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好きな人を知られた。友人に。
しおりを挟む戻った殿下は異様な雰囲気から一転、普段の穏やかな姿に戻っていた。「ありがとうリアン」と一声掛け席に座られた。
「何だか賑やかな席だな」
「空いているのが此処しかなかったんだ」
「誰も嫌とは言ってないだろう。おや、アクアリーナ嬢がいるのは珍しいな。いつもはフィオーレ嬢とアウテリート嬢が一緒なのに」
「私も席が空いてなかったので同席させて頂きましたの」
隅がどうとか言っていたのは誰だったか。
私は左隣にいるリアン様を意識しないようにするのが精一杯で会話に入れない。聞くことに神経を集中させた。
「殿下、リグレット殿下と何があったのです?」とアウテリート様が訊ねられると殿下は整った眉を寄せた。
「ああ、さっきのあれか。騒がせて悪かったね。リグレットが我儘を言って他の生徒を困らせていたから注意をしただけだよ」
曰く、既に席に座って食事をしていた生徒に無理矢理席を開けさせようとしていたのを殿下が目撃し、注意をしたらしい。昼の食堂の混み具合はかなりのもの。生徒の中には実家からお弁当を持参する子もいる。王族だからと強引に権力を行使すれば、必ず反感を買う。
「城に戻ったら父上や母上に報告をして反省文を書かせる。そうでもしないとまた同じ過ちを繰り返すからね」
「大変ですわね」
「はあ……気が強いし、プライドが高いから王女である自分を敬って優先するのは当たり前と考えるのは昔からだけど、学生になったのを機に改めさせないと」
「そうですの」
殿下の話に相槌をアウテリート様が打ち、偶に私やアクア様が殿下に話を振られ対応する。その間、リアン様は1度も声を発しない。黙々と食事を進められていた。隣を見れない私が確認可能なのはそこまで。
全員の食事が終わったのを見計らい、アウテリート様を放課後の大教会へのお出掛けに誘うと即了承をくれた。
「教会へ行ったって人が多いだけではなくて?」とアクア様は言うが自然が多く、人が多くても心落ち着く場所は貴重だ。それに今はオーリー様という話し相手がいる。大教会へ行くのは殆どオーリー様との話目当てと言ってもいい。
「そうでもないですよ。季節に合わせたお花が沢山咲いていますし、周辺にはお店も充実していますので」
「そ、そう。私だったらごめんだわ平民が集まる場所なんて」
「お忍びで来る貴族の方も多いですよ。特に、貴婦人に人気なカフェがありまして」
「じゃあフィオーレ。今日はそこにしましょう」
急に会話に入ったアウテリート様に吃驚しつつも了解した。オーリー様も気に入ってくれるだろう。
席を立ち、食堂を出る間際、王太子殿下だけ王女殿下の元へ行かれた。優しいだけでは王太子は務まらない。王族としては勿論、兄としても振る舞う殿下には隙がない。婚約者がいないという点を除いて。リアン様は少し離れた場所で殿下を待った。
アクア様とは教室が別な上、食事が終わると早々に行ってしまった。ドロシー様だけが取り巻きではないのに席を確保されなかったのはどうしてだったのだろう。1年の頃から突っ掛かれ、嫌味を言われる私が彼女を愛称で呼ぶのは、何度か目の際本人に言われたのだ。アクアと呼ぶようにと。訳が分からなかったが相手は侯爵令嬢。大人しく従った方が良いと判断し、今に至る。
「予想外に大勢での昼食になったわね」
「そうですね」
「ねえ、フィオーレはリアン様が苦手なの? 彼が隣に座った時、ずっと左を見ないようにしていたけど」
「そ、そんなことないですよ。どうも……思ってないですよ、ロードクロサイト様は」
嘘偽りの言葉でも胸の痛みは容赦なく襲う。心に蓋をして笑って見せれば、別の痛みが襲いかかった。視線だ。昨日から何度も感じた視線。憎しみの混じった太く凶悪な矢が無遠慮に突き刺さった。目の前にいるアウテリート様は何事かを呟いているので私の異変には感付かれてない。気付かれる前にと違う話題へ持っていこうと試みるが先を越された。
「殿下やリアン様の婚約問題もだけど、フィオーレもそろそろ相手を見つけないといけないのではなくて?」
「え……そ……そうですね……」
周囲の認識では、エーデルシュタイン家を継ぐのは私だと思われている。エルミナも跡取り教育を受けていると言えど、飽くまでも予備として。私に何かあれば、問題なく継げるように。昨日オーリー様に打ち明けた話をアウテリート様にも打ち明けよう。隣国の神官様になれば、アウテリート様とも会う機会があるだろうから。
ただ、不思議とお父様達に婚約の打診をされていない。1度も。エルミナにもない。
まあ、エルミナにはリアン様がいるのだから、なくて当然だ。
ああ……昨日はトロント様が来ていたせいですっかりと頭から抜け落ちてしまったが、帰宅したらどう2人を引き合わせるか考えなくては。
「エルミナ様にもまだいらっしゃらないのよね」
「はい。エルミナは可愛いですし、とても良い子なので良縁に恵まれてほしいです」
「フィオーレも十分可愛いわ」
「ふふ、アウテリート様やエルミナの方が何倍も魅力的です」
「あのね……」
アウテリート様は呆れたように頬に手を当てた。
「まあいいわ……。……心配だわこの子の危機感のなさ……」
「アウテリート様?」
「何でもないわ。じゃあ……フィオーレには好きな殿方はいないの?」
「え!」
いきなりの質問につい声を上げてしまい、口を手で押さえた。私の好きな人……リアン様。リアン様しかいない。無意識にリアン様を盗み見た。カウンターで飲み物を購入していらっしゃる。2つあるのは殿下の分も購入されているのだ。
前から含みのある視線を感じ、ハッとなって向くと……意地の悪い微笑をするアウテリート様が私とリアン様を交互に見やる。
「あら~そうなの……リアン様か……」
「ちっちがっ」
「顔が真っ赤よフィオーレ。でもこれって……」
「違いますっ、私の好きな人は……その……」
「耳まで真っ赤にして否定されてもね……」
「う……」
言い逃れができない……。観念した私は教室に戻りながら告白した。リアン様を幼少期に出席したパーティーで会って以来慕っていると。
……そして、彼がエルミナを好いていると。
ここでアウテリート様が眉を寄せた。
「リアン様に好きな人がいるとは聞いたことないけど……」
「……本当です。ロードクロサイト様はエルミナが好きなんです。エルミナも……」
「エルミナ様? ……入学式ではそういう風には見えなかったけれど……」
「ロードクロサイト様がエルミナを好きになったのも、エルミナがロードクロサイト様を好きになったのも幼少期に出席したパーティーです」
『予知夢』がそうだったから。捕らわれた牢獄の鉄格子越しから聞かされた話の内容が脳裏に再生され、泣きたくなる感情を必死に押さえ付けた。教室に戻り席に座ってアウテリート様に『予知夢』の話をした。人の秘密を簡単にバラすような口の軽い方ではないから話せる。話し終えると難しい面持ちをされ、ある提案をされた。
「リアン様とエルミナ様を会わせてみましょう。入学式では、あたしと殿下がいたからなら、2人っきりになれば遠慮はなくなる筈よ」
「出来るのですか?」
「任せなさい。そうね……フィオーレはエルミナ様を、あたしがリアン様を呼び出すわ。こういう悪戯が好きな殿下にも手を貸してもらいましょう」
「ええ……」
「いいのよ。少しくらい、借りを返してもらわないと」
不敵に笑う姿に、改めてこの方は隣国の先王妃を大伯母に持つ公爵令嬢なのだと改めさせられた。
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