婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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ルチアの役目だった②

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 回数は覚えていないが優勝する度にシュヴァルツが栄誉を求めた相手はルチアだった。一度もセラティーナに視線を寄越さず、真っ直ぐルチアの許へ歩み寄り栄誉の証たるバッジを付けられていた。
 優勝者が決まると同時に栄誉を授かりたい相手を聞き、参加者の帰りを待つ令嬢に伝える。瞬きを何度も繰り返す自分は多分悪くないとセラティーナは気まずそうに視線を逸らしたシュヴァルツにこっそりと溜め息を吐いた。


「駄目……だろうか」
「そう思われたから目を逸らしたのでは?」
「……」


 微妙な空気が出てしまい、何とも言えない雰囲気になってしまった。やり直しがしたいシュヴァルツからすると今までルチアに求めていたのをセラティーナに変えてしまうのは必然。ただ、今更感がすごくてセラティーナは非常に微妙な気持ちになった。あの時、やり直し期間を受け入れなかったらセラティーナが折れるまでシュヴァルツは粘った。なら、条件付きで折れる方が楽だと決めたあの時の自分を殴りに行きたくなった。


「無理に私に頼まなくても、ルチア様以外なら誰であろうと構いません」
「それでは私の気持ちが君に通じないじゃないか」
「シュヴァルツ様」


 強い口調で呼び、背筋を真っ直ぐに伸ばして「少しは分かって下さい」と前置きし、やり直し期間を設けてほしいと願ったシュヴァルツに条件付きとは言え受け入れたのは、どれだけ断ろうと決して折れない意思を感じ取り受けただけ。ルチアとの接触を一切絶つという条件もシュヴァルツとやり直す事も最初から信じていないと言い放った。ショックを受けて呆然とするシュヴァルツに申し訳なさを持ちつつもセラティーナは続けた。


「貴方も頭のどこかでは、私が貴方とのやり直しを受け入れないと分かっていた筈です。婚約破棄をしてもシュヴァルツ様にはルチア様がいます。私も王国を去り帝国で暮らしますから、貴方が気にすることはなにも——」
「なら、どうしたらいい」


 切羽詰まった声色に言葉を途中で遮られ、セラティーナの側に移るなりその場で跪いたシュヴァルツの灰色の瞳が苦し気に、切なそうにセラティーナを見上げる。簡単に信用してもらえないのはシュヴァルツとて覚悟の上。その上でセラティーナとやり直しを希望し、信用してもらえる行動を取っている訳だが、今までの事があり過ぎてセラティーナとしては今更感が拭えない。ずっと側に居続けたルチアと婚約を結び直した方がシュヴァルツの精神面においても良い気がするのに、結婚するのはセラティーナだと譲らない。


「私は君が良いんだっ、セラティーナ以外は考えられない」
「では聞きますが……シュヴァルツ様は私が婚約破棄をしなかったら、カエルレウム卿に求婚されなかったらルチア様とはどうするつもりだったのですか?」
「私にとってルチアは幼馴染で妹のような存在だ。セラティーナと結婚したら、距離を置くつもではいた」
「ルチア様から聞きました。シュヴァルツ様は何度も愛しているとルチア様に言っていたそうですね」


 そこに愛情ではなく、家族愛に似た情しかないとは最近になって分る様になるがルチアはそうではない。本気で、女性としてシュヴァルツに愛されていると思っていた筈だ。ただ、シュヴァルツはセラティーナの予想通り身内に似た情しか無かったのだと気付いたと紡ぐ。はあ、と今度は大きな溜め息を吐いたセラティーナは淡々と指摘した。


「ルチア様に問題が無かったとは言いませんがシュヴァルツ様のせいであるとは理解していますか」


 幼い頃から自分を大事にし、婚約者がいても常に優先し、どんな願いも叶えてくれる。灰色の髪と瞳を持つシュヴァルツの美貌は王国でも随一の美しさを誇る。そんな相手に長年大事にされて愛されていなかったと考える女性はまずいない。
 散々甘やかし、大事にしたのなら、責任を持って婚約するべきだ。現にルチアの実家ルナリア伯爵家は窮地に立たされており、状況打破の為にはルチアとシュヴァルツの婚約が必須。二人が婚約すれば取引停止を免れる。指摘されると気まずそうに俯かれた。ルナリア伯爵が何度もグリージョ公爵邸に押し掛けているのは聞いている。聖女を甘やかしたツケが回っているだけだと父は知らんぷりを貫き、伯爵家の小麦は品質が良く生産量も多いので重宝しているが同等の品質と量を持つ貴族はまだ他にいるから助ける気も更々ない。


「……ルチアについては悪かったと思っている。私が出来る償いは何でもする。だからセラティーナ、この一月の猶予だけは無くさないでほしいっ」
「……」


 真摯に訴える瞳を今度はセラティーナが逸らしたくなった。声も瞳も嘘を言っていない。本心からやり直したいのだと訴えられ、断り続ける自分が駄目なのではと錯覚してしまいそうになる。


「これからは月一ではなく、週に一度デートをしよう。プレゼントも定期的に贈る。セラティーナへの気持ちも積極的に言葉にする。他に私が出来る事なら何でもする」

  

「——紳士がレディにしつこくすると嫌われるよ?」


 返答に困っていると唐突に響いた声がセラティーナとシュヴァルツの意識を其方に集中させた。いきなり気配もなく現れたのはフェレス。セラティーナの横に腰掛けたフェレスを側で跪いていたシュヴァルツが敵意を隠していない目で睨む。


「カエルレウム卿っ」
「御機嫌ようグリージョ公爵令息。僕の妻になる女性を困らせないでほしいな」
「今はまだ私の婚約者です。気安く近付かないでもらいたい」
「諦めの悪い男は同性にも嫌われるよ。彼女が簡単に君を信用しない理由は簡単さ、今までの自分の行いを思い出してみなよ」
「その為に私はやり直すと決めたんです」
「決めたのは君だけだ。彼女は、しつこい君に折れただけで一つも信用していないじゃないか」
「っ、なら、貴方は」
「僕?」
「貴方には亡くなられた奥方がいると聞きました。今でも奥方を忘れられないと」


 亡くなった前妻の代わりをさせるつもりのフェレスにだけはセラティーナは渡せない。確固たる意志が芽生え、言葉の端端にフェレスを責める感情が込められている。

 その亡くなった前妻の生まれ変わった姿がセラティーナであると知っているフェレスにしたら、前妻の代わりを求めていると思われるのは心外。けれどシュヴァルツは事実を知らない。知らないからこそ、それらしい理由で責める。


「確かに僕は今でもセアラを愛しているよ。忘れるつもりもない、これからも愛し続ける。君にどうこう言われる筋合いはない。セラティーナ嬢をセアラの代わりにするつもりは一切ないとだけ言っておこう」


 代わりも何もセアラ本人なのだから。


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