46 / 48
本当に好きなのは2
しおりを挟むこのタイミングで魔族の近親婚の話題を出され、怪訝に思うとノアールは気まずげな態度のまま話してくれた。
ずっと好きだと言ってくれたリシェルが本当は父親が最愛だと、ノアールは二番目で好きになったのも王子様だからと。
エルネストと話していたようだがどの記憶か見つからなかった。リシェルからしたら、エルネストにノアールが大好きだと言っていたのは会えば必ずしていた日常会話だった。リゼルが最愛……最愛の父なのだから、最愛と表現しても変じゃない。筈。
別の意味で沸々と怒りが湧き上がるのを感じ、また深呼吸をした。冷静に、冷静に。
「殿下が王子様なのは本当ではありませんか」
「なら……おれが王子じゃなかったら、ただの悪魔に拾われただけの人間だったら?」
「変わらなかったかと。私にとっての王子様は貴方だけだったから」
「……」
青みを帯びた今紫の瞳が微かに開かれ、動揺が走った。
「魔界の王子様じゃない。私にとっての王子様だったから、好きになったんです」
「リシェル……」
「殿下が人間でも、魔界の王子であるのは変わりません。これから殿下がどうするべきかはご自身でお考えください。陛下やパパは殿下が人間であるとは公表しないでしょう」
「……父上やベルンシュタイン卿が許してくれるのなら、おれはこのまま次期魔王としているつもりだ。実子として育ててくれた父上に恩を返したいんだ」
「殿下が望めば、陛下は人間として生きることを許してくれますよ」
寂しがってリゼルに泣き付くであろうが。力なく首を振り、笑ったノアールが見つめてくる瞳にはもう今までの冷たさは消えていた。
「いや……今更、人間として生きろと言われてもどうやって生きれば良いのか分からないんだ。違う国に行っても、おれの生まれた国は大国らしくてな。おれの顔を見て気付く輩はきっといる。そうなれば、迷惑を被るのはおれじゃない、国の方だ」
「殿下……」
生まれて間もない赤子を王家の髪と瞳を持っていなかったという理由だけで森に捨てたのは、王家と周囲の者達。人間のエゴによって捨てられたのに人間を恨んでいないのかと問うと否定された。ずっと愛情を持って接してくれた人がいるから、自分が人間で血の繋がりどころか種族まで違うとは気付かなかったと。
二人の間に沈黙が訪れた。言いたい事は、聞きたい事はメモに山の如く書き連ねたのに、いざ本人を前にすると言えない、聞けない。臆病な性格はずっと治らない。
次の話題を探すも見つからない。このまま、お開きとなってしまう。
すると、先にノアールが切り出した。
真剣味が増した瞳に見つめられて緊張が格段に上がった。
「リシェル、い、今までの事を水に流せとは言わない、許してほしいとも思ってない。ただ……、おれに、やり直す機会をくれないか」
冗談でも嘘でもない真剣な声色から、本気でやり直しを願っているのだと読み取れる。以前のリシェルだったら歓喜しただろう。やっと元に戻れると。また、昔のような関係になれると。
……もう、昔みたいにノアールを待つリシェルはいない。
瞳を閉じ緩やかに首を振った。
「私と殿下の婚約破棄は、既に社交界に知れ渡ってます。ビアンカ様が周囲に吹聴したそうなので」
「それはっ」
「仮にしていなくても、私には殿下とやり直す気持ちがもうないんです。……殿下を好きでいることも、待つことも、疲れました。愛情というのは無限ではなかったのです。私は無限にあるものと思っていました。消えてしまったんです。殿下を好きだったのは過去になりました」
「リシェルっ、どれだけ時間が掛かっても良い、リシェルがもう一度おれを好きになってくれるように努力する、だから……」
「殿下とビアンカ様が私の目の前に現れた時から徐々に殿下への気持ちは擦り減っていきました。それに、です、殿下。殿下がビアンカ様を選んだのも、口付けをしたのも多少なりともビアンカ様に好意があったからですよね? ビアンカ様がいなくなるから私を選ぼうとしているようにしか見えないのです」
ビアンカだけ処刑ではなく、アメティスタ家が当初リシェルを売り飛ばそうとしていた貴族に売り飛ばすのをノアールは知らない。知ったら、彼は阻止しようと動くから。
ノアールとのやり直しはない、と改めて断言したリシェルの決意の固さを見せ付ければ、縋るような目をしていたノアールは項垂れ一言も発さなくなった。
話し合いは、これで終わり。
席から立ち上がった時、小さな声で呼ばれた。
「好き、なんだ。リシェルが」
「……」
「リシェルの側にあの天使がいた時、嫉妬でどうにかなりそうだった。おれの自業自得だとしても、リシェルの側にいられるあの天使が」
「何度も殿下とビアンカ様が愛し合う姿を目にしました。殿下がビアンカ様をどう思っていたかは今更聞きません。ただ……私を好きだと言われても、信用出来ないんです」
深まった溝と時間が好意と同時に信用もなくしていった。好きだと言われて、胸が痛み、奥底で嬉しくなった自分はいたが表に出すべきじゃない。またノアールが裏切らない保証が何処にもない。
「幼い頃の私はいないんです……殿下を私の王子様だって好きだった私はいなくなったんです」
「ゼロからじゃなくてもいい、マイナスからでも構わない、最後の機会を――」
最後の言葉を聞く前に部屋を飛び出し、補佐官の部屋を目指して駆けた。後ろから叫び声がしたがリシェルは構わず走り続けた。あのまま受け入れていたら、夢見た光景が現実になっていたとしても、常にビアンカの影がチラついて遠くない未来壊れてしまう。そうなりたくない、リシェルでもビアンカでもない別の人を見つけて一緒になってほしい。
補佐官の部屋付近へ来るとリゼルが出て来て、勢いのまま飛び付いたリシェルを受け止めてくれた。微動だにしなかった体に力強く抱き付き愛用の香水の香りを嗅いだ。頭を撫でてくる手には労わりがあった。
「満足したか?」
「分からないっ、言いたいことも聞きたいことも沢山あったのに、どれも上手く出来なかった。ただ、殿下への気持ちはあの部屋に置いて来たよっ」
「そうか。頑張ったなリシェル」
「うんっ。……パパ」
「どうした」
「殿下に好きだって言われて嬉しかったのに、許せないの。好きだと言いながら、殿下が選んだのはビアンカ様なのにっ」
「あの大バカの真意は本人しか分からんさ。もう考えを放棄しなさい。今からリシェルと王子は貴族と王族の関係に戻るだけ。二度の婚約はしない。エルネストもそれは了承している」
「うん……」
帰ろうと背中を撫でられ、転移魔法でベルンシュタイン邸に戻ると何故か庭に水を撒いているネロがいた。
「お帰りリゼ君、リシェル嬢。その様子だとあまり良い結果は出せなかったかな?」
「……ううん。殿下にお別れは言えたよ」
「そう。それはなにより」
「お前は何をしてる」
「え、見たままだよ」
庭師が毎日愛情を込めて世話をしている庭に水を撒いているのは暇だからだと言う。側で庭師がオロオロとしているのが可哀想でネロからホースを取り上げた。文句はなく、代わりに両頬を手で包まれた。
「うん、行く前よりかはスッキリとした顔だ」
「……ネルヴァ、今すぐにその手を離せ」
地の底を這う恐ろしい低音はネロに向けられても、側にいるリシェルや庭師は身震いする恐ろしさがあった。両頬から手を離しても側から離れるつもりは毛頭ないネロがリシェルを後ろに隠した。
「リゼ君にお願いがあるんだけど」
「死んでから聞いてやる」
「死んだら口がきけないでしょう。リゼ君、私にリシェルを頂戴」
「お前の首を持って今の神の前に突き出してやろう」
「私の甥っ子がストレスで禿げそうだ」
会話はここまでとなり、二人同時に姿を消した。かと思いきや、魔王城の上空で強烈な爆発音が響き、地面が震えた。体勢を崩す程ではないにしろ、感じる魔力の濃さから二人は強力な魔法の打ち合いをしている。
……エルネストが止めてくれるのを願うしかなかった。
40
お気に入りに追加
4,194
あなたにおすすめの小説
自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
【完結】婚約を信じた結果が処刑でした。二度目はもう騙されません!
入魚ひえん
恋愛
伯爵家の跡継ぎとして養女になったリシェラ。それなのに義妹が生まれたからと冷遇を受け続け、成人した誕生日に追い出されることになった。
そのとき幼なじみの王子から婚約を申し込まれるが、彼に無実の罪を着せられて処刑されてしまう。
目覚めたリシェラは、なぜか三年前のあの誕生日に時間が巻き戻っていた。以前は騙されてしまったが、二度目は決して間違えない。
「しっかりお返ししますから!」
リシェラは順調に準備を進めると、隣国で暮らすために旅立つ。
予定が狂いだした義父や王子はリシェラを逃したことを後悔し、必死に追うが……。
一方、義妹が憧れる次期辺境伯セレイブは冷淡で有名だが、とある理由からリシェラを探し求めて伯爵領に滞在していた。
◇◇◇
設定はゆるあまです。完結しました。お気軽にどうぞ~。
◆第17回恋愛小説大賞◆奨励賞受賞◆
◆24/2/8◆HOT女性向けランキング3位◆
いつもありがとうございます!
裏切りの公爵令嬢は処刑台で笑う
千 遊雲
恋愛
公爵家令嬢のセルディナ・マクバーレンは咎人である。
彼女は奴隷の魔物に唆され、国を裏切った。投獄された彼女は牢獄の中でも奴隷の男の名を呼んでいたが、処刑台に立たされた彼女を助けようとする者は居なかった。
哀れな彼女はそれでも笑った。英雄とも裏切り者とも呼ばれる彼女の笑みの理由とは?
【現在更新中の「毒殺未遂三昧だった私が王子様の婚約者? 申し訳ありませんが、その令嬢はもう死にました」の元ネタのようなものです】
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる