思い込み、勘違いも、程々に。

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隣にリアン様がいる

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 ――昼。
 朝の騒がしさは、昼休憩の食堂と比べると些細なものだ。人が最も多く集まる時間と場所が重なると圧巻の一言。アウテリート様は日替わりランチ、私はコルネット2個と紅茶を載せたトレーを持って空いている席を見つけた。出入り口からは遠いが贅沢は言ってられない。
 朝、王太子殿下とリアン様を助けたアウテリート様はそのまま私の所へ戻り、何事も無かったように会話を再開した。お礼の言葉を王太子殿下が述べられるも――


『ご自分でどうにかしてくださいまし』
『はは……肉食獣に囲まれて動けなくなる草食動物の気持ちが分かった気がする』
『全く……。リアン様もですわ』
『相手をしなかったら、その内飽きて向こうから離れてくれるだろう』
『飽きられる訳ないではありませんか。あなた達2人に婚約者ができるまで続きますわ』


 最後の一言を食らった王太子殿下は痛そうにお腹を抑えた。殿下にとっても婚約者の問題は話題にされてほしくなかったみたいだ。気さくにリアン様とも会話されるアウテリート様が羨ましい。この時も私はリアン様を見まいとアウテリート様と殿下ばかりを見ていた。

 向かい合って座り、早速コルネットに手を伸ばした。食堂開店に合わせて作られるパンはどれも焼き立て。学院での昼食はコルネットを選ぶのが多い。一口サイズに千切って口に入れた。温かく、サクッとした表面に対し、中はしっとりとしている。コルネットはチョコレートクリームとハチミツ入りにした。今日はジャム入りが既に完売された後だったので今度はもう少し早目に買わないと。


「好きね、コルネットそれ


 アウテリート様の日替わりランチメニューはグラタンでした。熱々のグラタンにフォークを入れマカロニを掬い、口に入れる手前で「熱っ」と顔を顰められた。


「忘れてた……」
「あはは……珍しいですね」
「今朝の殿下のせいよ……全く。肉食獣の相手くらい、自分でしてほしいわ」
「アウテリート様に頼ると逃げれると思ったのでは?」
「迷惑だわ。隣国の王太子殿下には、生まれた時から婚約者がいるのに」


 女神様に守られる隣国の王太子殿下には、生まれた時からの婚約者がいらっしゃると聞いたのは1年生の頃。オーリー様を交えての会話で知った。


「確か、隣国の王太子殿下は今年9歳になられますよね?」
「ええ。年初めに開催される建国祭でお会いしたわ。婚約者のご令嬢とも」
「どのような方なのですか?」


 中々聞けない隣国の話は何を聞いても楽しく、興味がそそられる。アウテリート様が口を開きかけた時、私の右隣にトレーが置かれた。誰かと横を向いたらアクア様だった。


「あらご機嫌ようフィオーレ様、グランレオド様。このような隅で食べるなんてどうしましたの」
「隅と思うなら違う席を探されては? アクアリーナ様の取り巻きなら、席くらい確保してくれるでしょう」
「誰のことかしら?」


 昨日のドロシー様はアクア様に切られたのね……。まあ、隣国の公爵令嬢であるアウテリート様にあのような啖呵を切れれば……ね。
 アクア様は席に座り、サンドイッチをナイフで切り始めた。青い瞳が私のコルネットを捉えると顔を顰められた。


「何ですのその少ない食事は。それで授業中、お腹が鳴ってしまえば目も当てられませんわよ」
「いえ……これでも量は増えているんです」


 1年生の頃は1個にしていたが少なすぎるとアウテリート様によって2個に増やされたのだ。小食ではないが、放課後よくオーリー様に会いに行ってお茶をするので胃の量を調節したい。
 訝しげに見られても事実なので信じてほしい。ふん、と視線をサンドイッチに戻されフォークで食べ始めた。
 黙々と食事を進めていると元から騒がしい食堂内が更に騒がしさを増した。揃って目をやった先には、輝かしい金色の髪を縦ロールにしたリグレット王女殿下が泣きそうな顔で兄である王太子殿下と対峙していた。側にリアン様はいない。何があったのだろう……。遠いので会話は聞こえないが王太子殿下から発せられる怒気から察するに、王女殿下が何かをしてしまったのだろう。


「フィオーレ嬢」


 驚きのあまり勢いよく振り向いてしまった……左隣の席に、いつの間にかリアン様が座っていた。リアン様の向かいには1人分の昼食が置かれている。聞いただけで私を虜にしてしまう美声が向けられている。意識すればするだけ恥ずかしくなって、目を合わせられず、緊張の強い声で返事をした。一瞬リアン様の表情が歪んだ気がした。


「殿下と俺も同席させてもらえないか?」
「……ど……どうぞ……」
「ありがとう」


 左にいるリアン様の存在が否が応でも認識させられる。胸の高鳴りを誰にも知られたくなくて、顔が赤くならないようアクア様に会話を振ったら大層驚かれるも律儀に相手になってもらえた。向かいに座るアウテリート様とも。

 ……リアン様だけ直視も声を掛ける事も出来なかった。

 私にとって気まずい空気は王太子殿下が来て漸く幕を閉じた。




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