22 / 44
凌辱カキコ
二
しおりを挟む
蒼甫が一服を終え、再び球場のトイレへと戻り、「故障中」の貼り紙を貼った一番奥の個室に隠れたあと、鍵を掛けることおよそ、五、六分後、いよいよ外から気配があった。入ろうか、入るまいか、どうしようか、といったようなヒールの迷う足音がある。
暫くして遠慮ぎみに押されたドアーから夜気が忍び込む。暗がりのなかに、きい、きい、と錆びた金属音が立ち、ドアーが閉まる時には不気味にあとを引きずって鳴り響く。
蒼甫は個室の上から、目もとまでを覗かせた。脚立に上がりそうしている。顔には黒い目出し帽を被り、この暗がりからだと闇とほとんど同化して他からは何も見えない。というのは、すでにこれは実験済みであり、蒼甫自身太鼓判を押していた。
来訪者は、ドアー付近に立ちすくみ、陰翳からその姿をなかなか現さなかった。
「……蒼甫くぅん?……蒼甫くぅん、いますかぁ?……」
声の主は間違いなくあの荒川だ。約束どおり来た。
ようやく暗がりのなかに白っぽいひとの姿が動く。約束したとはいえ、荒川の奴は最初からそのつもりでここへ来たのであろう。期待で吐息を弾ませつつ、幾度となく蒼甫の名をなかば引きずるように呼び、辺りをぐるりと窺いながら、ほとんど苦しそうなほどである。
荒川が、スマホを弄りだす。――が、今夜、蒼甫にラインが繋がることはもうない。段々とあの荒川から焦りが見られてきた。スワイプ、タップと何回か繰り返し、トイレ内の異常な暗がりにぽつんと佇む違和感さえ忘れてメッセージを入れ続けていた。
――と、錆びた金属音を他に立てる者があった。トイレの入り口からだ。
「蒼甫くぅん?」
荒川が、スマホから顔を上げる。弾む声が、高く、また低く、暗がりのトイレ内で反響している。
「蒼甫くぅん?……あたしです」入り口のほうに首を伸ばす格好でそう呼びかけている。「……蒼甫くぅん?……あたしです。荒川です」――が、返事はない。「……蒼甫くん?……」呼びかける声音がやにわに曇りだす。
今夜二人目の来訪者も、なかなかその姿を見せようとはしなかった。
「だれぇ?……」
荒川が、スマホを胸に抱いて身をちぢめた。スマホの強烈な光に映る双眸から恐怖の色が垣間見える。そして再び、錆びた金属音が耳障りなくらい長く引きずった。
姿を見せた来訪者とは、男でずいぶん小柄であった。
「……すっ、すみませんっ、人違いでした……」
身長一六〇やっとあるかないかのその男に、荒川が慌てて謝った。だが、ペコペコと上げ下げさせていた頭を留めた次の瞬間、小柄な男に目を合わせた荒川が後じさる。小柄なその男が、およそ初対面にやる視線ではなかったからだ。
「……なっ、なんですかっ?……」
荒川ときたら、実にいい表情をしやがる。へへへぇ、と小柄な男はそう薄ら笑い、デニムのポケットに手を突っ込む。
荒川は、いよいよ警戒した。大声を張り上げるか、友だちに電話するか、それとも小柄な男を振り切って逃げるか、そのような素振りが、上から見ている蒼甫からも分かった。
それだから、小柄な男がこれに勘づかないはずがない。徐に肩幅ほど足をひろげてみせた。とおせんぼうだ。これを見て、荒川がヒールを、二、三後ろに鳴らす。と、小柄な男が、ポケットからゆっくりと手を出していく。荒川が見たその手元にはデジカメが握られている。そのデジカメを突として荒川のほうに構えた。
「……ちょ、ちょっとっ、なんなんですか…っ…と、撮らないでください……」
小柄な男が、デジカメごしに荒川を上から下へ、そして下から上へと眺めあぐる。
「うほ。ママッ、マジッスか。ががっ、画像よりぜんぜんかわいいッス」
声がまだ若僧だ。小柄な男はようやく喋ったが独り言っぽかった。
暫くして遠慮ぎみに押されたドアーから夜気が忍び込む。暗がりのなかに、きい、きい、と錆びた金属音が立ち、ドアーが閉まる時には不気味にあとを引きずって鳴り響く。
蒼甫は個室の上から、目もとまでを覗かせた。脚立に上がりそうしている。顔には黒い目出し帽を被り、この暗がりからだと闇とほとんど同化して他からは何も見えない。というのは、すでにこれは実験済みであり、蒼甫自身太鼓判を押していた。
来訪者は、ドアー付近に立ちすくみ、陰翳からその姿をなかなか現さなかった。
「……蒼甫くぅん?……蒼甫くぅん、いますかぁ?……」
声の主は間違いなくあの荒川だ。約束どおり来た。
ようやく暗がりのなかに白っぽいひとの姿が動く。約束したとはいえ、荒川の奴は最初からそのつもりでここへ来たのであろう。期待で吐息を弾ませつつ、幾度となく蒼甫の名をなかば引きずるように呼び、辺りをぐるりと窺いながら、ほとんど苦しそうなほどである。
荒川が、スマホを弄りだす。――が、今夜、蒼甫にラインが繋がることはもうない。段々とあの荒川から焦りが見られてきた。スワイプ、タップと何回か繰り返し、トイレ内の異常な暗がりにぽつんと佇む違和感さえ忘れてメッセージを入れ続けていた。
――と、錆びた金属音を他に立てる者があった。トイレの入り口からだ。
「蒼甫くぅん?」
荒川が、スマホから顔を上げる。弾む声が、高く、また低く、暗がりのトイレ内で反響している。
「蒼甫くぅん?……あたしです」入り口のほうに首を伸ばす格好でそう呼びかけている。「……蒼甫くぅん?……あたしです。荒川です」――が、返事はない。「……蒼甫くん?……」呼びかける声音がやにわに曇りだす。
今夜二人目の来訪者も、なかなかその姿を見せようとはしなかった。
「だれぇ?……」
荒川が、スマホを胸に抱いて身をちぢめた。スマホの強烈な光に映る双眸から恐怖の色が垣間見える。そして再び、錆びた金属音が耳障りなくらい長く引きずった。
姿を見せた来訪者とは、男でずいぶん小柄であった。
「……すっ、すみませんっ、人違いでした……」
身長一六〇やっとあるかないかのその男に、荒川が慌てて謝った。だが、ペコペコと上げ下げさせていた頭を留めた次の瞬間、小柄な男に目を合わせた荒川が後じさる。小柄なその男が、およそ初対面にやる視線ではなかったからだ。
「……なっ、なんですかっ?……」
荒川ときたら、実にいい表情をしやがる。へへへぇ、と小柄な男はそう薄ら笑い、デニムのポケットに手を突っ込む。
荒川は、いよいよ警戒した。大声を張り上げるか、友だちに電話するか、それとも小柄な男を振り切って逃げるか、そのような素振りが、上から見ている蒼甫からも分かった。
それだから、小柄な男がこれに勘づかないはずがない。徐に肩幅ほど足をひろげてみせた。とおせんぼうだ。これを見て、荒川がヒールを、二、三後ろに鳴らす。と、小柄な男が、ポケットからゆっくりと手を出していく。荒川が見たその手元にはデジカメが握られている。そのデジカメを突として荒川のほうに構えた。
「……ちょ、ちょっとっ、なんなんですか…っ…と、撮らないでください……」
小柄な男が、デジカメごしに荒川を上から下へ、そして下から上へと眺めあぐる。
「うほ。ママッ、マジッスか。ががっ、画像よりぜんぜんかわいいッス」
声がまだ若僧だ。小柄な男はようやく喋ったが独り言っぽかった。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」
義姉にそう言われてしまい、困っている。
「義父と寝るだなんて、そんなことは
美しいお母さんだ…担任の教師が家庭訪問に来て私を見つめる…手を握られたその後に
マッキーの世界
大衆娯楽
小学校2年生になる息子の担任の教師が家庭訪問にくることになった。
「はい、では16日の午後13時ですね。了解しました」
電話を切った後、ドキドキする気持ちを静めるために、私は計算した。
息子の担任の教師は、俳優の吉○亮に激似。
そんな教師が
俺達は愛し合ってるんだよ!再婚夫が娘とベッドで抱き合っていたので離婚してやると・・・
白崎アイド
大衆娯楽
20歳の娘を連れて、10歳年下の男性と再婚した。
その娘が、再婚相手とベッドの上で抱き合っている姿を目撃。
そこで、娘に再婚相手を託し、私は離婚してやることにした。
連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。
思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。
だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。
「ああ、抱きたい・・・」
親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。
「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」
「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」
「・・・?は、はい」
いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・
その夜。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる