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やり直しの提案②
しおりを挟む父が向かいに座るまでジッとしていようと紅茶の香りを堪能していたセラティーナ。急に返事を書く速度を上げた父はセラティーナが思う以上に早く書き終え、封筒に入れて封蝋を押し、家令に四つの手紙を渡した。
受け取った家令はすぐさま手配をしに行き、父はセラティーナの向かいに座った。
父が来たのでまずは紅茶に手を伸ばした。ティーカップを持ち、近くで香りを堪能する。好きな紅茶の香りに喜びつつ、早速話を切り出した。
「お父様。お話というのは?」
「グリージョの倅の話だ。お前は今回の一件で婚約破棄をしたいと言っていたな」
「はい」
「実際のところ、グリージョの倅をどう思っているんだ?」
一瞬、婚約破棄は無しだと言われるのかと身構えるも違うと分かると自分の思う通りのまま話した。昨日エルサに話した内容とそう変わらない。セラティーナが話し終えると父は「そうか」とだけ零した。
「シュヴァルツ様は私がシュヴァルツ様を好きだと思い込んでいたようですが……」
「そうか」
「確かに初めは婚約者になったのだからと、仲良くなろうと歩み寄る努力はしました。ルチア様の事が忘れられないシュヴァルツ様には受け入れてもらえなかったので早い段階で諦めはしました」
「ふむ」
「私の我が儘と受け取ってもらって構いません。シュヴァルツ様から婚約をどうにかしてほしかった。ルチア様を想うなら、悲劇のヒーローヒロインに浸っているのではなく、自分からグリージョ公爵様を説得してほしかったと思います」
「したところで無駄だった、だろうがな」
二人の婚約に強く拘ったのはグリージョ公爵。シュヴァルツがどれだけ説得しようと無駄に終わっただろう。
「ルナリア伯爵はルチア様を本気でシュヴァルツ様と婚約させたかったのでしょうか?」
「あの男にそんな度胸はない。社交界が娘の味方をしているのを良いことに、お前が婚約破棄されるのを待つ男だ。聖女なら、聖女と判った時点で大聖堂で住まわせれば良いものを……グリージョの倅と離れ離れになるのは嫌だと大方泣き叫ばれたのだろう」
聖女が大聖堂に住む決まりはないが、清廉な心と純潔が尊ばれるので俗世から離れるには大聖堂での暮らしが一番。
「婚約破棄については心配するな」
「ありがとうございます」
やり直しを提案されるのではと身構える必要は無かった。安心すると小腹が減ってしまい、オペラを頂くことに。
「お父様は……」
「なんだ」
「私とシュヴァルツ様との婚約、本当はどう思っていました?」
「我が家には大した利益のない無駄な婚約だ。アベラルドのしつこさに王家が折れたとも言っていい」
やはり、父は最初から婚約に反対だった。
「お父様達が領地へ行っている間、グリージョ邸に呼ばれても行くなと言ったのは何故ですか?」
どうしてもそれだけが分からなかった。今までも何度か足を運んでいて危険な目には遭っていないのに。セラティーナの問いにすぐに答えていた父は、この問いにだけ何も言わない。目を伏せ、黙ったまま。
「……」
「……」
沈黙が室内を包む。
セラティーナも父も声を発しない。
「話せないのなら、無理にとは言いません」
「……」
「ただ、不思議だったのでつい」
沈黙の中でもオペラの味は保たれる。好物の美味しさは格別だ。不意に父が顔を上げた。
「万が一の為、とだけ言っておこう」
「……?」
それだけ言うと父は別の話題を出した。
話もオペラも終わるとセラティーナは執務室を出た。結局、一番知りたかったことは聞けず仕舞い。
今日は屋敷で大人しくしていようと部屋に戻った。
昼が過ぎ、おやつの時間が近付いた時。帝国へ行った際に販売しようと考えていたポーションとヒーリングサブレのレシピをノートに書き記しているところにナディアがセラティーナを呼びに来た。応接室にグリージョ公爵とシュヴァルツが来ていると。父の手紙はすぐに届けられるよう手配されたのだから、手紙を読んだグリージョ公爵がシュヴァルツを連れて訪問するのは容易に予想出来る。父の方も想定内らしく、二人を応接室へ通しセラティーナを呼ぶようナディアに指示をした。
「すぐに行くわ」
グリージョ公爵は必ず婚約破棄は認めない。やり直しを提案されるだろうがセラティーナ個人はお断り。父も同じ気持ちなのが幸いだ。
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