディにしつこくすると嫌われるよ?」


 返答に困っていると唐突に響いた声がセラティーナとシュヴァルツの意識を其方に集中させた。いきなり気配もなく現れたのはフェレス。セラティーナの横に腰掛けたフェレスを側で跪いていたシュヴァルツが敵意を隠していない目で睨む。


「カエルレウム卿っ」
「御機嫌ようグリージョ公爵令息。僕の妻になる女性を困らせないでほしいな」
「今はまだ私の婚約者です。気安く近付かないでもらいたい」
「諦めの悪い男は同性にも嫌われるよ。彼女が簡単に君を信用しない理由は簡単さ、今までの自分の行いを思い出してみなよ」
「その為に私はやり直すと決めたんです」
「決めたのは君だけだ。彼女は、しつこい君に折れただけで一つも信用していないじゃないか」
「っ、なら、貴方は」
「僕?」
「貴方には亡くなられた奥方がいると聞きました。今でも奥方を忘れられないと」


 亡くなった前妻の代わりをさせるつもりのフェレスにだけはセラティーナは渡せない。確固たる意志が芽生え、言葉の端端にフェレスを責める感情が込められている。

 その亡くなった前妻の生まれ変わった姿がセラティーナであると知っているフェレスにしたら、前妻の代わりを求めていると思われるのは心外。けれどシュヴァルツは事実を知らない。知らないからこそ、それらしい理由で責める。


「確かに僕は今でもセアラを愛しているよ。忘れるつもりもない、これからも愛し続ける。君にどうこう言われる筋合いはない。セラティーナ嬢をセアラの代わりにするつもりは一切ないとだけ言っておこう」


 代わりも何もセアラ本人なのだから。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【R-18】愛されたい異世界の番と溺愛する貴公子達

ゆきむら さり
恋愛
稚拙ながらもこの作品📝も(8/25)HOTランキングに入れて頂けました🤗 (9/1には26位にまで上がり、私にとっては有り難く、とても嬉しい順位です🎶) これも読んで下さる皆様のおかげです✨ 本当にありがとうございます🧡 〔あらすじ〕📝現実世界に生きる身寄りのない雨花(うか)は、ある時「誰か」に呼ばれるように異世界へと転移する。まるでお伽話のような異世界転移。その異世界の者達の「番(つがい)」として呼ばれた雨花は、現実世界のいっさいの記憶を失くし、誰かの腕の中で目覚めては、そのまま甘く激しく抱かれ番う。 設定などは独自の世界観でご都合主義。R作品。ハピエン💗 只今📝不定期更新。 稚拙な私の作品📝を読んで下さる全ての皆様に、改めて感謝致します🧡

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

処理中です...