56 / 109
寂しさはあった
しおりを挟む皇帝を急かせ国王を脅させようと怖い提案をされ、駄目だとフェレスを止めた。冗談だと笑われるが冗談に聞こえない声色だった。早く帝国へ連れ帰りたいフェレス同様、セラティーナも一緒に帝国へ行きたい。予想外過ぎるシュヴァルツの思考と行動には驚くばかり。
「ねえセラ」
「なあに」
「もしも、君の婚約者が今と違って君を見ていたら、セラは僕に会いたいと思ってくれた?」
もしもを強調する割に、最後の声は微かな怯えがあった。王太子殿下の誕生日パーティーの時に決意を固めた際に、自分自身考えていた。愛しているという感情を向けられていたら、前世の夫に会いたいと願っただろうか、と。
瞼を伏せ、少ししてセラティーナは青の瞳をジッと覗いてくるフェレスに見せた。
「その時にならないとなんとも言えない。でも……きっと寂しさは消えなかった。貴方に会えない寂しさは、誰と一緒になろうとあり続けたと思う」
「そっか……」
「まあ、シュヴァルツ様と会った時から、彼に愛されるなんてもしもは起こらないって何となくは感じていたの。婚約者としては必要な時に贈り物を貰ってはいたけど、誕生日プレゼントは毎年メッセージカードだけ。お礼を言っても無言で睨まれて終わりだったから、シュヴァルツ様としてはメッセージカードすら贈りたくなかった筈よ」
「僕はまあまあ長生きな妖精だけれど、君の婚約者ほど理解に苦しむ人間は見たことがない。君の誕生を祝う日に紙切れしか贈らないなんて」
心底呆れるよ、と肩を竦めるフェレスに苦笑しつつ、ふとセラティーナは考えた。メッセージカードでも誕生日を祝ってくれる気持ちは小麦の粒程はあると勝手に想像していたので顔を合わせたらお礼を言ってきた。毎回無言で睨まれていたのはセラティーナが不満を口にするのを待っていた? と思うも……仮にそうなら誰だって不満だろうとこの考えは却下した。
誕生日プレゼントで一番印象的な出来事と言えば、十二歳の時。領地にいる祖母がセラティーナの誕生日プレゼントを態々王都まで運びに来た。シルク生地で作られた青のワンピース。胸元に薄い青のリボンがあってセラティーナは気に入ったのだが、祖母の発した一言で父がワンピースを突き返してしまった。
『やっぱり! 私の目に狂いはなかったわ。貴女の叔母であるファラも同じ歳にこれと同じワンピースを着ていたの! ファラに似ているだけあってとても似合っているわ!』
夭折した娘を誰よりも愛していた祖母は面影があるセラティーナ越しから娘を見る傾向があった。その度に父が苦言を呈していた。
『今度、シュヴァルツ様に会いに行く時このワンピースを着ていきなさい。きっとシュヴァルツ様もセラティーナの愛らしさに気付いて——』
ただ、その時だけ父の様子は違っていた。セラティーナの体に合わせていたワンピースを祖母から奪い、無理矢理箱に戻し、怒る祖母に怒気が含んだ声を放った。
『この子はファラではなく、セラティーナです。二度とファラと同じ格好をさせよう等と思わないで頂きたい!』
『な、なによ、ジグルド、貴方がいくらファラを嫌っていたからってっ! ああっ、こんな妹不幸な兄を持ってファラが可哀想でならない……! ファラが死んだ時、涙の一つも流さず、剰え棺の中に眠るファラを私や旦那様にさえ見せようとしなかったものね! お前にとってファラは邪魔者以外何者でもなかったのね!』
怒り、嘆き、涙を流し蹲った祖母を一瞥しただけで父はセラティーナの手を引いてその場を後にした。青のワンピースは祖母がお勧めするだけあり、素敵なデザインだった。内心一度も着れないのかと落胆した心を見透かしたように父がある事を告げた。
『セラティーナ。あのワンピースだけは着させられん。お前が気に入ろうと諦めろ。その代わり、他のワンピースを好きなだけ買ってやる』
『お父様は……ファラ叔母様が嫌いだから、あのワンピースも嫌なのですか……?』
『……お前は知らなくていい』
それだけ言うと以降はセラティーナが何を聞こうと口を開いてはくれなかった。
——嫌いなだけなら、お父様の態度はおかしすぎる
妹を嫌っていると言いながら毎年花を手配して領地へ戻り墓参りをする。
セラティーナを嫌っているのに望めばどんな教育も受けさせ、欲しい物も与え、無駄ではないと判断されれば願いを叶えてくれる。
「セラ」
「なに?」
思考に浸っていると声を掛けられた。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
いつか、知る時が来たら良いと願ってしまう。
251
お気に入りに追加
8,636
あなたにおすすめの小説
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結済み】婚約破棄致しましょう
木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。
運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。
殿下、婚約破棄致しましょう。
第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。
応援して下さった皆様ありがとうございます。
リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
愛しの貴方にサヨナラのキスを
百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。
良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。
愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。
後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。
テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる