59 / 109
叔母の研究③
しおりを挟む行先を告げず、一言脅しに行くと残したフェレスが今いるのは隣国の皇帝の執務室。丁度、休憩をしていたようで前触れもなく現れたフェレスに食べようとしていたドーナツに似た揚げ菓子を床に落としてしまった。ハッとなった皇帝シャルルは山の如く積まれた揚げ菓子を透明のベールで覆って隠した。バッチリと目撃した後で隠されても意味はないが、そこにあるのとないのとでは違うのだとか。
どうでもいいと吐き捨てたフェレスは早速本題に入った。
「早くセラを僕に渡すよう王国を脅して」
「長年険悪だった両国の関係を私と現在の国王がどれだけ大変な思いで改善していると思っているんだ……!」
「前にも言ったろう。僕を人間の物差しで測るなと」
「はあ……ついさっき、魔法通信で王から返事は貰った」
「なんて」
「……猶予をくれとのことだ」
室内の空気が一瞬にして息をするのが苦しい程に重くなった。シャルルの目の前にいる男から発する圧倒的威圧のせいで。機嫌を悪くすると分かりながらも答えないとならない。
「プラティーヌ公爵はセラティーナ嬢をフェレスに差し出す件を受け入れた。だが、グリージョ公爵がかなり渋ってな。件の令息がセラティーナ嬢にやり直しの機会を願ったと聞かされた」
「それでセラが一月の猶予を与えたんだ」
「そうだ。……ん? 何故知ってる」
「ほんの少し前、セラに会いに行ったらそう聞かされた」
「……」
態々シャルルが話さなくてもフェレスは知っていた。室内を重苦しい魔力で満たしたのはただの八つ当たり。ジト眼でフェレスを見上げつつ、椅子の背に凭れた。
「散々、聖女と仲睦まじくやっていたのに何故今更? 父親である公爵に言われたからと言って、変わり身が早い気がするな」
「セラの婚約者は、一目見た時からセラに惚れていたんだろうね」
「は?」
「だが、ずっと側にいた幼馴染の聖女が好きだと思い込んでいたのと聖女も自分を想っているから、聖女と両想いなんだと思い続けた。セラが自分の側から離れて行くと分かった瞬間気持ちに気付くなんて、とんだ愚か者だ」
今までセラティーナから聞かされたシュヴァルツの話や実際に本人を見て改めて抱いた感想を述べるとシャルルは固まっていた。透明なベールで隠した揚げ菓子を見えるようにするとシャルルは皿を自分の許へ引き寄せる。
「それ、フリッテッレ? 僕が昔教えたお菓子じゃないか」
「ああ、気に入っているんだ。って、今は昔の話はどうでもいい。グリージョ公爵令息は、その、なんだ、幼馴染がずっと側に居続けたせいでセラティーナ嬢に惚れたと気付けなかった鈍感者なのか」
「鈍感なだけならまだ良い。彼等のせいでセラが社交界で悪く言われているのに、守りもせず放置したまま聖女を大事に大事にしてきたんだ。今更セラが惜しくなっても遅いというのに」
「ふむ……どうも拗らせていそうな気がしないでもない」
漸く自覚した本当の恋する人が他の男の手に渡りそうになっている今、その心が本物であればシュヴァルツも必死になってセラティーナの気持ちを取り戻そうとする。
セラティーナが自分以外を好きになる筈がないと分かりつつ、油断も隙も与えてやる気はないと愉しげにするフェレス。嫌な予感を持ちつつ、敢えて触れなかった。
「王国の言う猶予を受け入れるつもりだ。一月もあれば、妖精狩の件についても成果を上げられる筈だ」
「ランスにも似たような事を言われた。僕が王国に留まる良い理由だって」
「是非とも解決したい事件だ。私からも頼むフェレス」
「はいはい」
「それと……一月の猶予についてセラティーナ嬢は何と言っているんだ?」
「何も期待しない、とだけ言っておくよ」
「まあ……そうだろうな」
散々自分を放置し、他の女性を率先して優先し続けた男に期待するものはない。ましてや、前世の夫を覚えていて未だに夫を愛しているセラティーナなら。
勝ち目のない勝負に出てしまったシュヴァルツにほんの少し同情するシャルルであった。
もう戻るよ、と光の粒子を残しフェレスは消えた。
室内を満たしていた重苦しい空気も消え、漸く一息をついた。
「はあ……食べるか……」
子供の頃、主に妖精族の祭りの時に食べる揚げ菓子だと紹介されたフリッテッレを気に入り、多忙が続く日々のスイーツとして用意させている。祭りの時限定なのに、とフェレスに呆れられたが妖精族の祭りであって人間には無関係。なら、人間であるシャルルがどんな時にフリッテッレを食べようが問題は無いと開き直った。
「大丈夫だとは思うが……無事に戻ってくれよフェレス」
――王都に戻ったフェレスは組合に姿を現した。「あ」と声を発した受付嬢に振り向くとセラティーナがフェレスに会いに個室で待っていると教えられた。お礼を言い、すぐに二階へ行き個室に入るとセラティーナが椅子に座って待っていた。
「フェレス」
「どうしたのセラ。もう僕に会いたくなった?」
「そうよ。早く戻ったのね」
「大した用事じゃないから」
たかだかシャルルを脅すくらいどうという事はないと口にするとセラティーナの顔が若干引いていた。
240
お気に入りに追加
8,636
あなたにおすすめの小説
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結済み】婚約破棄致しましょう
木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。
運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。
殿下、婚約破棄致しましょう。
第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。
応援して下さった皆様ありがとうございます。
リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる