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第5話 矢文は卒業しましょう
しおりを挟む教師生活も始まってはや三日、私はとあることに悩まされていた。
それは……。
すこん、という小気味良い音と共に、矢が飛んできたかと思うと私の頬を掠めて後ろの壁に突き刺さる。
そしてその矢に巻き付いている紙には恐ろしいぐらいの達筆で『今日の授業もよろしくお願い致します。後海斗が欠席です。 そねみより』とご丁寧に書かれていた。
そう、私はこの不定期に飛んでくる矢文で眠れない夜を過ごしていたのだ。眠りが浅いためかついつい矢の風を切る音で飛び起きてしまうのである。
おまけにこの矢文、そねみからだけではなく鈴屋や凍花、カミラからも来るのでもう私の部屋の壁はボロボロだ。
しかもその内容と来たらちゃんとした連絡なんてものはそねみからぐらいで他の三人から来るのは他愛ない雑談なのだ。
「はぁ……別の連絡手段を教えなきゃな……」
また新たな教えることが出来たと私は一人でに頭を悩ませたのである。
◇◇◇
「……ということで今日は人間同士が連絡をするときに使う手段について教えます」
コホンと私は咳払いをひとつ。
教室を見渡すと確かに海斗が欠席のようだ。
鈴屋が得意気に胸を張ってこう言った。
「せんせー! 流石にそれはワシらも実践してまっせ、矢文でしゃろ?」
「うん、それは私たちも知ってますね」
そねみもうんうんと頷く。
「違う……!! まあ何百年も前の人たちはそうやって連絡を取り合ってたのかもしれないけど今はこのスマホっていう機械を使ってるの」
私はポケットからスマートフォンを取り出し、教卓の上に載せる。
するとあやかしたちはしばし不思議そうな目でスマホを眺め、すぐに笑い出した。
「ふふふ、流石に冗談がキツイです。こんな小さな箱で連絡なんて取れる訳がないですよ」
カミラさえも上品に笑い声をあげている。うーむ、ここまで人間社会に疎いとは思っていなかった。
すると、丁度ピコン♪という通知音と共に琴子から連絡が来た。
レインというコミュニケーションアプリのポップアップが表示され、『つむ、今度の土曜日暇? 』という彼女からのメッセージが送られてきた。
「ほら、こうやって連絡が来るの」
あやかしどもの動きが止まる。あれ? これでもまだ駄目かな……?
「……………すっげええええええ!!!!! 」
鈴屋の鼓膜を突き破るような大きな声を合図に、皆一斉に歓声をあげる。
「凄い凄い! 今の人間さんたちはこうやって連絡を取るんですね! 」
口数の少ない凍花ですら興奮ぎみに身を乗り出す。
「今の人間は矢文なんて使ってなくて、このレインというアプリ……って言っても分からないか。そういうツールを使ってるの」
「ワシもそのスマホ? レイン? とやら欲しい! どこで買うてくれば良いんや? 」
「えっと人間は携帯ショップで買うんだけど……あやかしはどうしたら良いんだろ」
「紬がワイらの分まで買うてきたらええやろ」
「いや~、それは契約とか諸々の関係で厳しいかも……」
「ええ……スマホ、買えないの? 」
凍花が目を潤ませて上目遣いでこちらを見る。そんな顔されても私にはどうしようも出来ないよ……。
すると今まで傍観を決めていたそねみが口を開いた。
「その辺りは大丈夫です。物の調達のプロたちがいますのでね」
「物の調達のプロ? 」
そねみが人差し指を自分の唇に当て軽くウインクをしてみせた。どうやら秘密ということらしい。
「まぁ、何はともあれスマホとやらは手に入るんやな!! いや~楽しみやわ」
「数百年で人間の進歩というものは凄いですね」
カミラが心底感心したようにうんうんと一人でに頷く。
「だからスマホが届いたら私に矢文はしないでね、頼むから」
はーい、と皆の声が合わさった。
これであの矢文地獄から解放される……! と私はガッツポーズを決めた。
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