まあ、いいか

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結界

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 シメオンはいないけれど、家族揃ってスイーツを食べたのは三年振りである。最初メイリンが好きなスイーツを選ぶのをマリアージュが止め、ジューリアに最初を譲った。どれも美味しそうなスイーツ。が、此処で食べると味は半減する。イチゴタルトが欲しいと思いつつ、うずうずとしているメイリンに最初を譲った。マリアージュが止めようとしてもジューリアが譲ったのならメイリンは止まらない。
 ジューリアが内心狙っていたイチゴタルトとチーズケーキ、それからシフォンケーキを選んだ。四人で食べるには十分の数があり、一人で三つ取っても問題ない。


「もう。さあジューリア、選んで」
「……じゃあ、これにします」


 好き嫌いが多いみたいだからどれでもいい。と言ってしまえば、きっとマリアージュやグラースは気まずい気持ちとなり、二人から発せられる空気にジューリアも気まずくなる。余計な言葉は言わず、ささっと選びささっと食べささっと部屋に戻る。これに尽きる。ジューリアが選んだのはチョコレートケーキ。砂糖とミルクたっぷりのコーヒーが欲しい。
 その後はグラース、マリアージュの順でスイーツを選び。各々食べ始めた。メイリンとグラースとは会話が長引くマリアージュ、けれどジューリアとなると一言か二言で終わる。
 時折グラースが話を振ってくるが今更何を話せと言うのか。

 前世の時はこんな風に家族が揃うのは食事以外あまりなかった。食事の時間は苦痛だった。家政婦のおばさんが気を遣って部屋に食事を運んでも父や兄達に無理矢理食事の場に連れて行かれた。一度、嫌っているくせに家族扱いするなと父に言ったら顔を叩かれた。平手打ちなのはまだ理性があったからだろう。叩いた父本人が呆然としていたのには笑った。
 勿論、その日の食事は部屋で食べた。扉を何度叩かれようが樹里亜は鍵を開けなかった。

 フォークを皿に刺して気付いた。チョコレートケーキはもう全て食べてしまっていた。一個食べたのだから、もういいだろう。
 スイーツ皿をテーブルに置こうと動き出したら「まだ沢山あるから」とマリアージュが他のスイーツを勧めてきた。


「一個で十分です。私は部屋に戻りますね」
「そう言わないで。どれも我が家御用達のお店で買ったスイーツなのよ? ジューリアも大好きじゃない」
「そうでしたっけ? この家の娘だった時は好きでしたけど」
「な、何を言ってるの! 貴女は」
「私に魔法を使う才能がない欠陥品の烙印を押された時、公爵様は“お前は私の娘じゃない”だの、私の隣に座ってる人は“僕の妹じゃない”だの言ってましたよ」


 本当の事を言ってやれば、マリアージュもグラースも顔を青褪め言葉を無くす。お代わりのスイーツを吟味していたメイリンは不満げに頬を膨らませた。


「性格が悪いですわねお姉様は。無能なら、少しはお淑やかになるべきでは?」
「メイリン!」


 マリアージュが叱責してもメイリンは涙目になって震えた声を出し、両手で顔を覆って泣き出した。慌てて慰めるマリアージュに隠れてメイリンは挑発するように舌を見せ付けてきた。
 どちらの性格が悪いのだか。内心呆れつつ、多少性格の悪さに自覚があるジューリアは敢えて開き直った。


「悪くもなりますわ。セレーネや他の使用人に下に見られ、結界も私だけかなり薄くされているみたいですし」
「何ですって!!」
「うわ!」


 結界に関してはヴィルが教えてくれたのを言ってみただけ。シメオンが指示を出して結界を薄くしているのだとばかり思っていたが、話を聞いたマリアージュの剣幕にジューリアだけではなくメイリンやグラースも度肝を抜かれた。憤怒の面を出すマリアージュに顔を引き攣らせ、事実なのかと問われた。ヴィルに教えられたとは言えない。適当に執事がお嬢様には勿体ないからと嘘を述べてみた。長年フローラリア家に仕える執事が当主の娘の部屋の結界を薄く展開している等言語道断。普通なら。ジューリアは魔法が使えない無能の娘。長男は跡取り、次女は強い癒しの能力持ち。他二人が優秀なら、無能を守る義理はないというもの。
 言わない方が良かったかも……と後悔しても遅い。凄まじい剣幕で執事を呼び出すマリアージュに引きつつ、こっそり部屋を出て行こうとしたジューリアは気付いたグラースに捕まった。


「ジューリアっ、どうして今まで言わなかった」
「言ったところで貴方達信じてました?」
「そ、それは……」


 口籠る様子からして信じなかった。


「私はてっきり公爵様が命令したものだとばかり」
「そんな訳あるか! 大体、さっきから父上を公爵様って」
「娘じゃないと言ったのは向こうです。なので、私も向こうを倣って他人として接します。貴方も今更お兄様面しなくて結構ですわ」
「……」


 突き放し続ければ漸くグラースは諦め、部屋を出て行けた。最後まで項垂れていてもジューリアには関係がない。放った言葉は決して戻らない。一度出してしまえば永遠のものになる。
 早々に家を出た方が楽なのでは……と抱き始めた。
 私室に帰ると数人の侍女がジューリアの部屋を掃除していた。多分、セレーネの代わりが見つかるまでの代理。ジューリアが戻ると礼儀よくするも溜め息しか出ない。


「貴女達、出て行って大丈夫よ。掃除は私がやるから」
「い、いえ、私達は旦那様にっ」
「無能の娘の世話をさせられて可哀想ね。私が癇癪でも起こしたって言って帰りなさい」
「……」


 何とも言えない顔をした侍女達は礼儀よく退室した。さっと室内を見ても荒らされた形跡も物を盗まれた痕跡もない。試しにクローゼットを開いた。変わりない。ドレスが少ないのはヴィルに要らないドレスを預けているから。
 ベッドに移動し、細工をされていないかチェック。結果は何もない。
 彼女達は言われた通りに掃除をしていただけだったらしい。疑って申し訳なかった。


「ヴィル?」


 部屋にヴィルがいない。


「ヴィルー」


 呼んでも返事がない。


「どこかに行ってるのね」


 戻ってきたら家を出る日を早めたい旨を伝えたい。このまま、家にいると双方ストレスが溜まり、必ずどこかで崩壊する。
 一度捨てたのなら、二度と拾えない。
 期待するだけで虚しく、絶望に浸るのは自分。
 前世で何度も味わった。

 期待しなくなったら、とても楽になった。
 お父さん、お兄ちゃんと縋った幼い娘や妹は消えた。お前達が殺したのだと言ってやれば顔を真っ赤にして殴り掛かってくる気配があり。暴力的なそっくり親子だと笑ってやれば、次男に殴られた。煽った樹里亜が悪かったと言えど、本気で殴る奴があるかと珍しく父や長男が次男を殴り飛ばしていた。
 そこで言い放った。今更父親、兄面するなと。


「……あの時の二人もグラースと同じ顔だったな」


 傷付き、ショックを受け項垂れていた。
 すぐ後に次男に流れが急な川に突き飛ばされ死んでしまったのだから、あれは演技だったんだろう。自分達はしおらしく、次男に損な役回りをさせて良い人の面を被りたかった。

 考えるだけで疲れると軽く首を振った。


「ジューリア」
「ヴィル!」


 することがないから本でも読もうと書庫室に行くと決めたら、出掛けていたらしいヴィルが戻った。腰に抱き付くと大きな手に頭を撫でられる。


「なんだか邸内が騒がしいね。何かあったの?」
「初めて会った時、ヴィルは私の部屋の結界が薄いって言ってたでしょう? つい口から出ちゃって……お母様が激怒して管理をしてる執事を問い詰めてる最中じゃないかしら」
「ああ。それで公爵が外に出て結界を確かめていたんだ」
「てっきり、公爵様の指示かと思ってた」
「公爵の顔からするに違うんじゃないかな。信じられないって顔だった。多分、君の所の結界は一番強くしていた筈だったんじゃない」
「私?」


 魔法が使えない無能でも、魔力が膨大でフローラリア家の子という事実は変わらない。抵抗する術がないジューリアが狙われる率が高く、防犯意識はジューリアの部屋は特に集中されていた。
 と思っていたのはシメオンだけで、管理を任されている執事はグラースとメイリンに結界を集中させた。
 今までは何事もなかったと言えど、もしもがあればどうする気だったのかと、マリアージュに問い質された執事は床に額を擦り付け必死に許しを乞うている。


「ジューリアは許してあげる?」
「許すも何も、ヴィルが言うまで気付かなかった。どうも思わないよ」
「そうなんだ」
「うん。あ、ねえ、ヴィルは何処へ行っていたの?」
「ちょっとね。君と気軽に一緒にいられる方法を探してきたの」
「私と?」
「俺はジューリアを知りたい。ジューリアも俺を知りたいでしょう?」
「うん!」
「素直だね」


 隠す気もない下心でもジューリアの下心をヴィルは気に入っており、正直に顔が超好みだと言うと嬉しそうにする。


「俺の性格が悪いとどうするの?」
「人の性格をどうこう言える程、私も性格良くないよ多分」
「へえ。どうして」


 さっきあった出来事を話すと笑われる。


「前世の記憶を持った分、君は割り切りが早い。魔法が使えないから見捨てた君が使用人や家庭教師に虐げられていると知って罪悪感を感じたんだろうね」
「今まで通り放置されてる方が楽」
「ははは」


 笑うとこ? と首を傾げてもヴィルは暫く笑っていた。


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