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夢は叶わない
しおりを挟む改めてランスと受付嬢にお礼を言い、組合を出たセラティーナ。馬車に戻ろうと体の方向を変える前に知っている人がいた気がして視線を其方へ向けた。あ、と思ったら向こうもセラティーナに気付いた。鋭く冷たい灰色の瞳が揺れ動いた。小さく瞠目した後、目を逸らした。
彼――シュヴァルツの側には聖女ルチアがいる。腕を組んで恋人のようにデートをしている。今日は何も約束をしていないから良いが、そうか、セラティーナとの先約を反故にして毎回ああやってルチアとデートしているのか。心の底からシュヴァルツに恋情を抱いていなくて良かったと安心する。
――これも前世の記憶を持っているお陰ね。
どうして前世の記憶を持っているかは謎だが感謝する場面は幾度もある。会釈をしてシュヴァルツから馬車の方へ歩を進めた。馬車に着くと「セラティーナ様!」とオペラの購入を済ませたナディアが心配げに駆け寄った。
「お待たせ。オペラは買えたようね。偉い偉い」
「セラティーナ様はどちらへ行かれていたのですか」
「ちょっとね。危険な場所じゃないから安心して」
「ですが」
「大丈夫。誰の迷惑にもならないから。ナディアは心配性ね」
「ですが……はい、分かりました」
納得してくれてホッとする。馬車に乗り込み、ナディアも乗ったのを確認後御者に馬車を出すよう命じた。
屋敷に戻り、後でオペラと紅茶を持って来るようナディアに告げ、セラティーナは一人部屋にへ行く。途中で商人から宝石を買ってもらったエルサと会った。首に下げる首飾りはサファイアで作られており、何も聞いていないのに値段を告げられるもセラティーナは興味がなく「似合っているわよ」とだけ言い、早々に部屋へ帰ろうとするが。
「仕方ないのでお姉様の分も買ってあげましたわ。わたくしがお母様に言わなかったら、お姉様の宝石は無かったのだから感謝してくださいね」
「ああ、私は要らないわ。エルサが使って」
「要らない……?」
「ええ。私より、エルサの方が似合うわ。お洒落なんてパーティーがある時しかしないから」
「……分かりました」
高価な宝石好きなエルサなら、譲れば嫌味を言いながら喜ぶと思っていたがかなり落ち込んでいる。とぼとぼと去って行く背中は寂しそうだった。
エルサが好きではない宝石だったのか? だとしたら申し訳ない。エルサも要らないとなればその内売り払うだろうと自己解決させたセラティーナは今度こそ部屋に戻った。
●〇●〇●〇
『ああ、私は要らないわ。エルサが使って』
「要らないって言われるなんて……」
予想外だった。素直にセラティーナの宝石だと言えば良かった。セラティーナの宝石もサファイアで作られた首飾りだ。デザインは違うが同じ宝石の首飾りを姉と持っている、という細やかな願いはあっさりと消え去った。
沈んだ気分のまま部屋に戻り、ちょこんとソファーに座った。
「……今更……仲良くなんて出来る訳ないのに……」
自分でも取り返しのつかない場所まで来ていると自覚はある。そこから挽回するには、沢山の努力と我慢が必要だとも。でも簡単に出来ない。出来れていれば苦労はしない。
セラティーナと仲良くなりたい。セラティーナに素直に何でも言えるようになりたい。
最初は両親の影響を受けてエルサはセラティーナを嫌い、婚約者のシュヴァルツに愛されない様を見て小馬鹿にしてきた。そうしたら両親はエルサにだけ愛情を注ぎ、何でも願いを聞いてくれた。セラティーナという、プラティーヌ家の枠から外れた魔法の才能を持つ姉等不要だ。……と信じていた自分は大馬鹿だ。
三年前、姉に助けてもらった時からとてつもない後悔を抱いていた。どうやってセラティーナに謝ればいいか、声を掛けたら良いかとそればかり考え、いざ実行に移そうとすると空回って逆効果となる。エルサが何を言おうとセラティーナは気に掛けず、淡々と対処をする。昨夜のようにエルサについて気になる点があるとああやって指摘をしたり助けてくれる。セラティーナにリボンの緩みを直された時とても嬉しかった。それを口で、言葉で伝えられたらどれだけ良かったか。
商人が並べた宝石を見ている最中、他人の前で良き母を演じたい母はセラティーナを呼ぶよう使用人に命じた。姉は確か出掛けると言っていたような……とエルサが思い出していると戻った使用人にセラティーナの不在を聞いた母は激怒した。
『私は何も聞いてないわ! お前! もう一度見て来なさい!』
『で、ですがセラティーナお嬢様は本当にいないんですっ。ナディアもいないので街へ行っているのでは』
今は母を落ち着かせるのが先だとエルサは間に入った。
『まあまあお母様。お姉様の宝石なんて適当で良いではないですか。与えられるだけ感謝してほしいです』
『そうね! セラティーナには安物を与えましょう。あれに高級品は似合わない』
値段はどうであれ、同じサファイアで作った首飾りにしたのはセラティーナとちょっとでも良いからお揃いを持ちたかったからだ。
呆気なく実現されなかった夢となって終わったが……。
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