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ルチアに賭ける

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 一月猶予を与えるか、与えないかの主導権は此方にあると主張し、一旦保留にさせた。此処で断ろうがシュヴァルツは決して諦めようとしない。繰り返しになると踏み、今日のところはグリージョ公爵とシュヴァルツには帰ってもらった。二人が帰ると玄関ホールで見送ったセラティーナは大きな溜め息を吐いた。
 多分、人生で一番長い溜め息だ。疲れが現れ、今にでも部屋に戻ってベッドに飛び込みたい。


「あれほど悪足掻きが過ぎるとは」


 一緒に見送った父もシュヴァルツの諦めの悪さに疲れを見せていた。最も婚約に拘っていたアベラルドならともかく、今まで散々セラティーナを見ようとしなかったシュヴァルツが縋り付いてくるとは予想外であった。


「グリージョ公爵に言われて……ではなさげですね」
「それもあるだろうがお前と聖女の違いを今更になって知ったのだろう。保留にしたとは言え、どうする気だ」
「一応、考えてはいます」


 一月の猶予を与える代わりに絶対の条件を付ける。

 ルチアとの接触を断つこと。
 公式の場での接触まで絶たせるつもりはなくても、日常生活におけるルチアとの接触を一切なくさせる。一月の猶予を与える条件として、シュヴァルツにすると最大の難関である。


「たとえ、シュヴァルツ様がルチア様との接触を絶とうとルチア様がシュヴァルツ様との接触を絶つことは恐らく不可能です」
「なるほど。ルナリアの娘がグリージョの倅に会わないという考えはない。泣かれれば長年の情からグリージョの倅がルナリアの娘を見捨てる等という選択肢は取らんだろう」
「はい」


 諦めが悪かろうがやり直しを希望するセラティーナが出す条件が達成されない限り、やり直しは決してない。


「シュヴァルツ様とやり直す自分をあの場で想像してみました」
「どうであった?」
「やっぱり……無理だと」


 仮にルチアと距離を取ってもシュヴァルツが今までルチアに見せていた態度をセラティーナに見せられるとは到底考えられない。父もセラティーナの言葉に同意した。

 部屋に戻りますと父に告げ、私室に戻ったセラティーナはベッドに飛び込んだ。一緒に入ったナディアに「薬草茶をお持ちしますか?」と訊ねられ、お言葉に甘えた。苦味たっぷりという注文を付けて。
 一人になった部屋で、仰向けに寝転んだセラティーナは簡単には王国から出られないとフェレスに伝えようと決め、報せるのは薬草茶を飲んでからとした。
 小さな欠伸を漏らすと「セラ」とフェレスの声がした。驚いて体を起こすといつの間にかベッドに腰掛けていたフェレスがいる。


「やあ。何だかお疲れだね」
「フェレス」


 呆気に取られるも丁度良いと言わんばかりにセラティーナはフェレスの側へ寄り、暫くフェレスと帝国へ行けない旨を話した。
 あからさまに不機嫌になったフェレスに苦笑しつつ、お願い、とフェレスの前で両手を合わせた。


「シュヴァルツ様を諦めさせない限り、フェレスとは行けないの」
「君の婚約者は君を失い掛けて漸く動き出すとはね。遅くない?」
「ずっと婚約者だった私が帝国の魔法使いであるフェレスに求愛されたのが多分嫌なのよ。子供が忘れていた玩具を捨てられかけた時に存在を思い出して駄々をこねるのと同じ」
「なら、彼は体だけ大きくなってしまったのかな」


 強ち間違いではない気がする。子供の頃から一緒にいるルチアとの縁を切る選択はシュヴァルツの中に生まれず、セラティーナという婚約者が出来てもその縁はずっと続くのだと思い込んでいた。セラティーナが側を離れると判った途端にジタバタする様はフェレスの言うように体だけが大きい子供そのもの。


「シュヴァルツ様が私とやり直したいと諦めないから、猶予を与える代わりに条件を付けることにした。ルチア様との接触を絶てるなら、取り敢えず一月の猶予を与えるわ」
「なら、僕は聖女が暴走する方に賭けよう」
「え?」
「君の婚約者と会えなくなれば、当然理由はセラティーナにあると聖女は考える。そうなると公爵家に真っ向から文句を言える大聖堂を味方につける」


 王家とは違う意味で強い権力を大聖堂は持つ。公爵家に意見を申すなら大聖堂の力を借りるしかない。


「お父様が大聖堂とルナリア伯爵家に抗議の文を送ったから、ルチア様の味方をするのは難しい気がする」
「聖女が悲しみ、絶望し続けると聖女の力が減少し、最悪失われる。そうならない為にも大聖堂は動くよ。なんなら王家を動かす」
「……」
「そうなれば、聖女の力の安定を王家と大聖堂は求め、君と君の婚約者の婚約破棄なり解消なりを認めると思うよ」


 漸く生まれた平和の象徴たる聖女を失うのは誰も望まない。そこまで来たらグリージョ公爵とてセラティーナとの婚約に拘ってはいられない。
 フェレスの言うようになるかは不安だが、今はそれに賭けるしかない。



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