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湖へ②

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 馬車は湖に到着した。御者が扉を開け、先にシュヴァルツがセラティーナに手を出した。シュヴァルツの手を借りて馬車を降りたセラティーナは、陽光を反射させキラキラと光る水面に気持ちを安らいだ。馬車内で感じていた苛々は湖の美しさのお陰で少しは晴れた。今日は周辺にいる人は少ない。天気が良いからと周辺を一周しようと提案された。

 湖に来たらボートに乗るか、周辺を散策するか、ピクニック気分を味わうかのどちらかとなる。セラティーナとシュヴァルツの二人は湖に沿って歩き始めた。

 大陸でも随一の水質の良さを誇る為、水の透明度が高く、自由に泳ぐ小魚を数多く発見出来る。底が近くに見えてしまうから入りたくなってしまうが、実際の水深は予想以上にあり、安易な考えで湖に飛び込んで命を落とす者が以外と多い。

 最近では湖への入水は禁じられており、周辺に見張りが置かれている為飛び込む人数は減ったと聞く。

 綺麗な水の中に飛び込みたい気持ちは分からないでもない。勢いよく水中に飛び込んだらきっと気持ち良いのだろうな、と湖を眺めながら歩くセラティーナ。シュヴァルツと湖の周辺を歩き出してから一言も会話がない。元々、多くを語らない彼だ。カフェ以外の方が退屈しないだろうと言われても、会話が無ければ結局カフェと同じだ。だからと言ってセラティーナから話題を振る気にもなれない。

 セラティーナが身を引こうとした瞬間から急に距離を縮めようとする姿勢に大量の疑問符が頭から飛んでいた。チラリとシュヴァルツを見ても、前を向いて歩いているだけ。一度も此方を見ようとしない。湖を一周したら帰ろうと提案しよう。口ではああ言いながらも、大事なルチアを取るに決まっている。


 湖の半分を歩いたところで変化が起きた。二人の視線の先に、小鳥に囲まている男性がいた。警戒心が強く、人には滅多に近付かない小鳥が嬉しそうに男性の周囲に集まってくる。夜空に浮かぶ星の輝きを持つ銀糸がセラティーナ達に顔を向けたことでさらりと靡き、月を宿した濃い青がセラティーナを映した。愛おし気に自分を見つめるフェレスに頬がほんのりと赤くなるセラティーナは側にシュヴァルツがいるのを一瞬忘れかけるも、ハッとなって小さく頭を振った。
 今この場にフェレスがいるのは偶然か、そうじゃないか考えるのは後にして。小鳥を空へ飛ばし、此方にやって来たフェレスの笑みは、セラティーナの前にシュヴァルツが立ち深くなった。


「この国では見ない顔だな」
「ああ、僕は帝国から此処に来ているからそりゃあ見慣れないだろうさ」
「帝国から?」
「皇女殿下の護衛としてね」
「……」


 滞在日数は聞いて居なかったが未だフェレスがいるのを見るとまだまだ王国にいる予定みたいだ。フェレスの言葉でシュヴァルツは彼が第二皇女の護衛魔法使いだと気付く。


「王太子殿下から話は聞いています。護衛ならば、尚更姫の側にいるべきでは」
「僕が側にいなくても、皇女の側には優秀な護衛が沢山いる。僕は縛られるのは嫌いだ。皇女も皇帝もそれをよく知ってる。僕が最低限の事さえすれば、彼等は何も言わないよ」


「それよりも」と濃い青の瞳はシュヴァルツから、後ろにいるセラティーナへ向けられた。


「僕は君より、そこのご令嬢が気になる。是非、話をさせてほしいな」
「彼女は私の婚約者です。私が同席の許なら構いません」


 婚約者の部分をやけに強調したシュヴァルツに目を剥くセラティーナ。フェレスは表情を変えず、読めない笑みを浮かべたまま「お好きに」とだけ告げた。


「セラ」
「あ」


 普通に愛称で呼ばれ、焦るセラティーナは隣を見てと示され言われた通りシュヴァルツを見た。何も変化がない。それどころか、瞬きすらしていない。


「時間を止めたんだ」
「フェレス……」


 妖精でも最高難易度を誇る時間停止をあっさりと使うフェレスに呆れる一方で、気を遣って時間停止を使ったフェレスに「ありがとう」と述べた。


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