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朝の光景
しおりを挟む翌朝、普段通りナディアに起こされ、何時ものように朝の身支度を整えた。食堂に赴くと既に両親とエルサがいて先に朝食を食べ始めていた。
「おはようございます、お母様、お父様、エルサ」
礼を取り家族に朝の挨拶を述べるが返事は来ない。慣れっこのセラティーナは自分の席に向かった。食事場では両親がエルサと和気藹々と話をして、セラティーナは無言でナディアが引いた椅子に座って置かれた朝食に手を伸ばす。こんがりと焼かれたベーコンをナイフとフォークを使って切っていると前方から鋭い声が飛んで来た。
「いたのかセラティーナ。何時来たのだ」
「あら。わたし達に挨拶も無しに食事をするなんて礼儀がなっていない子ね」
両親だ。
「朝の挨拶はしました」
「お前の声が小さいせいだろう! 私達は一切聞いていない!」
ここで反論しても面倒なだけ。再度、さっきの声量より二倍大きな声で朝の挨拶を述べた。声が大きいと叱られるが最初の挨拶は声が小さいせいとされたから声を大きくしたと反論した。これ以上は両親、特に父を刺激するだけだから何も言わず、さっさと食事を進めた。ナディアが心配そうに見て来るがもしもの時は魔法を使って両親の意識を逸らせばいいだけ。
「全く! 昨日はシュヴァルツ様に断りもなく勝手に帰ったそうだな! 慌てた様子で私達に聞きに来たぞ!」
「聖女様と一緒にいる所を邪魔しては申し訳ないので」
「お前が至らないからシュヴァルツ様は、何時まで経っても聖女様を忘れられないのだ! 少しは婚約者としての役目を果たせ」
十分に果たしているつもりだ。と言っても聞いてくれないので言わないでおく。
「申し訳ありません。以後、気を付けます」
「こんな事ならエルサをシュヴァルツ様の婚約者にすれば良かったわ」
「仕方ないだろう。グリージョ公爵が望んだのがセラティーナなんだ。魔法の才能があるだけが取り柄の娘を貰ってくれるんだ。有難いじゃないか」
自分が、というより、プラティーヌ家に生まれる者に魔法の才能はほぼない。稀にセラティーナのように恵まれた者が生まれる。それが羨ましいのだ父は。両親の小言を右から左に聞き流しながらさっさと朝食を食べ終えたセラティーナは席を立ち食堂を出た。そういえば、いつもなら両親の嫌味と一緒にエルサも参戦するのに今朝は無かった。
「どうせ、昼や夜にあるでしょうね」
私室に戻りながら今日の予定を思い出す。が、今日は何もない。となると、セラティーナは行きたい場所が浮かんだ。私室に入り、一緒に戻ったナディアに振り向いた。
「一時間後出掛けるわ」
「どちらへ?」
「街へ散歩。貴族御用達の店には行かないから小さめの馬車を手配しておいて」
「はい、セラティーナ様」
ナディアが部屋を出て行くとセラティーナはベッドの端に腰掛け瞳を閉じた。
昨日のシュヴァルツとルチアを思い出す。想い合っているのにセラティーナという婚約者がいるせいで結ばれない恋人達。お互いを熱が籠った瞳で見つめ合うシュヴァルツとルチアを見ていると前世の夫を思い出す。嘗ての自分もああやってフェレスとよく見つめ合った。愛しているから、心の底からフェレスを愛しているから。愛する人と一緒になれない苦しみは想像を絶する。
シュヴァルツを愛してもいなければ、未練もないセラティーナは決めた。彼を自由にしてやろうと。
幸いにもプラティーヌ家にも未練はない。あるとしたらナディアくらいだろうが、彼女は優秀な召使だ。セラティーナがいなくなっても解雇はされない。元々、誰も、プラティーヌ公爵夫妻に愛されていないセラティーナの世話をしたがらなかった。給金の高さに惹かれて挙手したナディア以外は。
彼女も他の使用人達と同じでセラティーナを雑に扱う側と警戒したが、仕事はきちんとする人だった。公私混同もしない。それがとても助かった。
「思い出してみるとシュヴァルツ様と婚約者らしい事ってあまりしてないのね」
婚約者になってから月一のデートをするが場所は毎回街の噴水広場で待ち合わせてグリージョ家お抱えのカフェでスイーツを頂き、セラティーナが話題を振ってシュヴァルツが適度に相槌を打って終わる。偶に両家を行き来するがお互い私室には通さない。
そこでもセラティーナが話題を振って会話は終了。シュヴァルツが自発的に話をするのは殆どなかった。そう考えると昨夜は数少ない長く会話した部類に入る。
お互いの誕生日や定期的な贈り物もセラティーナはしている。シュヴァルツからはメッセージカードが来るだけ。誕生日の時くらいは花束でも贈ってくれても良いのだが、頑なにメッセージカードのみ。
セラティーナから抗議を入れた事はない。セラティーナという先約がいてもルチアを優先するシュヴァルツだ、したところで嫌悪を露にするだけ。また、シュヴァルツから贈り物の感想を聞いて来ない辺り所詮その程度なのだ。メッセージカードは贈られるので貰う度お礼を言うが険しい表情をされるか、静かな怒りが込められた灰色の瞳で睨まれる。口を開くなと言いたいのかもしれないが黙ったままでは時間が無駄に過ぎていくだけ。
取り敢えず、自分がいなくなって困る人がいない事実にショックを受けながらもある意味では後ろめたさを感じないからラッキーと思っておこう。
時間になるとナディアが来て、薄く化粧をし、髪を結い、帽子を被って部屋を出た。
「あらお姉様。どこかお出掛け?」
出会ったのはエルサ。なんだか機嫌が良さそうだ。
「ええ。エルサは?」
「わたくしはお母様と今から来る商人から宝石を買うの。お姉様は呼ばれてないから、来たって無駄よ」
「ええ。暫く戻らないからゆっくり選びなさい」
「暫くって何処へ行くのですか……?」
「ちょっとね」
何故か、不安げな面持ちをするエルサに曖昧な言葉で掛け、お姉様と呼ぶ声に背を向け玄関ホールから外に出た。
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