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散歩をしよう②

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「セラと関わっていく内、僕は人間に興味を少しは持つようにしたけれど、人間への理解度は低いままだ。君の婚約者とあの聖女の頭の中がさっぱりでお手上げさ」
「フェレスじゃなくても、シュヴァルツ様とルチア様の考えは誰にも分からないわよ……」


 暫くあの二人について考えるのは止めておこう。幾ら考えても答えは見つからない。迷宮入りまっしぐらである。
 いつの間にか街で人気なカフェに着いており、幸運にも店内席が一つ空いていた。給仕に案内されて引かれた椅子に腰かけた。


「僕はセラと同じ物がいいな」
「なら、紅茶と……シフォンケーキをお願いしようかしら」


 店に入る前に見えた看板には、今日のお勧めスイーツがシフォンケーキと書かれていたのを思い出す。伝票に注文を書いた給仕が厨房へ行ってしまう。ちらっと店内を見渡したセラティーナは、客の視線が自分達に集まっていると気付いた。


「此処は貴族御用達でもあるのね」
「彼等の視線を逸らしてあげようか?」
「ありがとう」


 自分達を見ているのは恐らく貴族。プラティーヌ家の長女が見知らぬ美貌の男性と同席しているのだ、何事かと興味を示す。フェレスの一言によってあっという間に彼等の意識は別の方へ向き、不快な視線は全て消えた。


「フェレスに使えない魔法ってあるのかしら」
「僕にだって使えない魔法はあるさ」
「本当? ふふ、そうは見えない」
「セラに嘘は言わないよ、僕は」
「ええ、知ってる」


 前世で求愛された時に言われた。君に絶対嘘は言わない、偽らないと。
 フェレスを受け入れてからの生活はずっと満ち足りていた。不満……は多少あっても、思い出せない程小さく大した事じゃない。
 些か束縛が激しかったり、嫉妬深く家にいるのを望まれ、外に出る機会が少なったのだが、外にいるより家にいる方が好きだったセラティーナは苦に思わず毎日フェレスと楽しく暮らした。


「貴族の生活はどうだい? ずっと平民で暮らしていた記憶がある分、戸惑いも多かっただろう」
「そうね。平民と貴族は違うと頭では分かってても、実際に生活してみると自分が想像していた以上に違っていたわ」


 歩き方から座り方、お茶を飲む時や食事での姿勢、更に食事中のマナー。平民なら許される些細な粗相も貴族の世界では一切許されなかった。教養についてもそう、覚える量や範囲が桁違いだった。特にセラティーナは公爵令嬢として生まれた為余計に。
 魔法の才能があるせいで魔法が使えないプラティーヌ家の枠から外れた子として扱われているものの、幸運にも性格はマイペースで自分で言うのもあれだが能天気だ。小さく笑ったフェレスを怪訝に見やると理由を聞かされた。


「いや? セラがのんびりなのは前もだけど、今の君は特にそうだなって」
「不思議だけど私自身、今の自分を気に入ってはいるの」
「良かった。ねえセラ、君はプラティーヌ家からは厄介者扱いをされているようだけれど、全員が全員そうではないかもしれないよ」


 言われて心当たりがあるのはエルサ。昨日の件もあってすぐに浮かんだ。


「君の周囲にいる小さな妖精達が教えてくれるんだ」
「どんな事を教えてくれるの?」
「セラを嫌っていると見せかけて、一番セラを守ろうとしているのがいるって」
「……」


 ふと、セラティーナの頭に浮かんだのは——父だった。
 口でも態度でもセラティーナを嫌っているのが丸わかりな人。だが、生活においてエルサと明らかな差別を受けて来なかった。

 何より、帝国へ行って働かなくても十分生活出来る基盤を既に作っていた事実に驚きであった。

 叔母のファラが研究していた青い薔薇。不可能を可能にする青い薔薇を開花させたかった理由が父にあるのだとしら、父とて何かを知っている筈。


「心当たりがあるって顔してる」
「お父様、かしら……。お父様が何を考えているのか、私には全く分からない」


 シュヴァルツとルチアの理解不能とはまた違う。父なりの考えがあっての行動なのだろうが真意が見えない。


「君の叔母の研究書にあった思念を読み取って分かった事がある。君の父は、あの本を捨てるに捨てられなかったって」
「青い薔薇を咲かせる研究をお父様がどう思っていたかね。所々書かれていた叔母様の言葉から察するに、お父様は反対していた立場だった。屋敷に戻ったら、お父様に叔母様が研究していたこの件を聞いてみる」


 出来ればグリージョ公爵が紹介したであろう妖精についても調べたいところ。妖精についてはフェレスにお願いしたいと頼むと首を振られた。


「死んでるよ、その妖精は。本に残っていた思念……君の叔母の思念で分かった」
「そんな……」
「十八年前から起きている妖精狩……案外、君の叔母が研究していたこれと関りがありそうだ」
「そうなると怪しいのは……」


 研究に協力していたグリージョ公爵となる。領地へ出発した際、父が執事に言い残したグリージョ公爵邸へは行くなという言葉も関係している節がある。

 屋敷に戻ったら、何を言われようと父に青い薔薇について聞くとセラティーナは決めた。

  

  

  

 ——グリージョ邸に戻り、落ち込んだ様子で部屋へ向かうシュヴァルツの背を一瞥するなりアベラルドは執務室へ足を運んだ。室内に入ると暫く誰も入れるなと家令に言い、扉を閉め椅子に座った。


「あの大馬鹿者め」


 いつまで経っても子供の頃からの情を忘れられず、無意識に一目惚れをしているくせにルチアしか目に入れなかった愚息は漸くセラティーナへの気持ちを自覚したらしいが捨てられる間際というのが駄目過ぎる。


「ファラ、もう少しだけ待っててくれ」


 帝国の魔法使い——古い妖精が——セラティーナを欲している。それも大魔法使い級の。


「奴の魔力を奪えたら、ファラ、君に掛けられた呪いが解ける」


 兄ジグルドが魔法使いになれるようにと始めた研究の結果が悲惨な末路になる等、ファラもアベラルドも思いもしなかった。




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