婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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少しの寂しさ

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 部屋で着替えを済ませ、食堂に現れた父は髪も綺麗に整えているが若干目の下に隈が出来ていた。夜通し王都へ戻っていたのだと物語っている。普段の席に座ると父の前には小さく野菜が刻まれた温かいスープが置かれた。セラティーナとエルサの食事はほぼ終わっており、デザートを食して終了だ。

 席に着くなり青の瞳がエルサに向いた。


「エルサ、お前が送った手紙についてだが」
「はいっ」
「さっき、部屋に戻った時家令にルナリア家からの手紙を受け取った。内容は言わずとも分かるな?」
「はい……」


 恐らく、先回りをしてルナリア家への対応を少しでも軽くしてもらおうという魂胆。見え透いた目的に誰かが小さく息を吐いた。


「セラティーナ」


 今度は鋭い青の視線がセラティーナに向けられた。


「グリージョの倅と聖女が相思相愛なのは今に始まったことではない。だが、格下の伯爵令嬢にここまで馬鹿にされるとは。我がプラティーヌ家の者としての自覚がお前には足りなさすぎる」
「申し訳ありません」


 どんな時でも父は父か。時折、見せられる疑問は今この場においては何の意味も持たない。


「だが、我がプラティーヌ家を侮辱したのも同然。相手が聖女だろうが何だろうが厳重に抗議する。無論グリージョ公爵家にもな」


 隣からホッとした息が吐かれた。セラティーナ自身も無意識に安堵した。


「王家からの手紙についてだがセラティーナ。帝国の魔法使いがお前を妻にと希望しているらしい」
「それって……」


 その魔法使いが誰か、きっとエルサには心当たりがある。昨日の光景を見ていれば何となく察しがつく。スープを頂きながら父は話を続けた。


「お前とグリージョの倅が婚約しているとは帝国側も知っている事。だが、魔法使いを帝国に留まらせたい皇帝は此方が断ってもどんな手段を使ってもお前を帝国に寄越せと言うだろう。お前はどうしたい?」
「帝国が私とシュヴァルツ様との婚約をご存知なら、ルチア様との関係もご存知では?」
「そうだろうな」
「私は帝国に行きましょう。そうすればシュヴァルツ様とルチア様は晴れて婚約者になれる。加えて、私がお受けすれば両国の関係に罅が出来るのも防げます」
「ふむ」


 尤もらしい言葉を選びつつ、父が納得するよう誘導する。個人としては今後シュヴァルツとルチアに関わらないのであれば何でもいい。


「お前の意見は分かった。なら、プラティーヌ家は賛成しよう。だが王家やグリージョ家は反対してくるだろう」
「そうでしょうね」


 この婚約に拘っているグリージョ公爵は必ず反対するし、正式に承認した王家もすぐに賛成とはいかない。ルチアがセラティーナに危害を加えた点を責めればどちらもしつこくは食い付いてこないだろう。


「大聖堂へもしっかり抗議を入れておく。全く、聖女が大事なのは分かるが甘やかしてばかりでまともな頭を持たんとは情けない」
「聖女としての教育は大聖堂の責任ですが、貴族令嬢としての教育の責任はルナリア家の問題では?」
「確かにそうだが大聖堂にも問題はある。聞いた話だが、貴族令嬢の教育が厳し過ぎると何度か聖女は大聖堂へ逃げていた。娘に伯爵はそれ以来聖女を甘やかしてばかりだ」


 幸いにもルナリア家にはルチアの他に長男、次男、次女がいる。跡を継ぐ長男がいれば問題ない。


「時にセラティーナ。お前を妻にと求める魔法使いは古い妖精だ」
「はい。存じております」
「妖精は長い人生を生きる分、少々飽きやすい性格をしていると聞く」
「そうですわね」


 フェレスの場合はセラティーナにだけ永遠に執着し続け、他に対しては主に気分で決めていた。


「今はお前を求めていても、いずれお前に飽きて捨てられる場合もある」


 フェレスに限ってそれはないが父はセラティーナとフェレスの関係を知らない。どう答えようか迷っていると予想外な言葉を放たれた。


「帝都にはいくつか家を買っている」
「家、ですか?」
「公爵邸に比べれば小屋のような広さだが女性一人と使用人が二、三人いても窮屈には感じない。平民から見ると大きな家だ」
「は、はい」
「もしも魔法使いに捨てられたら、その家に住むといい。どの物件でも構わん。お前の好きな家を選べ。同じ家に住むのが飽きたら別の家にも住んでいい」


 急に別の家を買っている話から、仮にフェレスに捨てられた場合の生活の話をされ大いに戸惑ってしまう。平民から見たら大きい家を数軒保持し、更に使用人を数人つけるのはかなりの維持費が掛かる。セラティーナが飽きたら家を転々としてもいいとさえ言われ、益々困惑する。普通、嫌っている娘相手に金がかかる真似はしない。隣にいるエルサも父の話に困惑を隠せないでいた。
 生活費も毎月渡すと追加され余計困惑してしまう。もしもの話だと強調されても同じである。

 お父様、と発し掛けたセラティーナの声を遮るように「グリージョの倅と婚約破棄したい件についてだが」と切り出され、一旦黙る選択肢を選んだ。


「私は構わん。有責となるのはグリージョの倅だ。聖女との関係を全面的に責めればアベラルドも何も言えん」
「ありがとうございます。ところでお父様、あの」
「私は今から忙しい。お前達は各々好きに過ごすといい」


 何故セラティーナの生活の手助けをする真似をするのかと聞きたかったのに、スープを完食するなり父は席から立った。「お父様、お母様は?」というエルサの言葉には応えた。


「領地へ向かう途中の宿に置いて来た。暫く滞在出来るよう多額の金は渡してある。一人で領地へ行けと言っても泣いて嫌がる女を態々行かせる必要もない」とだけ淡々告げると今度こそ食堂を出て行った。

「……」
「……」


 セラティーナとエルサ、二人で顔を見合わせ父が去った扉を見つめる。
 先に声を出したのはセラティーナ。


「お父様の考えが全然分からないわ」
「わたくしも。帝都に家を買っている話は初めて聞きました。さっきの話だと、かなり前からお姉様の為に用意していた気がします」


 帝国の魔法使いに求められなくても父は最初からセラティーナを帝国へ追い出す算段をつけていた可能性がある。そうでなければ、家を数軒買う等金の無駄遣いはしない。ふう、と息を吐いた。


「お姉様?」
「なんでもないわ」


 口ではそう言っておきながら内心少しだけ寂しい気持ちがあった。今回の件が無くても何れ父の手によって王国から追放され、帝国へ追いやられていたのだと。魔法が使えるだけであまりに嫌われ過ぎている。
 今世では、最後の最後まで父とは和解出来ないだろうと少しの寂しさを覚えた。


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