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何故そうなった?②

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 大勢の女性達の視線の先にいたのはフェレスとランス、それにシュヴァルツとルチア。どんな組み合わせなのかと問いたくなる場面にセラティーナは両者から視線を外せない。ルチアはシュヴァルツの腕を引っ張ってこの場から立ち去りたいようだが、肝心のシュヴァルツは欠伸をするフェレスを睨み付けていた。
 フェレスの欠伸は眠いのではなく、単純に面倒臭がっているだけ。彼の妻として長年側にいたセラティーナだから見抜ける。フェレスの側にいるランスもどうしたものかとピカピカ頭を掻いていた。


「わあ……」


 隣にいるエルサが感嘆とした声を漏らした。無理もない、彼女が見てきた男性の中でフェレス以上の美貌を持つ人はそういない。絶世の美貌を持つ妖精族は人間から憧れや好意を持たれやすい。


「綺麗……」


 薄らと赤くなった頬を両手で包み、うっとりとするエルサは恋する少女でとても可愛い。相手がフェレスなのだから自然の反応――だと思っていたら。


「あのツルツルでピカピカ輝く頭……人間の頭がどうしてあんなにも輝いて見えるの? 頭に研磨剤を? いえでも頭を研磨剤で磨いたら普通は……」


 エルサが惚れ惚れと視線を送っていたのはフェレスではなく、フェレスの隣にいるランスだった。てっきりフェレスに見惚れているのだと思っていたセラティーナは思わず「……ランスの事を言っていたの?」と名前を出してしまった。


「あの方はランス様と言うのですね。お姉様の知り合いですか?」
「え、ええ。まあ。彼は組合の方よ」
「組合、ですか。お姉様も組合を利用するのですね」
「私もって事はエルサも?」
「時折、他国の情報を得るために利用しています」


 知らなかった。情報集めは主に侍女を使ったり、馴染みの商人から聞き出しているのだと予想していたのに。


「わたくし自身が組合に足を運んではいませんが侍女に代理を任せています」
「そうだったの。ふふ、勉強熱心ねエルサ」
「あ、当たり前です! 使えるものは何でも使うのが我がプラティーヌ家の家訓です!」
「そうね」


 勉強熱心で努力家、セラティーナを嫌っているわりに全然悪意を向けられていないよく分からない妹。ただ、やっぱり根は悪い子ではない。甘やかされているように見えても、父と母で大きな差がある。当主である父に認められたい気持ちが強いエルサは、母に当主教育について苦言を呈されても決して勉強の手を緩めなかった。

 両親どちらにも――特に母に――あまり誉められた経験がないセラティーナからしたら羨ましい限りだった。それでもエルサに劣等感を持たず、家族からの愛を求めないのは前世の記憶が大きい。仕事人間でも家族を飢えさせないよう必死で働き、母が亡くなるとぎこちないながらも娘に愛情を示した嘗ての父の姿を覚えているから。母が生きている頃に父娘らしい関係でいたかったがそれはそれで仕方ない。


「エルサならプラティーヌ家初めての女当主になれるわ。お父様もそう期待している筈よ」
「プラティーヌ家を継ぐために努力しているのだから当然です!」
「ええ」


 ランスを見つめていた時以上に顔を赤くしながらも胸を張ってハッキリと宣言したエルサ。頼もしいと同時に可愛らしくてそっと黄金の頭を撫でた。嫌がるかと思ったが大人しく撫でられている。気のせいか、顔の赤みが増している。


「どうしたのエルサ、顔がとても赤いわ。もしかして熱があるんじゃ」
「あ、ああ、ありませんっ! お姉様がわたくしを幼子みたいに頭を撫でるから……!」


 頭を撫でられて不機嫌になっていただけだった。やっぱり嫌だったのかと申し訳なくなった。


「ごめんなさい」
「あ! いや……あ……」


 セラティーナが謝ると顔の赤みが引いていく。引きすぎて若干青くなってしまった。今度は一体どうしたのかとまた心配すると「お、おいフェレス!」ランスの焦りに満ちた声が。何事かと顔を上げると離れた場所にいたフェレスがいつの間にかセラティーナ達の側にいた。エルサと二人揃って驚いているとプラチナブロンドを一房手に乗せキスを送られた。周囲の女性達から悲鳴が上がり、即座に向けられた嫉視の数に眩暈が起きた。


「会いたかったよ、セラ……ティーナ嬢」
「ど、どうされたのですかカエルレウム卿……」


 セラと愛称で呼びそうになったのを咄嗟にセラティーナと言い換えたフェレスに合わせ、セラティーナも他人行儀に呼んだ。


「此処は人が多い。場所を移動しよう。ところでそちらのレディは?」


 月を宿した濃い青の瞳がエルサに向けられる。ビクっと怯えたエルサが素早くセラティーナの背に隠れた。


「私の妹エルサです。妹と買い物に来ているだけです」
「そうなんだ。なら、君の妹にも来てもらおう」
「フェ……カエルレウム卿、この騒ぎは何故起きて……」


「セラティーナ!」


 次から次へと人が来る。腕を引っ張るルチアの手を外し、険しい表情で此方に向かってくるシュヴァルツから並々ならぬ気配を感じた。無意識にフェレスの腕を掴んでしまう。


「仕方ない」


 甘く蕩けてしまう笑みを浮かべ、フェレスが素早く呪文を唱えた。

 途端に静まる周囲。

 え? え? と忙しなく周囲を見るエルサの気持ちはとても分かる。


「こっちにおいで」
「あ!」


 即座に使用した時間停止魔法のせいで呆気に取られているとフェレスに手を取られた。歩き出したフェレスの後を追うしかないセラティーナは強い困惑を見せるエルサにこっちだと声を上げた。セラティーナに付いて行くしかないエルサは慌てて歩き出した。


「フェレス! ちょっとは俺の言う事を聞けっての!」
「はーいはい。小言は後で聞こう。先ずは組合へ帰るよ」


 時間停止中の世界で動く権利をフェレスから与えられているランスは人の制止を聞かず、勝手に動くフェレスに沢山の言葉を投げるが右から左へスルーされ、はいはいで終わらされる。連れて来られたセラティーナに同情の目を向けつつ、後からやって来たエルサに目を丸くした。


「この子は?」
「私の妹のエルサです」
「ほーん、プラティーヌ家の跡取りか。思ってたより美少女だな。商人としても妥協しないプラティーヌ家初めての女当主になれるかもしれないって組合でも有名だからな」
「エルサ=プラティーヌ、です!」


 ランスを見上げるエルサの瞳はただ一点。磨き上げられた頭に注がれていた。

 そんな事は露程も知らないランスは時間停止が起きている今組合に素早く戻るぞと声を掛け、フェレスに転移を促した。


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