まあ、いいか

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兄弟の仲

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 大教会の客室に転移し、誰もいないのを確認すると早速魔力操作の練習をしようと張り切るジューリア。ベッドに腰掛けたヴィルの隣を叩かれ座った。


「ふと思ったのだけど、ジューリアは魔法に関してはどの程度知ってるの?」
「魔力を持って生まれる貴族が主に使う事と、扱える魔法は魔力量や使用者の才能次第、後は癒しの能力はフローラリア家の女性にしか使えないって事くらい」


 大教会や地方に位置する教会支部で働く神官や司祭も効果は弱いが回復の力を扱える。しかし、フローラリア家のような強大な癒しの能力までは使えない。


「魔法を使う時に必要なのはまず魔力。これは大前提」
「うん」
「次に触媒を使う大規模な儀式魔法があるけど……ジューリアには今のところ必要ないね。魔力の他には、魔法使いの創造力」
「創造力?」
「そうだよ。創造魔法っていうのがあるんだけど、魔法使いが脳内で描いた物を魔法で現実にするんだ」


 たとえばこんな風に、と指を鳴らしたヴィルに呼応するように床に小さな魔法陣が展開。木材が生きているように自由自在に動き、自らをテーブルに作り上げた。質素な丸テーブル。ヴィルは脳内で描いた丸テーブルを現実に出した。すごい……と感嘆の声を漏らしたジューリアには、まず魔力操作の基礎を練習してもらうとヴィルは言う。


「膨大な魔力を持っていても、操作能力がなければ宝の持ち腐れだからね。やってみる?」
「うん!」


 早速、練習が開始した。


 ―
 ――
 ―――


「はい、そこまで」


 膝の上に置いたハンカチを魔力だけで浮かせる練習を始めて約四十分経過。膝からほんの少しだけ浮いたハンカチをヴィルの合図で下ろした。額から流れた汗を袖で拭いた。


「難しいね」
「繊細な操作をしたいなら、地道な練習から始めないと」
「前に明かりの出し方や冷水をお湯に変える方法を教えてくれたじゃない? あれはどうしてすぐに使えたの?」
「大雑把に使っても問題ないからだよ」
「そっか」
「少し休憩しよう。甘い物でももらってくるよ」
「私も行く」
「なら、一緒に行こう」


 二人はベッドから降りると厨房へ向かった。


「上位魔族を探すってやつ、皇帝陛下には言ってあるの?」
「ミカエル君にはちゃんと指示してあるよ」
「探してすぐに見つかる?」
「無理。上位魔族は人間と何ら変わらない。向こうだって馬鹿じゃないんだから、すぐにバレる魔族の力を解放したりしない」
「そうだよね」


 自分を狙う上位魔族……捕らえられた状態で一度見てみたい。自由なまま会ったら即捕まって終わりな気がするから。

 厨房に行くと一人の神官が食器を洗っている最中だった。ジューリア達が声を掛けると手を止め、此方に来てくれた。


「どうされました?」
「甘い物って何かない?」
「お菓子ですか? まだ買い出しに行けてなくて……」
「なら、俺とジューリアが行ってあげるよ」
「天使様に買い物なんてさせられません……!」
「良いんだよ。俺がしたいの。メモがあるんでしょう? 頂戴」
「は、はい」


 手を差し出したヴィルに慌てて服のポケットから小さな紙切れを出し渡した神官は、メモに書かれている以外にも珈琲豆を買わないとならないと告げた。


「店はなんて名前?」
「『ルオート』と言って、スイーツ屋の隣にあります」
「楽でいいね。行こうジューリア」
「うん」


 お気を付けて、と頭を深く下げた神官の見送りを受けて二人は買い出しへと向かった。

 

「まずはスイーツの店に行こうか。場所は知ってる」
「ヴィルって意外と街に詳しいよね」
「意外は余計」


 しっかりと手を繋いでメモに書かれている店に到着した。ドアを開けるとドアベルが鳴り客の来訪を報せる。店内の客数は疎らだが、ショーケースに飾られているスイーツの種類からして人気店なのは間違いない。今日のスイーツの目玉はフィレン地方でしか採れない高級苺を使ったマカロン。贅沢と書いてあるだけに値段も通常品と比べるとお高めだ。メモにマカロンは書いていないが自分達で食べようという事でショーケース内にある苺マカロン五個全て購入。次にメモにあるシフォンケーキを二ホールとドーナツを二十個購入。店員に包んでもらっている間、他にどんな商品があるのか眺めた。


「あ、これ美味しいジャムだよ」
「どれ」


 ジューリアが棚から手に取ったのはフィレン地方産のベリージャム。フローラリア家御用達のジャムで店に売っているとは思っていなかった。値札を見て持って来ている財布から十分に買える値段と分かるとこれも追加で購入した。


「焼きたての食パンに塗って食べたらとっても美味しいんだよ」
「今度試してみるよ」


 増えたジャム瓶と一緒に包んでもらったスイーツを受け取り店を出た。
 次は珈琲豆を買いに隣の珈琲店へ。こちらもドアベルが扉にあり、開けると音が鳴った。隣のスイーツ店より音が大きい。
 入った瞬間鼻孔を巡る珈琲の香りは、珈琲好きなら堪らないくらい心を満たしてくれる。牛乳を入れるカフェオレやカフェラテでないと飲めないジューリアでも珈琲の香りは好きだ。前世の友人小菊の兄が自分で豆を買っては挽いていたのを見ていた影響かもしれない。

 幼い頃から小菊と一緒に遊び、面倒を見てもらった。世間で言うお兄ちゃんとは小菊の兄のような人を指す。間違っても樹里亜だった時の兄共とは言わない。


「ヴィルにとってお兄さんってどんな人?」
「突然何」
「なんとなく気になって」
「兄者は自分のせいで俺が周りに強制的な教育を受けさせられたって負い目で気にし過ぎで、眼鏡は兎に角うざいの一言しかない」


 勝手に魔界に行って当時の魔王候補筆頭の魔族の子供に挑み返り討ちにあった挙句瀕死の重傷を負った次期神となる子が死ぬかもしれないと危惧した周りに急かされ、急ぎ産まれたのがヴィル。ヴィルが産まれた頃には既に長兄ネルヴァは天界に帰還していたが、またもしもがないとは限らないと周囲は考えヴィルをネルヴァの予備として育てた。


「疑問なんだけど、二番目のお兄さんを次の候補に入れなかったのはどうしてなの」
「眼鏡は兄者や俺、かなり後から生まれた末っ子より神力が劣る。補佐としてしか使えないって生まれた時から既に決まっていたんだ。唯一既婚者なのも早く身を固めて補佐としての役割を十分に果たしてもらうため」
「……なんだか、自分には力がないって言われてるみたいで嫌だな」
「そうかもね」


 実際、次兄アンドリューはネルヴァの予備として産まれたヴィルやかなり後から産まれたのに強い神力を持つイヴを疎んでいた。ヴィルは周囲に混ざって無茶ぶりを数多く要求してきたアンドリューを一度殺しかけた過去がある。驚くジューリアに向かず、その時はネルヴァに止められたと語った。


「兄者が止めなかったら間違いなく殺してたね」
「神様が誰かを殺したらどうなるの」
「どうも? 俺達が無意味に手を掛けちゃならないのは君達人間だけ。罪を犯した人間なら裁けるけどね。悪魔は無条件、天使や神族は条件次第」


 かと言いつつ、前に条件を無視して多数の天使を黒焦げにした皆殺しにしたのがネルヴァだとか。

 理由はヴィルにも不明。
 会話も程々に、メモに書かれた指定の珈琲豆を選び、店主に量を告げ袋に注いでもらった。


「重いから気を付けてね」
「ありがとうございます」


 珈琲豆が入った袋を両手に抱えたヴィルとスイーツの入った箱を両手で持つジューリア。店を出ると「大教会に戻ろうか」とヴィルが提案。二人とも、両手が塞がる荷物を持っているから、何処か行くにしても荷物を置いてから再度来たらいいとなり、大教会を目指して歩き出した。


「着いたら美味しい珈琲でも淹れてもらおうか」
「私は牛乳を沢山入れてほしいなあ」
「なあに、ジューリアはお子様舌なんだ」
「お子様とはなによ。それを言うなら、今のヴィルだってお子様じゃない」
「まあね」

 

 

 
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