殿下が好きなのは私だった

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箱入り娘2

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 天使の立場であるネロからしたら、年頃なのに肉体も唇も未経験なリシェルの方が不思議で。自分が珍しいのだと知らされたリシェルは口を閉ざしてしまう。
 リゼルの溺愛により、基本屋敷に籠り切りで異性との交流は婚約者のノアールだけだった。途中、ビアンカに夢中になったノアールだから当然色っぽい出来事などない。親しい令嬢達が話す色っぽい内容をリシェルは毎回顔を赤くして聞いていた。

 気まずそうにしていれば、注文したサンドイッチが運ばれた。大皿に盛られた多種類のサンドイッチを目にして表情が輝いた。お腹が減ってきていた。


「好きなだけお食べ」
「そうする」


 最初は何にしようか悩み、定番の玉子サンドから手に取った。一口食べて頬を綻ばせる。玉子サラダと野菜のシャキシャキ感が何度でもサンドイッチを食べたくなる衝動を起こさせる。あっという間に食べてしまうともう一つ同じのを選んだ。
 ネロをチラリと見たら、サンドイッチに手を付けず、美味しく食べるリシェルを眺めているではないか。
 ずっと見られたままだと食べにくい。眉間に皺を寄せると一笑された。


「ごめん、リシェル嬢があんまりにも美味しそうに食べるからついね」
「だって美味しいもの」
「気に入ってくれて良かった。私が言った言葉を気にしているようだったから」
「……前から気にしてはいた。私は周りの子達から遅れてるって」
「君が恋愛の話題に初心なのはさっきでよく分かった。リゼ君が君を大事に育ててきたのもね。大事にし過ぎている感は否めないが……手加減っていうのを知らないからなあ」
「パパはママが亡くなると私をあまり外に出さなくなったの。お茶会もパーティーも、殆ど出席しなかったし、妃教育くらいでしか外に出られなかったわ。パパがいれば何処へでも行けたけど……」


 母が亡くなったのは不治の病に掛かってしまったから。
 亡くなった母を誰よりも愛し、母に瓜二つな自分をあらゆるものから守るように屋敷に閉じ込められた。
 欲しい物も好きな物も何でも買ってくれたが、遊びたい盛りの子供だったリシェルにはちょっとだけ屋敷暮らしは退屈だった。
 不満を零さなかったのは、多忙で短い時間しか休めないのにその全部をリシェルに充ててくれたリゼルの存在。
 蔑ろにされていたらこっそりと外に出ていた。

 野菜がぎっしりと挟まれたサンドイッチを手にしたネロは一口食べて、予想以上の野菜の多さに感動している様子。


「うん、野菜が新鮮だしドレッシングの味も悪くないね。後で転送魔法でリゼ君に届けてあげようか?」
「ネロさんも転送魔法を使えるの?」
「使えるよ。なんだったら、転移魔法だって使える。リゼ君がいなくて寂しくなったら何時でも言ってね。人間界への扉が閉められても、転移魔法なら何処へでも行き放題だから」
「天使なら誰でも使えるの?」
「いや? 転移魔法は非常に高度な魔法。簡単に使えるのは私か同じ役職に就いていた奴くらいさ」
「……」


 大天使以上で高度な転移魔法や転送魔法を軽々と使うネロ。上位級の可能性も。ハムとレタスの相性が抜群のサンドイッチを選んでリシェルは正解を当てたと満足。パンももっちりとして美味しい。

 ネロは恋をしようと提案してくるも、リシェルは恋とは何かをよく知らない。ノアールを好きな気持ちが恋なら、ネロに同じ気持ちを抱けるのか。口にしたらネロは困ったように笑んだ。


「王子様と同じくらい好きになれと言われてリシェル嬢は頷ける?」
「……ううん」
「でしょう? 同じ恋というのはない。君が王子様に恋をして、仲良くしていたのは事実。忘れてはいけないよ。ただ、君にとっても王子様にとってもお互いはもう過去の相手。王子様が恋人にぞっこんなら、リシェル嬢も夢中になる相手を見つけよう」
「それがネロさん?」
「リシェル嬢の自由だよ。まあ、私も恋が何か知りたいから、相手になれるのなら光栄だ」


 敵意はなくても悪魔と天使。相容れない存在。
 種族が違う相手との恋なんて、小説の世界でなら悲恋まっしぐらだ。が、起きているのは現実世界。
 いざとなったら、パパを頼ろう。


「恋をするなら、サンドイッチを食べたら早速デートをしましょう!」
「定番だね。何処へ行くの?」
「えーっと……」


 新しい街には来たばかりで何があるのかさっぱり。目を泳がせるリシェルに噴き出し、嘘だよと零したネロは自分が案内をすると申し出た。


「君が来る前から滞在しているから、案内は出来る。どんな所がいい?」
「じゃあ……買い物がしたい。ドレスや可愛い小物が売っているお店がいいな」
「いいよ」


 サンドイッチを食べた後のデートが楽しみになってきた。

 他にも話題を提供してくれるネロに微笑むリシェル。

 ――水面越しから楽し気に微笑むリシェルを睨み付けるノアールはぎりっと唇を嚙み締めた。


「リシェル……っ、この男は誰だ……」


 全く知らない男に微笑むリシェルが憎たらしくて、自分に向けてほしくて堪らない。リシェルとの不仲の原因は自分にあると自覚しているのに、苛立ちは増すばかり。
 リシェルがリゼルを敬愛し、最愛だと昔魔王に照れながら話しているのを聞き、更に自分は二番目で王子様だから好きだと聞いた時はかなりのショックを受けた。

 王子様じゃなかったら、リシェルは自分を好かなかったのだと……。


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