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ジューリオの素
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客室の寝台にジューリオを寝かせ、駆け付けた神官が浄化魔法を掛け身に残る悪魔の魔力を消していく。ヴィルやミカエルでも出来るがあの悪魔程度なら、人間が浄化しても問題はないのだとか。最初にミカエルがやれば後遺症が残らないと口にしたのは連絡を急かせる為。城への連絡も既に済んでおり、使者が来るのも時間の問題。待っている間ジューリアは詳細をマリアージュに説明中。邸内にいるグラースやメイリンには騒動を話してはいない。下手に話して子供達の恐怖を煽らないようにするためだ。不在のシメオンには帰宅してからの報告となる。
結界に欠陥がある理由を知るマリアージュは顔を青くしていたものの、家令に結界が問題ないかを――特にジューリアの部屋の――確認を急がせた。
マリアージュから離れたジューリアは治療されているジューリオを眺めるヴィルとミカエルの側へ。
「殿下に憑いていた悪魔は?」
「ミカエル君滅しちゃった?」
「幾つか聞きたい事があるので捕らえています。大教会に戻ったら聞き出します」
「聞きたい事?」
ヴィルが問うとミカエルは「以前から悪魔達の動きに変化が見られます」と話し出した。
「ネルヴァ様が魔界で魔族の大粛清が起きたと言った頃から、人間界で活動する悪魔は魔界を恐れて魔界に帰還出来ない者が多数現れるように」
「大粛清って何があったのですか?」
興味津々なジューリアに話して良いべきか僅かに悩んだミカエルだが、彼の主とも言うべきヴィルが反対しないので話してくれた。
「魔王の補佐官とその娘を陥れようとした上位魔族が家門毎滅ぼされたのです。その補佐官は魔王以上に強い魔族です」
「魔王以上に強いのに補佐官をしてるの?」
なんで? と純粋に抱いた疑問はミカエルでは分からないと首を振るも、その魔族が補佐官をしているお陰で助かっている部分もあるとか。これについても聞くがスルーをされ、仕方なく別の質問をした。
「さっきミカエル様の言ったネルヴァ様って?」
「俺の兄者。先代の神の座に就いていた神族だよ」
「ヴィルの一番上のお兄さんなんだね」
これでヴィル達兄弟の名前を全員知れた。
長兄をネルヴァ、次兄をアンドリュー、末っ子弟をイヴ。
「滅ぼしたのは良いけど、人手不足になってるんだっけ」
「と、ネルヴァ様は仰っていました」
「魔界の事情に詳しいのは兄者らしい……」
ヴィルによると、幼少期魔界に行って瀕死の重傷を負う羽目になりながらも無事天界に帰還したと聞く。心の中で一度会ってみたい願望が強まっていく。何となくだが、ヴィルはネルヴァの居場所を知らなくても突き止められそうな気がする。今度聞いてみようと決めたジューリアは、ジューリオの治療に当たっていた神官の「終わりましたよ」の言葉でベッドに近付いた。
顔色も悪くなく、呼吸も乱れていない。もう少しで目を覚ますでしょうと言ったところでジューリオの瞼が震えた。ゆっくりと開かれた瞼の奥から、ぼんやりとした翡翠色の宝石眼が見えた。性格はともかく顔や瞳はとても綺麗なのだ。美しい宝石眼に見入っていると瞬きを繰り返す内意識がハッキリしたらしいジューリオが慌てて上体を起こした。
「な、なんだ!?」
「殿下、気分の方はどうですか?」
「な、何故神官が此処に……」
近付いたマリアージュが状況の説明をすると唖然とし、項垂れたジューリオ。
「僕が悪魔に……」
「落ち込まなくていいよ」とはヴィル。
「あの悪魔は感知能力が高い人間でも見破れない能力を持つ上位に近い中位悪魔だ。偶々皇子様は標的にされただけ」
「僕を狙っていたのですか?」
「狙われていたのはジューリアさ」
魔力が桁違いに強かろうが操る術を持たないジューリアは力を欲する悪魔にとっては御馳走中の御馳走。ジューリアを嫌うジューリオは絶好の機会に現れた良い駒。ジューリアを嫌っているからこそすんなり悪魔はジューリオの中に入り込めたのだと教えると余計項垂れた。
訪問した時からの態度からジューリオがジューリアを気に食わないと肌で感じていたマリアージュは何も言えなかった。自分が何を言ってもジューリアを最初に拒絶し、遠ざけてしまったのだから。項垂れるジューリオを責める資格もジューリアを庇う資格もない。
「邸内に他の悪魔はいませんか? ミカエル様」とジューリア。
「部屋に戻る前にさっと見てはみましたが、あの悪魔以外はいないようです」
「なら良かったです」
他の悪魔がいれば、多分その悪魔達も狙うのはジューリアだろうから。
「……ジューリア」
かなり落ち込んでいたジューリオがいつの間にか顔を上げていて、ベッドから降りてジューリアの前に立った。
「……その……悪かった」
と言う割にジューリオの顔は相当に嫌そうにジューリアを睨んでいる。表面上だけでもしおらしくしたいのは分かるがこれはない。
「ご自分の顔を鏡で見ますか? 顔と言葉がまっっっく一致しませんよ」
「な、僕が謝っているんだぞ!?」
実はまだ他の悪魔に憑かれていると疑われるがジューリオの中にはもう何もいない。彼の素だ。
「殿下が私を嫌いなのはよーく分かってました分かりました。私も殿下と仲良くなる気は更々ないので、どうか皇帝陛下が婚約を変更してもいいと言うご令嬢をご自分で見つけてくださいね」
「っ」
——あれ?
言い返してくるかと思いきや、唇を噛み締め睨んでくるだけでジューリオは何も言わなかった。内心小首を傾げたジューリアだが、不意に前に出たマリアージュで意識が逸れた。
「殿下、ジューリアが大変失礼を申しました。申し訳ありません」
「あ、いや……」
帝国の大貴族であるフローラリア家の夫人に頭を下げられるとジューリオもたじたじとなる。頭を上げたマリアージュが次に放った言葉にジューリアまでも吃驚した。
「後日、フローラリア公爵より殿下とジューリアの婚約を白紙に戻して頂くよう皇帝陛下に話をします」
「え」
「殿下がそれほどまでにジューリアが嫌ならば、この婚約を無かった事に致します。皇族と婚姻を結ばなくても、フローラリア家に不利益は御座いませんから」
不利益がなくても利益もない。プラマイゼロと言っても皇帝からの印象は悪くなるのではないだろうか。抑々、あれ程ジューリアの為と熱弁していたジューリオとの婚約をあっさりと白紙に戻すと宣言したマリアージュに驚きを隠せない。グラース同様、頭を打ったのではないかと心配になった。
一文字発しては口を閉ざすジューリオはまともな言葉を紡げない。彼自身にとっては朗報でも実際に皇帝の耳に入るとなると必ず理由を聞かれる。
狼狽するジューリオを護衛騎士達に連れて帰ってもらい、治療に当たった神官もヴィルやミカエルに深く頭を下げマリアージュにも挨拶をすると大教会へ帰って行った。
「さあ、私達も帰りますよヴィル様」
「え~」
「駄々を捏ねない。調べ物が出来たでしょう」
「まあ、そうだね。じゃあね、ジューリア。明日も来るよ」
「あ、う、うん」
瞬時に姿を消したヴィルとミカエルに度肝を抜かれた。彼等がいた場所には淡い光の粒子だけが残った。
「……ジューリア……」
部屋にいるのはマリアージュとジューリア、それと侍女のみ。気落ちした声のマリアージュは非常に暗く、構わず部屋を出るのも叶わない。
「どうして言ってくれなかったの……」
「私が殿下に嫌われているから婚約を解消してほしいと頼んで動いてくれましたか?」
「あんなにも殿下がジューリアを嫌っていたら、私や旦那様も皇帝陛下に直訴はしました!」
「最初から言っているではありませんか。私ではなく、メイリンを殿下の婚約者にしたらいいと」
「これはまだメイリンには話していませんが、メイリンの婚約者は既に決まっています」
ジューリアの婚約者が第二皇子だから、メイリンの婚約者が誰かを話すのはもう少し後にする予定に決められた。気になってメイリンの婚約者とは誰か訊ねた。メイリンには秘密を、と前提で相手がシメオンの生家と遠縁に当たるシルベスター侯爵家の長男フランシスだと教えられた。
ジューリアは顔を引き攣らせた。
フランシスはグラースと同い年で、物腰が柔らかくフローラリア家の無能でも優しく接してくれる良い人認定している。ジューリアが顔を引き攣らせたのはフランシスが問題ではなく、フランシスの弟が理由だった。
年に何度か顔を合わせるだけなのだがフランシスと違ってジューリアをこれでもかと馬鹿にしてくる。相手にするだけ無駄と判断してるのでジューリアが突っかかる事はなくても、相手をされないと弟は更にうざいくらい絡んでくる。また、兄大好きなせいかフランシスが親切に接してくれる度にうざ絡みが増す。
メイリンやグラースに対してはかなり丁寧に接する辺り、能力の有り無しで人を判断しているのだろう。
「顔合わせの日は調整中だけれど、場所はフローラリア家に決定しているわ。当日はジューリアも挨拶をしに顔を出してもらうわよ」
「……シルベスター家一同で来るのでしょうか?」
「多分、そうなるわね」
——フランシス様はともかく、弟と会わないといけないなんて……
聞かなければ良かったと小さく後悔したジューリアであった。
結界に欠陥がある理由を知るマリアージュは顔を青くしていたものの、家令に結界が問題ないかを――特にジューリアの部屋の――確認を急がせた。
マリアージュから離れたジューリアは治療されているジューリオを眺めるヴィルとミカエルの側へ。
「殿下に憑いていた悪魔は?」
「ミカエル君滅しちゃった?」
「幾つか聞きたい事があるので捕らえています。大教会に戻ったら聞き出します」
「聞きたい事?」
ヴィルが問うとミカエルは「以前から悪魔達の動きに変化が見られます」と話し出した。
「ネルヴァ様が魔界で魔族の大粛清が起きたと言った頃から、人間界で活動する悪魔は魔界を恐れて魔界に帰還出来ない者が多数現れるように」
「大粛清って何があったのですか?」
興味津々なジューリアに話して良いべきか僅かに悩んだミカエルだが、彼の主とも言うべきヴィルが反対しないので話してくれた。
「魔王の補佐官とその娘を陥れようとした上位魔族が家門毎滅ぼされたのです。その補佐官は魔王以上に強い魔族です」
「魔王以上に強いのに補佐官をしてるの?」
なんで? と純粋に抱いた疑問はミカエルでは分からないと首を振るも、その魔族が補佐官をしているお陰で助かっている部分もあるとか。これについても聞くがスルーをされ、仕方なく別の質問をした。
「さっきミカエル様の言ったネルヴァ様って?」
「俺の兄者。先代の神の座に就いていた神族だよ」
「ヴィルの一番上のお兄さんなんだね」
これでヴィル達兄弟の名前を全員知れた。
長兄をネルヴァ、次兄をアンドリュー、末っ子弟をイヴ。
「滅ぼしたのは良いけど、人手不足になってるんだっけ」
「と、ネルヴァ様は仰っていました」
「魔界の事情に詳しいのは兄者らしい……」
ヴィルによると、幼少期魔界に行って瀕死の重傷を負う羽目になりながらも無事天界に帰還したと聞く。心の中で一度会ってみたい願望が強まっていく。何となくだが、ヴィルはネルヴァの居場所を知らなくても突き止められそうな気がする。今度聞いてみようと決めたジューリアは、ジューリオの治療に当たっていた神官の「終わりましたよ」の言葉でベッドに近付いた。
顔色も悪くなく、呼吸も乱れていない。もう少しで目を覚ますでしょうと言ったところでジューリオの瞼が震えた。ゆっくりと開かれた瞼の奥から、ぼんやりとした翡翠色の宝石眼が見えた。性格はともかく顔や瞳はとても綺麗なのだ。美しい宝石眼に見入っていると瞬きを繰り返す内意識がハッキリしたらしいジューリオが慌てて上体を起こした。
「な、なんだ!?」
「殿下、気分の方はどうですか?」
「な、何故神官が此処に……」
近付いたマリアージュが状況の説明をすると唖然とし、項垂れたジューリオ。
「僕が悪魔に……」
「落ち込まなくていいよ」とはヴィル。
「あの悪魔は感知能力が高い人間でも見破れない能力を持つ上位に近い中位悪魔だ。偶々皇子様は標的にされただけ」
「僕を狙っていたのですか?」
「狙われていたのはジューリアさ」
魔力が桁違いに強かろうが操る術を持たないジューリアは力を欲する悪魔にとっては御馳走中の御馳走。ジューリアを嫌うジューリオは絶好の機会に現れた良い駒。ジューリアを嫌っているからこそすんなり悪魔はジューリオの中に入り込めたのだと教えると余計項垂れた。
訪問した時からの態度からジューリオがジューリアを気に食わないと肌で感じていたマリアージュは何も言えなかった。自分が何を言ってもジューリアを最初に拒絶し、遠ざけてしまったのだから。項垂れるジューリオを責める資格もジューリアを庇う資格もない。
「邸内に他の悪魔はいませんか? ミカエル様」とジューリア。
「部屋に戻る前にさっと見てはみましたが、あの悪魔以外はいないようです」
「なら良かったです」
他の悪魔がいれば、多分その悪魔達も狙うのはジューリアだろうから。
「……ジューリア」
かなり落ち込んでいたジューリオがいつの間にか顔を上げていて、ベッドから降りてジューリアの前に立った。
「……その……悪かった」
と言う割にジューリオの顔は相当に嫌そうにジューリアを睨んでいる。表面上だけでもしおらしくしたいのは分かるがこれはない。
「ご自分の顔を鏡で見ますか? 顔と言葉がまっっっく一致しませんよ」
「な、僕が謝っているんだぞ!?」
実はまだ他の悪魔に憑かれていると疑われるがジューリオの中にはもう何もいない。彼の素だ。
「殿下が私を嫌いなのはよーく分かってました分かりました。私も殿下と仲良くなる気は更々ないので、どうか皇帝陛下が婚約を変更してもいいと言うご令嬢をご自分で見つけてくださいね」
「っ」
——あれ?
言い返してくるかと思いきや、唇を噛み締め睨んでくるだけでジューリオは何も言わなかった。内心小首を傾げたジューリアだが、不意に前に出たマリアージュで意識が逸れた。
「殿下、ジューリアが大変失礼を申しました。申し訳ありません」
「あ、いや……」
帝国の大貴族であるフローラリア家の夫人に頭を下げられるとジューリオもたじたじとなる。頭を上げたマリアージュが次に放った言葉にジューリアまでも吃驚した。
「後日、フローラリア公爵より殿下とジューリアの婚約を白紙に戻して頂くよう皇帝陛下に話をします」
「え」
「殿下がそれほどまでにジューリアが嫌ならば、この婚約を無かった事に致します。皇族と婚姻を結ばなくても、フローラリア家に不利益は御座いませんから」
不利益がなくても利益もない。プラマイゼロと言っても皇帝からの印象は悪くなるのではないだろうか。抑々、あれ程ジューリアの為と熱弁していたジューリオとの婚約をあっさりと白紙に戻すと宣言したマリアージュに驚きを隠せない。グラース同様、頭を打ったのではないかと心配になった。
一文字発しては口を閉ざすジューリオはまともな言葉を紡げない。彼自身にとっては朗報でも実際に皇帝の耳に入るとなると必ず理由を聞かれる。
狼狽するジューリオを護衛騎士達に連れて帰ってもらい、治療に当たった神官もヴィルやミカエルに深く頭を下げマリアージュにも挨拶をすると大教会へ帰って行った。
「さあ、私達も帰りますよヴィル様」
「え~」
「駄々を捏ねない。調べ物が出来たでしょう」
「まあ、そうだね。じゃあね、ジューリア。明日も来るよ」
「あ、う、うん」
瞬時に姿を消したヴィルとミカエルに度肝を抜かれた。彼等がいた場所には淡い光の粒子だけが残った。
「……ジューリア……」
部屋にいるのはマリアージュとジューリア、それと侍女のみ。気落ちした声のマリアージュは非常に暗く、構わず部屋を出るのも叶わない。
「どうして言ってくれなかったの……」
「私が殿下に嫌われているから婚約を解消してほしいと頼んで動いてくれましたか?」
「あんなにも殿下がジューリアを嫌っていたら、私や旦那様も皇帝陛下に直訴はしました!」
「最初から言っているではありませんか。私ではなく、メイリンを殿下の婚約者にしたらいいと」
「これはまだメイリンには話していませんが、メイリンの婚約者は既に決まっています」
ジューリアの婚約者が第二皇子だから、メイリンの婚約者が誰かを話すのはもう少し後にする予定に決められた。気になってメイリンの婚約者とは誰か訊ねた。メイリンには秘密を、と前提で相手がシメオンの生家と遠縁に当たるシルベスター侯爵家の長男フランシスだと教えられた。
ジューリアは顔を引き攣らせた。
フランシスはグラースと同い年で、物腰が柔らかくフローラリア家の無能でも優しく接してくれる良い人認定している。ジューリアが顔を引き攣らせたのはフランシスが問題ではなく、フランシスの弟が理由だった。
年に何度か顔を合わせるだけなのだがフランシスと違ってジューリアをこれでもかと馬鹿にしてくる。相手にするだけ無駄と判断してるのでジューリアが突っかかる事はなくても、相手をされないと弟は更にうざいくらい絡んでくる。また、兄大好きなせいかフランシスが親切に接してくれる度にうざ絡みが増す。
メイリンやグラースに対してはかなり丁寧に接する辺り、能力の有り無しで人を判断しているのだろう。
「顔合わせの日は調整中だけれど、場所はフローラリア家に決定しているわ。当日はジューリアも挨拶をしに顔を出してもらうわよ」
「……シルベスター家一同で来るのでしょうか?」
「多分、そうなるわね」
——フランシス様はともかく、弟と会わないといけないなんて……
聞かなければ良かったと小さく後悔したジューリアであった。
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