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王太子は元婚約者を愛していた
しおりを挟む※スノー殿下視点です。
「ミリディアナ! ミリディアナ!!」
悪魔の体を貫いた光の槍を消そうと駆け寄ったミリディアナを、命令もしていないのに護衛の騎士が剣で刺した。胸を中心に血が広がり、後ろ手に倒れたミリディアナに悪魔と私の悲痛な声が重なった。
十一年前の凄惨な光景が脳裏に甦る。ずっと会いたくて、恋い焦がれていた婚約者の……無惨な死体を。
両腕、両足は強引に千切られ、可憐な相貌を皮ごと引き剥がされた顔、腹は切り裂かれ臓物が引き摺り出されていた。
ぶるぶると足が震えた。ずっと会いたかったミリディアナに、言いたかった言葉とは正反対の言葉を投げて彼女を傷つけ、再度の顔合わせをしてもまた傷付けてしまった。
ミリディアナが聖女として、私の婚約者として城に住み始めて半年。もう一度会おうとしていた矢先の悲劇。
ミリディアナを殺したのが悪魔だとすぐに判明された。ミリディアナの体には、魔族の魔力が濃く漂っていた。たった六歳の彼女をこれだけ凄惨な方法で殺した悪魔に戦慄した共に、途方もない憎悪が募った。足が震え、動けない私の視界を侍女が遮った。王子である私に、こんな残酷な光景を見せてはいけないというものからだろう。だが、既に私はミリディアナの死体をしっかりと見ていた。
「ミリーちゃん……!」
悪魔が苦しげながらもミリディアナの上体を起こした。その際、騎士の剣を魔法で消し去ったのと同時に――騎士の体から無数の刃が現れ、即死させた。
瞬時に広がる殺気。私は「待て!」と制した。外で悪魔を狙撃したアリアにすぐに来る様、念話で伝えた。まだ悪魔が生きていると困惑するアリアに早く来いと告げた。聖女の力を持つアリアでないと、瀕死のミリディアナを治療出来る者は此処にはいない。
「ルー……」
「ミリーちゃん……っ」
か細い声がして、ハッとなって下を見るとミリディアナが悪魔に向けて力ない微笑みを見せていた。
ミリディアナを殺した同じ種族。何故、何故悪魔にはその様な微笑みを見せて、私には脅えた表情しか見せない。
……分かっている。全て私が犯した過ちのせいだ。
「いた……いよ、ルー……」
「うん……、すぐに、此処から……」
「……逃がすと思うか?」
重傷を負った悪魔が瀕死のミリディアナを連れて逃げ切れる筈がない。何より、私が許さない。重力操作でミリディアナを引き寄せた。血の気の失った相貌で目を見張ったミリディアナを手に抱いた。
とても小さく、軽い体。
「ミリディアナ……」
「……や、……いや、嫌……助けて、助けてルー……」
「ミリーちゃんっ、……彼女を返せっ」
「此処で死ぬお前には、もうミリディアナは必要ないだろう。ミリディアナは返してもらう」
「は……ミリーちゃんを、一人ぼっちで心の拠り所もなく泣いていた彼女を最初に突き放した奴が、何言ってるの?」
「っ」
私だって勝手を言っているのは分かっている。ミリディアナの無惨な死体を見ても、家柄で決められたアリアとの婚約が決められても、神の決定によってアリアに聖女の力が授けられても、私はミリディアナを忘れられなかった。ミリディアナへの恋心を捨てられなかった。
震える手で悪魔に手を伸ばすミリディアナの手を掴んだ。
「ミリディアナ」
「いや……いやあ……」
「もう悪魔は助からない。もうじきアリアが来る。アリアにあの悪魔の始末をさせる。君は騙されているんだ」
「ルー……、ルー……助け……」
「っ……」
心の何処かから沸き上がるこの苛立ちはなんだ。私が何を言っても悪魔に手を伸ばし続けるミリディアナに、何故と疑問が浮かぶ。
「――スノー殿下!」
息を切らしたアリアが部屋へ飛び込んで来た。側には彼女の護衛も。
「アリア! すぐにミリディアナを治療してくれ!」
「で、ですが」
「早く!」
「は、はい!」
アリアが何か言いたそうにするが早くミリディアナを治さないと助からない。焦りが勝った私はアリアに治癒魔法を使う様促した。アリアはミリディアナの側に膝をつくと魔法を使い始めた。金色の光がミリディアナの傷を包み、見る見る内に傷が塞がっていく。
治療中、私は騎士達に悪魔を拘束するよう命じた。聖女の攻撃を食らった悪魔を拘束するのは容易だった。体を鎖で拘束され、床に転がされた悪魔は傷が痛むのだろう、苦しげに呻いた。
ミリディアナをアリアに任せ、私は立って悪魔を見下ろした。緋色の瞳が挑発的に私を見上げた。
「ミリーちゃんは、絶対にお前を受け入れたりしない……、彼女が愛しているのは俺だよ」
「っ、弱ったミリディアナの心に付け入れただけだろう!」
「は……それが? 俺は悪魔だよ? 欲しいものは手に入れる……どんな方法を使っても……」
「……!」
この時の悪魔の発言で確信した。
十一年前、何故私は言いたい事とは正反対の言葉を告げてしまったのか、と。自分の意思とは関係なく紡がれる言葉の数々に、正気に戻った後愕然とした。城の魔導士に後日診てもらっても異変はない。私の本心だと判断され、ミリディアナは王太子に嫌われた婚約者のレッテルを貼られてしまった。
アリアと婚約が結ばれ、アリアの求めるがまま体を重ねても、何時だって私の心を占めるのはミリディアナだけ。寧ろ、アリアをミリディアナと思い込んで抱いている時だってあった。
……私がミリディアナに酷い言葉を放ったのも、孤独にしてしまったのも、こうして悪魔を愛したのも……全部、重傷を負い拘束されたこの悪魔のせい。
「ぐあっ!!」
「スノー殿下!?」
数人の騎士が私を止めた。
悪魔の傷口を踏みつけた私を、アリアを始めとした周囲の者達を驚かせてしまった。大量の血を吐いて荒い呼吸を繰り返す悪魔を憎悪に染まった瞳で見やった。
「お前が、お前が私にミリディアナを突き放す様仕向けたのか?」
「はあ、はあ、……だったら? 間抜けな程俺の術中に嵌まってくれてありがとう」
「っ、貴様……!」
「お待ち下さいスノー殿下!」
怒りに我を忘れて再び悪魔に襲いかかろうとした私を止めたのは、ミリディアナの治療を終えたアリアだった。アリアは私の腕に抱き付き、悪魔を見下ろした。
「この悪魔は魔王の息子。他にも『人間界』に紛れ込んでいる悪魔の居所を知っているかもしれません。ここは、一時捕らえ情報を吐かせるべきです」
「魔王が王子を取り戻そうと『人間界』に来る可能性だってあるが?」
「それなら、余計彼を殺す訳にはいきません。彼を人質にするのです」
「はは……馬鹿だね。魔王の恐ろしさを知らないから、間抜けな考えが思い付くのさ」
「何ですって!?」
「アリア。落ち着け」
今度は私がアリアに冷静さを促した。アリアは顔を真っ赤にして悪魔を睨み付けた。私は騎士達に悪魔の魔力を封じて、城の重罪人を閉じ込める牢へ押し込めろと命じた。
アリアを離し、治療され、顔色の戻ったミリディアナをそっと抱き上げた。
「ミリディアナ……」
真実を話せば、きっとミリディアナだって理解してくれる。全ての元凶はあの悪魔なのだと。あの悪魔のせいで、私達は引き離されたのだと。ミリディアナがどれだけ彼を愛しているか、先程のやり取りから伝わった。だが、真実を知れば愛情は消える。
眠るミリディアナの額にキスをした。
ミリディアナ……私の愛した元婚約者。
――ミリディアナを大事に抱えたスノーは気付かなかった。
「魔王の息子奴隷ルートがやっと開けた……!」
アリアが恍惚とした表情で苦しむルーリッヒを見下ろし、不可解な言葉を紡いだと……。
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