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兄の為にした叔母の暴走①

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 誰にも邪魔されず、カフェで楽しい一時を味わったセラティーナはそのままフェレスに馬車を停めてある広場まで送ってもらった。


「ここでいいわ。ありがとうフェレス」
「夜にまた会いに行ってもいい?」
「ふふ。ええ、待ってるわ」


 額にキスをしたフェレスが「ありがとう」と紡ぐと光の粒子を残して消えた。キスをされた場所だけが熱い。胸に湧き上がる温かい気持ちを抱えながら馬車に戻ったセラティーナは待っていた御者に声を掛けた。


「お待たせ」
「あ、セラティーナ様!」


 退屈そうに欠伸をしたのを見られたと焦る御者に苦笑していると扉が開いた。中からナディアが出て来て「セラティーナ様!」と駆け寄られた。


「ナディア。お待たせ」
「どこもお怪我はされていませんか?」
「平気よ。危険な場所に行っていた訳ではないもの」


 何処へ行っていたか気になるだろうにナディアは敢えて触れず、プラティーヌ家へ戻りましょうと馬車に乗るよう促した。素直に頷いたセラティーナが馬車に乗り込むとナディアも続いて乗り込んだ。二人が乗ったのを確認した御者が馬車を発車させた。


 屋敷に戻ると丁度エルサと出くわした。今日のスイーツは料理長の試作品でエルサ自ら立候補して食堂で試食していたらしい。複数のピーナッツ類を加えたクッキーで味は勿論絶品。ただ、食感が普通のクッキーより硬くて長く食べていると顎が疲れるのが難点だとか。硬いクッキーが好きなセラティーナは今度自分も食べてみたいと料理長に頼もうと思いつつ、エルサに父は屋敷にいるかと訊ねた。


「お父様ですか?」
「ええ。少し、お父様と話がしたいの」
「わたくしが試作品を食べる少し前に登城されたので暫くは戻らないかと。それに戻っても今日は執務室に籠るから誰も来るなと言われましたわ」
「そうなの……」


 叔母が研究していた青い薔薇について父と話をしたかったのだが、不在なら仕方ない。戻っても多忙を理由に誰も来るなと言うなら父が落ち着いた頃を見計らって会いに行こう。


「お父様とどんな話をしたのかったのですか?」
「叔母様が研究していた花についてお父様に話を聞きたかったの。とても珍しい花で叔母様の研究書を読んでいたら私も気になってしまって」
「どの様な花ですか?」


 エルサも興味を持ったらしく、ファラの研究書を見せた。ページを捲り、隙間を余すことなく書き込まれた研究書を読みエルサの青の瞳が輝いた。


「すごい……自然界で青い薔薇なんて絶対に咲かないのに」
「叔母様はお父様の為に青い薔薇を開花させたかったようだけれど、お父様は研究に反対していたと研究書の隅に書かれていたからその理由を知りたいの」
「もしもお父様に話を聞けたら、わたくしにも教えて頂けませんか?」
「勿論」


 楽しみにするエルサに微笑み、セラティーナは部屋に戻った。

 ソファーに腰掛け、研究書を膝に置いて表紙を指でなぞった。父が研究に反対していた理由はフェレスのお陰で知れた。青い薔薇の開花に協力した妖精は既に死亡しており、叔母が死んだのも青い薔薇のせい。


「お父様はきっと何かを知っている筈」


 十八年前から起きる妖精狩と叔母が研究していた青い薔薇、この二つはフェレスの言うように繋がっている気がする。


「他に何か情報になる物は……」


 そこに薬草茶を淹れたマグカップをトレイに載せてナディアが入室した。ナディアに声を掛けられ、顔を上げたセラティーナはマグカップを受け取った。今日は渋みが抑えられており、牛乳で割られている為非常にマイルドな味になっている。

 父以外で叔母に詳しく、プラティーヌ家にいる人。セラティーナが訊ねても答えてくれる人となると一人しかいない。


「ナディア。料理長は忙しそうだった?」
「今は休憩時間なのでそこまでは」
「なら、私の部屋に来るよう伝えてもらえる?」
「分かりました」


 強張った表情をしたナディアはすぐさま料理長を呼びに部屋を出た。ひょっとすると薬草茶が気に入らなかったのだと判断された気がする。すぐに料理長はナディアと共にやって来て薬草茶が口に合わなかったかと焦っていた。
 セラティーナは薬草茶が理由ではないと首を振り、料理長を向かいのソファーに座らせ叔母の研究書をテーブルに置いた。さっきのナディアと同じく表情を強張らせた。


「お嬢様……それ……」
「料理長が教えてくれた叔母様が研究していた青い薔薇についての研究書よ。驚く必要はないじゃない」
「いえ……処分したと思っていたからお嬢様に話したのです……。研究書が無ければ、青い薔薇を調べる術はないからと」
「処分?」


 普通に言われた通り魔法関連の本棚にあったと話すと料理長フリードは苦い相貌で多分先代公爵夫人が置き直したのだと口にした。遺品整理をしていた時、ファラが特に大事にしていた研究書をジグルドが無断で破棄の手配をしていたと知った先代公爵夫人がジグルドに知られぬよう本棚に戻したと予想した。

 魔法嫌いの父は絶対に魔法書が置かれる本棚を見ないから、バレはしないと。


「お嬢様はファラお嬢様の研究書を読んでどう思いましたか?」
「叔母様は、不可能を可能にさせる青い薔薇を使って――お父様を魔法使いにしたかったのではないかって予想したわ。どう?」
「正解です。ファラお嬢様は、魔法が使えない旦那様を馬鹿にする周りを見返してやりたくて不可能を可能にする青い薔薇についての研究を始めました。それが間違いだったと気付いた時には……何もかも手遅れでした」
「研究にはグリージョ公爵様と妖精が協力していたとあったわ。その妖精がどうなったか知ってる?」


 研究書から思念を読み取ったフェレス曰く、その妖精は既に死んでいる。事実を知っているフリードからの言葉を聞きたかった。


「殺されました。ファラお嬢様が旦那様の為にと研究していた青い薔薇は、妖精の魔力を命もろとも奪い栄養にする。人間の魔力では少しの栄養にもならない。旦那様の為と大義名分を掲げてファラお嬢様は、グリージョ公爵様の手を借りて次々に妖精を狩り青い薔薇の栄養にしていました」
「叔母様が……?」


 叔母自らが妖精を狩っていたという事実を聞かされ、口内から水分が減っていく。共に話を聞いているナディアも顔を青くする始末。セラティーナに比べると劣ると言えど、ファラもプラティーヌ家の者からしたら魔法が得意な方。妖精狩も主にグリージョ公爵がしていたとフリードは考えている。


「料理長がそこまで知っているのは何故なの?」
「旦那様……ジグルド様が気付いたからです」


 すぐに叔母を止めるべく、嘗て王宮魔法使いだったフリードに事情を話し、協力を仰いだ。魔法使いが嫌いな父だがフリードの事は信用している。ファラの暴走を止める為に、研究をするべく購入した森の小屋に向かった。王都から離れた場所にある森は普段人は入らず、危険な魔物もいないので秘密の作業をするのには打ってつけの場所だった。
 元々あった小屋を買い取り、そこで研究をしていたファラ。父とフリードが二人小屋に到着したら、信じられない光景があったと話された。


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