殿下が好きなのは私だった

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ケーキで遊べばいい1

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 ――場所は変わって魔王城庭園に建てられた四阿の一つにて、美しい純白の毛先を緩く巻き、黒いリボンを頭に結んだビアンカが親しい令嬢達とお茶を楽しんでいた。着ているドレスはノアールを意識した黒いドレス。黒薔薇の刺繍が編み込まれたドレスは何日も掛けてアメティスタ家お抱えのデザイナーに作らせた。
 魔界の至高の色である黒を纏うノアールの隣に立つのなら、同じ色を纏ってこそだ。ビアンカは自分の魔力と美貌にかなりの自信を持つ。恵まれた家庭環境、愛しい人の恋人。父親しかいず、好きな人に振り向いてもらえるどころか嫌われているリシェルと自分は大違い。

 昔から父がリゼルを敵視していたのもあり、その子であるリシェルが嫌いだった。
 何をするにしてもリシェルの側にはリゼルがいた。あるお茶会の席でリゼルに好意を寄せる夫人がリシェルを泣かせてしまった。泣き叫ぶリシェルを抱えたリゼルの眼力だけで相手を殺せる殺気は何時思い出しても震えが止まらなくなる。その夫人は翌日には魔界から姿を消したと聞いた。

 リシェルに何かあればリゼルが黙っていない。童顔気味なリシェルは美女というより美少女。体の発達もよく、細くて小さな体に似合わない豊かな膨らみに目がいった男も大抵リゼルによって黒焦げにされている。

 リシェルがどれだけ男を魅了しようが、肝心の思いを寄せる相手に振り向いてもらえないのなら意味がない。

 歴代トップの力を持つ魔王となる筈だったのを、個人的理由であっさりと辞退し、次の魔王候補だったエルネストに押し付けたリゼル。父が何を言っても、何をしても、右から左へと聞き流し、偶に反応しても父が腰を抜かすか半殺しの目に遭うだけ。
 リゼルには何をしても相手にされない。だが、リシェルは違う。リシェルはリゼルより圧倒的に弱い。ノアールと恋人になってからは執拗にリシェルへ嫌がらせをしたビアンカ。時にはノアールとの関係良好をアピールした。黙り込み、瞳に決して隠せない嫉妬と恨みがあると知れば優越感に浸った。
 リシェルなど、側にリゼルがいないと何も出来ないのだ。

 昨日は無理矢理リゼルに魔界へ送り返され腸が煮えくり返ったが、すぐにノアールに慰められ傷付いた心が癒された。


「皆さん聞いて下さいな。わたくし、リシェル様に酷い嘘を言われましたの」
「何を言われたのです?」
「リシェル様ってば、わたくしが羨ましいからって自分は殿下を愛称で呼ぶ許可を貰っていると嘘をつきましたの」
「まあ! なんて醜い。その様な嘘つきな娘を持ってベルンシュタイン卿も大変でしょう」


 最初はリシェルの言葉を信じ傷付いたが、魔界に戻ってノアールに確認をしたら許していないと聞かされた。苦し紛れの口撃だったのだろうが詰めが甘い。簡単な嘘を吐かないとプライドが保てなかったのだろうと密かに嗤った。
 お茶の席に座る令嬢達は皆リシェルを嫌っている。貴族としての交流も勤めも最低限にしか熟さないリシェルが魔王の妃になるのか。魔王の妃の座は魔族の令嬢達が最も欲しがる座。大貴族当主の娘というだけで与えられるのは不公平だ。


「殿下も困っておいででした。許した覚えがないのにリシェル様がその様な嘘を吐いて」
「いくらベルンシュタイン卿の娘といえど、ついてもいい嘘の見わけもつかないなんて」
「そこでね。今度、アメティスタ家で妹の社交界デビューのパーティーを開きますの。リシェル様を招待して皆さんで説明して差し上げてほしいの」
「勿論ですビアンカ様」
「ええ! 私達がしっかりとリシェル様にお教えしますわ」


 パーティーにはノアールも招待しており、参加の返事は貰っている。後はリシェルを誘うだけ。人間界の滞在先は昨日知ったから届けられる。問題は参加するかどうかだが、絶対にリシェルが参加するよう細工をした手紙を送ろう。
 そうと決まれば、アメティスタ家に戻ったら早速準備に取り掛かりたい。お茶の時間も終わりが迫って来ている。

 魔王城の方から出てきた二人の男性にビアンカ達は悲鳴を上げそうになった。今話題にしていたリシェルの父リゼルが魔王エルネストと神妙な顔付で話している。リゼルの耳に届くかもしれない場所でリシェルを陥れる言葉を紡ぐ度胸を持つ登場者は誰一人いない。
 人間界にいる筈のリゼルが戻っているのなら、リシェルも戻っている。リゼルが魔王城なら、リシェルは屋敷といったところ。こうしてはいられない。予め用意をしていた手紙を魔法で呼び寄せ、ベルンシュタイン邸に届くよう別の魔法を掛けた時。
 手紙はベルンシュタイン邸ではなく、リゼルの方へ引き寄せられていく。瞬く間に顔を青褪めたビアンカ達は四阿から出ようとするも……








「――ん? 何か今声がしなかった?」
「気のせいだ」


 不可視と遮断の魔法で四阿にいるビアンカ達を見えなくし、声を聞こえなくしたリゼルは話を戻すぞとビアンカの手紙を灰にした。

 姿を見えなくされ、悲鳴を届かなくされたビアンカ達は四阿周辺に展開された結界のせいで脱出不可能な状態に陥った挙句――空間から放たれるケーキによって全身クリームとスポンジ塗れとなっていた。
 この後助けるのはエルネストに用があったノアール。ビアンカ達を全身ケーキで汚したのがリゼルだと知るなり、幾つもの通信蝶を使って指示を飛ばしていく二人の許へ大股で近付いたのだった。




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