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湖へ③

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「君の魔力を辿って先回りしたんだ」
「そうだったの。王都には何時までいるの?」
「二日後には出発する。急な訪問だったから、二日後の皇女の見送りの為に明日の夜細やかなパーティーを開く。王太子の側近である君の婚約者も当然呼ばれるだろうね」
「調べたの?」
「勿論。今の君を知る為にね」


 セラティーナという婚約者がいるにも関わらず、幼少期から愛しているルチアを想い続けシュヴァルツがどんな人間なのかも知る為に。


「僕が解除しない限り彼は動かない。僕に付き合って」
「あ」


 手を繋がれ歩き出してしまう。停止したシュヴァルツが心配になるも、周りに結界も張っておいたと言われれば安心し、フェレスを見上げた。


「君が亡くなって暫くしてから、友人に帝国の魔法使いにならないかと誘われたんだ」


 寿命によって亡くなったセラティーナを失ったフェレスは、数年の間はぼんやりと生きていた。転生魔法を掛けたと言えど、何時、何処で会えるかは魔法を掛けた本人にも分からない。すぐに転生しない事だけは分かっていたから数年抜け殻になっていた。そんなフェレスを見兼ねた友人が優秀な魔法使いを探していた当時の皇帝の頼みでフェレスを推薦した。

 ぼんやりと生きているより、活発に体を動かし何れ来る再会を待とうと根気よく説得された。フェレスが魔法使いとして帝国に仕えると契約した皇帝は先々代で二年前に亡くなっている。二度目に起きた親しい人の死。

 人間は妖精と違い短命だという事実がより濃くなったとフェレスは笑う。


「でも、悪いことばかりじゃない。先々代の縁で繋がった人間がまだまだいるから」
「もしかして、今の皇族?」
「ああ。先代の皇帝や今の皇帝だね。セラと一緒にいる内、人間と関わるのも悪くないと思い始めたから、彼等と関わるのはとても楽しかったんだ」


 同族との付き合いは程々にし、基本一人で暮らしていたフェレス。セラティーナという唯一無二の相手と出会って生活が大きく変わった。


「明後日、帝国に戻ったら皇帝に君が僕の“相手”だと伝えるよ。そうしたら、またセラと一緒にいられる」
「フェレス」


 嬉しい気持ちももう一度フェレスと暮らせる未来が待っていると思うとセラティーナも喜びたい。

 現実はそうはいかない。

 セラティーナは「簡単にはいかないわ」と首を振った。


「調べたのなら知っていると思うけど、私とシュヴァルツ様の婚約は両家が王家からの承認を受けている正式な契約なの。いくら、フェレスが皇帝に伝えても簡単にはいかない」
「そう? じゃあ、君を妻に出来ないなら、僕は帝国を去る。……と言えば、どんな手を使ってでも君を私の妻にしてくれるよ」


 自信タップリに話すのは、確証があるからで。不穏な台詞を紡ぐフェレスは美しい見目とは裏腹に、物事を強引に推し進める性格は相変わらずだ。懐かしいが厄介な部分でもある。
 余計な争い事を起こしたくないセラティーナとしては別の方法はないかと思案してみた。最も良いと言える案は、一つしかない。


「シュヴァルツ様とルチア様よね……」
「君の婚約者とこの国の聖女か。相思相愛だって帝国でも有名だよ」
「ってことは、私のことも?」
「ああ。相思相愛の二人を引き裂く悪女だと言われているよ」


 調べて分かった、と冷気を纏った声に身震いするも自分に向けられていないから一瞬で終わった。


「周囲とセラの希望はある意味同じだ。相思相愛の二人が結ばれる未来を願っている。けど、何故か君の婚約者は君を手放すつもりはないらしい」
「どうしてかしらね……」


 いくら考えても答えが見つからない。出会った時から現在までセラティーナとの婚約解消を拒む理由がない。受け入れる理由なら多々あるのに。


「ルチア様は多分シュヴァルツ様を愛している筈だわ」
「うん」
「シュヴァルツ様には、どう認めてもらえばいいのか」


 肝心なのはシュヴァルツが婚約解消に同意する事。絶対に婚約解消となる事件でも起きれば容易だと口にしたフェレスに待ったを掛けた。


「フェレス。それは駄目。貴族は面子を何よりも大事にする。長生きな貴方が知らない筈がないでしょう?」
「ああ。そして、それが最も有効活用出来るともね」


 既成事実を作らせれば、口ではどれだけ否定しても世間はそう見てくれない。それをするとシュヴァルツだけではない、ルチアの名にも傷が付く。思い入れがないからといって傷付ける真似はしたくない。やれやれと肩を竦めたフェレスは「人間って変なところで神経質で面倒くさい」と妖精ならではの愚痴を吐いた。前世、人生の大半をフェレスと共に過ごしたセラティーナにも彼の苦手な部分はあった。妖精ならではの、人間の常識が通じない部分だ。特に長く生きる妖精は自身のペースを崩されるのを嫌う。フェレスもそう。セラティーナにだけは特別許していた。


「人間と共に生きていくのなら、最低限、人間の常識には付き合って」
「皇帝にも言われる」
「今度から人間ではなくて、同族の愛する人を見つけるべきよ」
「セラ」


 冗談で言っただけでもフェレスは整った眉を八の字に変え、落ち込んだ相貌を見せた。


「悪かったよ。機嫌を直して」
「元から悪くないわ。ただ、フェレスはちっとも変ってないなって」
「そう言うセラも」
「私はかなり変わったわ。見た目からかなり変わったでしょう?」


 前世のセラティーナは平民によくある茶髪に焦げ茶の瞳の平凡な容姿だった。だからこそ、妖精族の中でも随一の美貌を誇るフェレスに求婚された際は仰天した。


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