殿下が好きなのは私だった

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本当に好きなのは2

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 このタイミングで魔族の近親婚の話題を出され、怪訝に思うとノアールは気まずげな態度のまま話してくれた。
 ずっと好きだと言ってくれたリシェルが本当は父親が最愛だと、ノアールは二番目で好きになったのも王子様だからと。

 エルネストと話していたようだがどの記憶か見つからなかった。リシェルからしたら、エルネストにノアールが大好きだと言っていたのは会えば必ずしていた日常会話だった。リゼルが最愛……最愛の父なのだから、最愛と表現しても変じゃない。筈。
 別の意味で沸々と怒りが湧き上がるのを感じ、また深呼吸をした。冷静に、冷静に。


「殿下が王子様なのは本当ではありませんか」
「なら……おれが王子じゃなかったら、ただの悪魔に拾われただけの人間だったら?」
「変わらなかったかと。私にとっての王子様は貴方だけだったから」
「……」


 青みを帯びた今紫の瞳が微かに開かれ、動揺が走った。


「魔界の王子様じゃない。私にとっての王子様だったから、好きになったんです」
「リシェル……」
「殿下が人間でも、魔界の王子であるのは変わりません。これから殿下がどうするべきかはご自身でお考えください。陛下やパパは殿下が人間であるとは公表しないでしょう」
「……父上やベルンシュタイン卿が許してくれるのなら、おれはこのまま次期魔王としているつもりだ。実子として育ててくれた父上に恩を返したいんだ」
「殿下が望めば、陛下は人間として生きることを許してくれますよ」


 寂しがってリゼルに泣き付くであろうが。力なく首を振り、笑ったノアールが見つめてくる瞳にはもう今までの冷たさは消えていた。


「いや……今更、人間として生きろと言われてもどうやって生きれば良いのか分からないんだ。違う国に行っても、おれの生まれた国は大国らしくてな。おれの顔を見て気付く輩はきっといる。そうなれば、迷惑を被るのはおれじゃない、国の方だ」
「殿下……」


 生まれて間もない赤子を王家の髪と瞳を持っていなかったという理由だけで森に捨てたのは、王家と周囲の者達。人間のエゴによって捨てられたのに人間を恨んでいないのかと問うと否定された。ずっと愛情を持って接してくれた人がいるから、自分が人間で血の繋がりどころか種族まで違うとは気付かなかったと。
 二人の間に沈黙が訪れた。言いたい事は、聞きたい事はメモに山の如く書き連ねたのに、いざ本人を前にすると言えない、聞けない。臆病な性格はずっと治らない。
 次の話題を探すも見つからない。このまま、お開きとなってしまう。

 すると、先にノアールが切り出した。
 真剣味が増した瞳に見つめられて緊張が格段に上がった。


「リシェル、い、今までの事を水に流せとは言わない、許してほしいとも思ってない。ただ……、おれに、やり直す機会をくれないか」


 冗談でも嘘でもない真剣な声色から、本気でやり直しを願っているのだと読み取れる。以前のリシェルだったら歓喜しただろう。やっと元に戻れると。また、昔のような関係になれると。
 ……もう、昔みたいにノアールを待つリシェルはいない。

 瞳を閉じ緩やかに首を振った。


「私と殿下の婚約破棄は、既に社交界に知れ渡ってます。ビアンカ様が周囲に吹聴したそうなので」
「それはっ」
「仮にしていなくても、私には殿下とやり直す気持ちがもうないんです。……殿下を好きでいることも、待つことも、疲れました。愛情というのは無限ではなかったのです。私は無限にあるものと思っていました。消えてしまったんです。殿下を好きだったのは過去になりました」
「リシェルっ、どれだけ時間が掛かっても良い、リシェルがもう一度おれを好きになってくれるように努力する、だから……」
「殿下とビアンカ様が私の目の前に現れた時から徐々に殿下への気持ちは擦り減っていきました。それに、です、殿下。殿下がビアンカ様を選んだのも、口付けをしたのも多少なりともビアンカ様に好意があったからですよね? ビアンカ様がいなくなるから私を選ぼうとしているようにしか見えないのです」


 ビアンカだけ処刑ではなく、アメティスタ家が当初リシェルを売り飛ばそうとしていた貴族に売り飛ばすのをノアールは知らない。知ったら、彼は阻止しようと動くから。

 ノアールとのやり直しはない、と改めて断言したリシェルの決意の固さを見せ付ければ、縋るような目をしていたノアールは項垂れ一言も発さなくなった。

 話し合いは、これで終わり。

 席から立ち上がった時、小さな声で呼ばれた。


「好き、なんだ。リシェルが」
「……」
「リシェルの側にあの天使がいた時、嫉妬でどうにかなりそうだった。おれの自業自得だとしても、リシェルの側にいられるあの天使が」
「何度も殿下とビアンカ様が愛し合う姿を目にしました。殿下がビアンカ様をどう思っていたかは今更聞きません。ただ……私を好きだと言われても、信用出来ないんです」


 深まった溝と時間が好意と同時に信用もなくしていった。好きだと言われて、胸が痛み、奥底で嬉しくなった自分はいたが表に出すべきじゃない。またノアールが裏切らない保証が何処にもない。


「幼い頃の私はいないんです……殿下を私の王子様だって好きだった私はいなくなったんです」
「ゼロからじゃなくてもいい、マイナスからでも構わない、最後の機会を――」


 最後の言葉を聞く前に部屋を飛び出し、補佐官の部屋を目指して駆けた。後ろから叫び声がしたがリシェルは構わず走り続けた。あのまま受け入れていたら、夢見た光景が現実になっていたとしても、常にビアンカの影がチラついて遠くない未来壊れてしまう。そうなりたくない、リシェルでもビアンカでもない別の人を見つけて一緒になってほしい。
 補佐官の部屋付近へ来るとリゼルが出て来て、勢いのまま飛び付いたリシェルを受け止めてくれた。微動だにしなかった体に力強く抱き付き愛用の香水の香りを嗅いだ。頭を撫でてくる手には労わりがあった。


「満足したか?」
「分からないっ、言いたいことも聞きたいことも沢山あったのに、どれも上手く出来なかった。ただ、殿下への気持ちはあの部屋に置いて来たよっ」
「そうか。頑張ったなリシェル」
「うんっ。……パパ」
「どうした」
「殿下に好きだって言われて嬉しかったのに、許せないの。好きだと言いながら、殿下が選んだのはビアンカ様なのにっ」
「あの大バカの真意は本人しか分からんさ。もう考えを放棄しなさい。今からリシェルと王子は貴族と王族の関係に戻るだけ。二度の婚約はしない。エルネストもそれは了承している」
「うん……」


 帰ろうと背中を撫でられ、転移魔法でベルンシュタイン邸に戻ると何故か庭に水を撒いているネロがいた。


「お帰りリゼ君、リシェル嬢。その様子だとあまり良い結果は出せなかったかな?」
「……ううん。殿下にお別れは言えたよ」
「そう。それはなにより」
「お前は何をしてる」
「え、見たままだよ」



 庭師が毎日愛情を込めて世話をしている庭に水を撒いているのは暇だからだと言う。側で庭師がオロオロとしているのが可哀想でネロからホースを取り上げた。文句はなく、代わりに両頬を手で包まれた。


「うん、行く前よりかはスッキリとした顔だ」
「……ネルヴァ、今すぐにその手を離せ」


 地の底を這う恐ろしい低音はネロに向けられても、側にいるリシェルや庭師は身震いする恐ろしさがあった。両頬から手を離しても側から離れるつもりは毛頭ないネロがリシェルを後ろに隠した。


「リゼ君にお願いがあるんだけど」
「死んでから聞いてやる」
「死んだら口がきけないでしょう。リゼ君、私にリシェルを頂戴」
「お前の首を持って今の神の前に突き出してやろう」
「私の甥っ子がストレスで禿げそうだ」


 会話はここまでとなり、二人同時に姿を消した。かと思いきや、魔王城の上空で強烈な爆発音が響き、地面が震えた。体勢を崩す程ではないにしろ、感じる魔力の濃さから二人は強力な魔法の打ち合いをしている。
 ……エルネストが止めてくれるのを願うしかなかった。

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