殿下が好きなのは私だった

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罠。後に絶望を1

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「ネロさんこっち!」


 今日は初日に訪れた湖に来たいと頼んだら、ネロは快く連れて来てくれた。天使達に何時襲われるかもしれない不安はあるが、リゼルから預かったリシェルを危険な目には二度と遭わせないと言うネロを信じた。朝は晴れていたのに段々と雲が多くなり、太陽は隠され不穏な天気となった。
 雨が降ったら快晴に変えてあげるよとネロは軽く言うが、天候を変えるには多量の魔力を消費する。ネロが上位の天使であるのは間違いじゃない。なら、どれに当てはまるか。

 上位三隊は熾天使セラフィム智天使ケルビム座天使スローンズ。神に次ぐ実力を持つ熾天使と言われても驚かない自信が持ててきた。

 湖に来てすぐに訊ねても「どうかな?」とはぐらかされる。むすっと頬を膨らませても可愛いだけと撫でられる。リシェルをリゼルの娘と知るネロなのに、ネロの正体を知らないままなのは不公平。言葉を放ってもネロは揶揄ってくるだけ。

 言いたくないのならもういい、と湖に来ると気持ちを切り替えた。太陽が隠れても湖は綺麗だった。陽光が水面を照らす輝きは見れなくても、透明度の高さは変わらない。ネロと出会ったのも此処。水中で泳ぐ魚が気になり、他の生物も見たくて身を乗り出し危うく落ちかけたのを助けられた。

 全然日数は経っていないのに懐かしい。短い間に過ごした日々が濃すぎるせいだ。今回はリゼルが不在。面倒事が終わったら、三人でお昼を食べたい。

 湖に近づき、落ちない距離から中を覗いた。が、見え辛い。ネロを呼んでギリギリの距離で身体を前へ出すと後ろから抱き締められる。


「こおら。君、最初に会った時湖に落ちかけたのを忘れた?」
「忘れてない。ちゃんと落ちないように気を付けてるよ」
「本当かな? リシェル嬢は見てて危なっかしい。天気が悪い日に見たって面白くないから、今日は周囲を歩こうよ」
「うん」


 ネロの提案に頷き、湖から離れた。
 前にリゼルが言っていたように、貴重な動物も多く生息している。鹿しか見なかったが今日は他の動物もいた。羽休みをしに鳥もいる。水鳥の親子連れが列を成して泳いでいるのが統制が取れた騎士達のよう。

 ネロと手を繋いで思ったのは、自分達以外誰もいないということ。


「他の人がいないね」
「ふむ……妙だな。この時間は散歩をしている人間は少なくないのに」
「ネロさんは何時から街にいるの?」
「一月前からだよ。その前は各地を転々としてた。隠居生活を人間界で送る天使は私だけだから気楽で助かってるんだ。口煩い周りがいないだけで過ごしやすい」
「ネロさんが重要な地位に就く天使だったからじゃないの?」
「まあね」


 上の地位に就くほど責任は重くなっていく。曰く、役目を押し付けた甥っ子から度々戻って来てくれという連絡が来るのだとか。
 弟夫婦との約束だから却下とネロは突っ撥ね、こうしてのんびりと人間界での暮らしを楽しんでいる。


「どんな甥っ子さんなの?」
「うん? 気になる?」
「気になる」
「一言で言うとエル君みたいな子」
「そ、そうなんだ」


 エルネストみたいという言葉だけでどんな子なのか一瞬で想像がついてしまった。
 ネロの甥っ子につい同情してしまう。


 湖の半分を歩いたところでリシェルがある花を見つけた。
 自然に囲まれてはいるが殆どが緑しかない周辺で、そこだけ紫色の花が咲いていた。数も多くはない。


「あれ、なんていう花?」
「初めて見る花だが……」


 ネロも知らない花。
 興味が強くそそられる。

 ネロの手から離れ、花に近付こうとすると手を掴まれた。


「待った。嫌な気配がする」
「気配って」
「私が採って来てあげるから、此処で待ってて」
「う、うん」


 良い子と額に口付けられる。途端に顔を赤くし、ネロの胸元をポカポカ叩いた。


「か、からかわないで!」
「からかってないよ。可愛い子に可愛いと言ってなにかいけない?」
「~~~!」


 背中に手を回され、ポンポン撫でられるとネロは離れ花の方へ。
 楽し気に歩くネロの背を見つめるリシェルはキスされた額に手を当てた。熱はないのにとても熱い。顔もそうである。
 リゼルと歳が近いから、リシェルは子供に見られている。成人して間もなくても数百年生きる者からすれば、二十年も生きていない自分はまだまだ子供。
 高位魔族は子供が出来にくい。結婚して何百年が経っても子供がいない夫婦はざらだ。両親もそうだったと聞く。家令からしたら母と永遠に二人の生活を楽しみたかったリゼルが子に積極的な思いがなかっただけ、らしい。いざリシェルが誕生したら、屋敷の者が仰天する過保護な父親になった。

 早くリゼルに会いたい。

 ネロが紫色の花が咲いている場所へ着いた。膝を折り、一輪地面から抜いた。嫌な予感がすると言われたから警戒するが何も起きない。

 良かった。


 ――安堵したのは間違いだった。


 立ち上がったネロの動きに合わせ、地面が四方へ天高く隆起した。更にネロを囲った。


「ネロさん!?」


 駆け出そうとしたリシェルの目に、ネロを囲った岩から何度も光が放たれるのが映った。中からネロが魔法を使って壊そうとしている。自分も魔法を使ってネロを助けないと。今朝、天使達を黒焦げにした魔法を念じかけた矢先。
 耳によく知っているたおやかな声が入った。
 驚いて声のした方へ向けば、煽情的な黒いドレスを着たビアンカが数人の男達といた。


「ふふ。リシェル様ってば、可愛いお顔をしておきながらしっかりと男遊びをされていたのですね。驚きわましたわあ」
「ビアンカ様……っ」
「あの銀髪の方。とてもお綺麗な方なのに、残念ですわね。リゼル様と同じ末路を辿るなんて」
「どういう意味ですか」
「ふふ……貴女を守る者はもう誰もいない。大貴族ベルンシュタイン家の娘でいられる最後なので教えてあげるわ」


 ネロが閉じ込められている岩から発せられる光。これは魔力を奪っている最中だとビアンカは愉しく嗤いながら紡いだ。
 リゼルはアメティスタ家の鼻をへし折る為に身を隠しているとネロから聞かされたお陰か、同じ末路と言われても信じなかった。
 あまりに平然としても疑われる。緊張と警戒心を忘れず、震えた声を出した。


「魔力を奪って……?」
「そうよ。ああ、そうだわ。折角だから見せてあげる。貴女の大好きなリゼル様が今どんな姿になっているかを」


 男の一人がビアンカの言葉を合図に魔法である映像を見せた。
 大きな穴の中で絶叫を上げて苦しむ男がいた。体に穴を取り囲むアメティスタ家の騎士達から出された触手が巻かれている。


「――――」
「ショックでしょう!? 魔王陛下を凌ぐ最強の魔族が無様にやられ、魔力を奪われる姿は!!」


 言葉を失ったリシェルは真実をビアンカに伝えて良いものかと呆然とする。
 何故、彼女は、彼女達は魔力を奪われている相手がリゼルだと認識しているのか。


「数時間後には完全に魔力を奪い切り、リゼル様はミイラになるわ。そして、奪ったリゼル様の魔力はわたくし達アメティスタ家が有効活用してあげる。そこに閉じ込められている男の魔力も勿論有効活用してあげるわ。リシェル様はお父様が話を付けておいた知人に売り飛ばしてあげるから安心なさって? リシェル様に求婚してもリゼル様に断られた挙句、しつこく迫って顔の半分に火傷を負わされたの。リゼル様という後ろ盾がなくなったリシェル様を大事にして下さる稀有な方なのよ? しっかり大事に……」


 彼女達が真実を知ったら、絶望のどん底に落とされるのはどちらか明白となる。

 映像に映し出される魔力を奪われている男。


 ――この方は……ビアンカ様の兄君……だよね……?


 どう見てもアメティスタ家の跡取りにしか見えないのである。


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