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第4話 舐めて貰っちゃ困ります

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不思議なことに、その人は私を見て酷く狼狽えたように見えた。

「な……!? お前何で起きている!? 」

「何でって言われても……」

 ちょっと食べるのが遅れちゃっただけなんだよな……。

 そして私はその黒づくめが手に持っているナイフに気がついた。うん、このナイフ、やたら血生臭い。

「皆寝ちゃったみたいだから寝室まで運ばなきゃいけないのかなー。ね、手伝ってよ」

 黒づくめは何も答えないが、ただナイフを私に向ける。

「貴様、獣人だな? 見られちゃ仕方ない、死んで貰う」

「え!? 待って待って、これも歓迎会の演出? 」

 黒づくめは何も答えず、ただナイフを光らせ飛び掛かってきた。

 えー……事情ぐらい教えてよ。

 私は難なくそれをかわすと、がら空きの鳩尾に蹴りを入れる。

 ぐほっとむせる黒づくめ。あら、ちょっと強すぎたかしら。

「ちょっと、事情ぐらい教えてくれても良いじゃない! 何で皆寝てるの? 」

「ごほっ……何だこいつ……えらく強い」

 分が悪いと悟ったのか、黒づくめは踵を返すと走り去っていった。

 だが、甘い!!

 私の足の早さを舐めて貰っちゃ困る。

 自慢ではないがこの私、国一番の駿足の持ち主だったのだ。
 弾かれたように走り出した私はそいつの匂いを頼りに後を追った。

 それにしてもこんだけバタついてるのに警備の一人もいないのは妙だなと不意に思った。

 まあ私には関係のないことだが。

「何だこいつ……!? 速い!? 」

「見つけた! 」

 あっという間に追い付いた私は黒づくめに飛び掛かった。逃れようとバタついているが私の爪はがっちりとそいつを離さない。

「あなた何? これは一体どういうことなの? 」

「くっ……犬っころに話すことなど何もない」

「流石に会食の一部ってわけじゃないよね……もしかして暗殺ってやつ? 」

 何も返事はないが、微かに反応を示した。

「カイルだっけ、一応王子様みたいだし彼を狙ったのかな? 」

「……」

 こう無言を貫かれると何も出来ないのだが……。仕方ない。

 私はそいつの鳩尾に蹴りを入れると完全に気絶させた。
 私にはどうしようもないのでカイル本人に見せてみようと思ったのだ。

◇◇◇

 伸びている暗殺者(?)を柱にくくりつけて、私はカイルたちの目が覚めるのをひたすらに待った。

 でもなぁ……ネムリソウってかなり強力な睡眠薬だから下手したら丸一日目覚めないかもしれない。

 しかし、幸運なことにカイルはうっと呻き声をあげたかと思うともぞもぞと体を起こした。

 どうやら摂取量が少なかったらしい。

「何だ……? 僕は一体……」

 まだ頭がぼんやりするのだろう、カイルは頭を抑えて呻いている。

「あ、起きた? おはよう」

 せっかくなのでネムリソウ料理を頂く私。うん、クラクラッとはくるけど予め分かっていれば眠りに落ちることはない。

「その声はシキ……? 一体何が……?? 」

「私にもよく分かんない。この人に聞いてよ」

 つん、と黒づくめをつついてみる。

「何だ、こいつは? 」

「そいつが私たちの食事にネムリソウを入れたらしいよ」

「ネムリソウだと……!? そんな劇薬をどうして食事に……」

「私に聞かれても分かんないって! ほら、起きて! 」

 強く黒づくめを叩くと、びくりと体を震わせて目覚めたようだ。直ぐに自分の置かれている状況に気が付いたらしく、必死にもがき始める。

「誰の手の者だ? 名を名乗れ! 」

 カイルが怒鳴り付ける。さっきまでのお上品さは一体どこへやら。

「ふん、甘ちゃんと話すようなことなんて何もねえよ」

 吐き捨てるように言い放つ黒づくめ。

「何だと!? 」

「帝国と同盟だなんて流石平和主義の坊っちゃんは考えることがちげえわ」

 帝国? 同盟?

 難しそうな単語がたくさん出て来て頭が混乱してきた……。

「帝国!? 貴様、あっちの手の者か……」

「さてどうだろうね、じゃあな」

 ガリっと黒づくめは何かを噛み砕いた。途端にムラサキドクガエルの毒の臭いが充満した。
 相当な量だ。これは即死だろう。

 口の中に錠剤か何かを仕込んでいたのだろう。

「くっ……自殺だなんて卑怯な」

 壁を強く叩くカイル。
 それを横目に私はただひたすらにご飯を食べていた。ふむ、流石人間の食べ物だ。味が繊細でなんというか上品だ。

 故郷の食べ物と言ったら肉!! 焼く!! 以上!! と言った料理とは呼べないような代物ばかりだったのだ。

 これだけでここに嫁ぎに来た意味があるとも言えよう。

「それにしてもこいつを捕まえたのはシキがやったのか? でもどうして毒の影響を受けずにいたんだ
?」

「私は鼻が効くからね。ネムリソウが入っていることに気が付いて食べなかったの」

「え……? でも今食べてるのは……」

「この程度の量じゃ私を眠らせるなんて無理無理」

 会話をしている間も他の皆さんはすやすやと夢の中だ。もう皆食べないよね? ご飯食べちゃって良いかな?

「そうか、獣人と言うのは凄いのだな……。それにしてもすまないな、来たばかりなのにこんな目に遭わせてしまって」

 カイルが深々と頭を下げる。

「別に良いよ。それにして意外と良い人なんだね、獣人を差別しない人、初めて会ったかも」

 するとカイルは辛そうに顔を歪めた。

「申し訳ない。こうなることは僕にも分かっていたのに父を止めることが出来なかったのだ。わざわざ貴女を危険な国に連れてきてしまった」

「ふーん、初めて会ったとき嫌そうな顔してたからてっきり獣人嫌いなのかと思ってた」

「嫌そうな顔? ……ああ、父を止められず、まだ若いのに味方もいないこの国に貴女を嫁がせるのが申し訳なくて……」

 つまり自責の念というわけか。
 じーっと見つめてみるが嘘というわけではなさそうだ。

 意外と信頼出来る人なのかもしれない。

「若いって言っても貴方の10倍は長く生きてるけどね」

「え? 」

 カイルが間抜けな声を出す。

「ふわあ、何だかお腹いっぱいになったら眠くなってきた。じゃーね、カイルさん。おやすみ」

 私は欠伸一つし、ぽかんと口を開けて固まっているカイルを無視してさっさと寝室に向かったのだった。
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