婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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やり直しの提案③

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 応接室に入ると既にセラティーナ以外の面々が揃っていた。隣に座る様父に促され、シュヴァルツとアベラルドに会釈をして座った。


「セラティーナ嬢」


 口火を切ったのはアベラルド。


「此度の一件シュヴァルツから聞いた。愚息の代わりに謝罪をさせてほしい」
「いえ……シュヴァルツ様からの謝罪は受け取ったので公爵様はお気になさらず」


 最も謝罪をしなければならない相手からの反応は今の所ない。


「アベラルド」


 無表情ではあるが父ジグルドの声色には微かな怒気が含まれていた。


「手紙で記した通り、お前の倅はどうもルナリアの娘が忘れられないらしい。今回の事も、元はと言えばお前の倅のセラティーナへの態度がルナリアの娘を助長させたと思わないか」
「ジグルド。それについては悪かった。シュヴァルツにはしっかりと反省させた。今後は聖女との接触を一切禁じた」
「信じられんな。とにかく、私もセラティーナもお前の倅との婚約破棄を望む」


 何時でもやり直せる機会はあった。悉く自らの手で潰したのがシュヴァルツ。


「お前が倅を説得していないとは言わん。だがこの有様だ。となると、お前が何を言おうとお前の倅は聖女を諦めはしない」
「……」


 反論する隙を見せない正論を突き付けられたアベラルドは押し黙る。何も言えないのはジグルドの指摘は全部正しいと示す。
 セラティーナは黙ったままのシュヴァルツをチラッと見た。俯いているので表情は見えないが膝の上に作った拳は強く握られていた。二人の公爵に言われるがままではシュヴァルツも苛立ちを覚えているのだろうがこの場で彼に勝手な発言は許されない。ただジッと耐えるのみ。


「まあ、多少は同情してやれる。聖女と判明した娘は基本王子と婚姻するのがこの国の習わし。生涯を共に出来ないと諦めたのに、そこにチャンスが舞い降りれば人は誰しも期待してしまう」


「そうではないか?」とジグルドが問う視線の先にいるのはシュヴァルツ。ゆっくりと頷いたシュヴァルツは顔を上げ、真っ直ぐセラティーナとジグルドを見ていた。


「……プラティーヌ公爵の仰る通り、私はルチアと結ばれたかった。王太子殿下と婚約が成立しないと分かった時に味わった絶望は忘れられません」


 セラティーナと婚約しているが為にルチアと婚約が結ばれない現実に打ちのめされ、今まで以上にルチアの側にいたくなった。しかし、今回の出来事が起きて、改めて自分自身の気持ちに気付いた。
 セラティーナと共にいる時とルチアと共にいる時の違い。それらをセラティーナに語ったのとほぼ変わらない内容で語られた。
 渋い顔でシュヴァルツを見るアベラルドと呆れ顔のジグルド。何度語られても心が動かないセラティーナの三者に分かれた。


「セラティーナ」


 ソファーから離れ、セラティーナの側まで来るとその場で跪いたシュヴァルツにギョッと見開いた。


「すぐに信じてほしいとは言わない。君の信頼を得られるよう努力する。セラティーナ、どうか私に機会をくれ」


 この場にいるのがセラティーナだけだったら断るがそうはいかないのが現状。父に意見を求める視線を送ると小さな溜め息を吐き「悪足掻きはよせ」と放った。


「アベラルド。お前が一番理解している筈だ。もう手遅れだと」
「ジグルド」
「抗議の文はルナリア家、大聖堂にも送っている。ルナリア家にはある内容を書いた」


 三人の訝し気な視線を受けつつ、手紙にシュヴァルツとルチアを婚約させればルナリア家が収入源としている小麦の買取をこれまで通り続行すると記した。主にプラティーヌ家が運営する商会が買取をしており、禁止されればすぐに別の買い取り先を見つけるのは難しく大量の在庫を抱える羽目になる。鮮度を保とうにも、保存魔法を長く使える魔法使いは限られており、雇うにも多額の給料を払う必要がある。
 お金を湯水の如く使える程裕福でもないルナリア家からしてみるとプラティーヌ家から買取を断れれば、収入に大きな影響を受ける。続行条件がシュヴァルツとルチアの婚約ならば、達成可能条件だと思い必死になってグリージョ公爵にルチアとの婚約を求める。
 険しい顔付きになったアベラルドは腕を組み、深い溜め息を吐いた。婚約が結べるかどうかでルナリア家の今後が決まるのなら、自身が振り払おうとルナリア伯爵はなんとしてでも婚約してもらおうと必死になる。その光景がありありと頭に浮かんだのか、二度目の溜め息を吐いた。跪いたままのシュヴァルツは呆然としており、言葉が出ないといった様子。


「ルナリア家がどうなろうと私には知ったことじゃない」と吐き捨てたアベラルドに対し、予想通りだったのかジグルドは肩を竦めた。


「お前がそのつもりでもルナリア家はそうはいかん。散々、聖女と仲睦まじくしていたツケが今になって回って来ただけだ」
「ジグルド。お前が頑なに断るのは、陛下から報せを受けた例の件か」
「だとしたらなんだ」
「お前は受けるというのか」
「セラティーナも既に同意している。断るつもりはない」
「……」


 帝国の要望がプラティーヌ家に届いたなら、当然グリージョ家にも届いている。

 ここで声を上げたのはシュヴァルツだった。名前を呼ばれたセラティーナは再びシュヴァルツを見やった。


「君に求婚している帝国の魔法使いとは、カエルレウム卿なんだろう?」
「ええ」
「たった二、三度会っただけの君を妻にと望むのはおかしくないか?」
「思惑があったとしても、長年関係改善をしようとしなかったシュヴァルツ様の側にいるよりはマシだと私自身が判断しました」
「……」


 一度決めた意思を簡単に変える気はない。意思の強さに項垂れたかと思いきや、なら、と迫られた。


「猶予が欲しい」
「猶予?」
「一カ月、君からの信頼を得られなかったらセラティーナ、君を諦める。だが、一カ月少しでも私を見直してくれたなら帝国行を考え直してはくれないだろうかっ」


 また父に意見を貰おうと視線を向けると呆れ果てた面持ちをアベラルドに見せていた。


「悪足掻きにも程があると思えないか?」
「お前やセラティーナ嬢が呆れるのも理解しているが最後の機会をシュヴァルツに与えてくれないだろうか」


 諦めの悪さは二人とも同じで。どうする? と父に視線で問われたセラティーナは小さく息を吐いた。


「一度、保留にさせてください」


 この場では答えが出ない。断っても食らいつくのなら、一旦保留にし、フェレスと相談しよう。


 ——フェレスは猫みたいな気があるから、なんて言うかしら

 古語で猫の意味を持つ名前の通り、気紛れな面があるから少し心配になってしまう。



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