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第3話 次の日
しおりを挟むあの後、どうやって私は家に帰ったのか覚えていない。気がついたら自分のベッドで眠りに落ちていた。
もしかして全て夢だったのだろうか? という淡い期待も机の上に置かれていた古い教科書が見事に打ち砕いてくれた。
そしてぼんやりと朝の準備をした私はいつも通りの電車に乗るため家を出たのである。
「あやかし……そんなものが存在するの? 」
「つむ、おっはよーう! 」
私の悩みを吹き飛ばすような明るい声。その主は私の幼なじみ、長月 琴子だった。
「おはよ」
私のことをつむと呼ぶのは彼女しかいない。茶髪のセミロングが特徴的な元気な女の子だ。
幼稚園から高校までずっと一緒で付き合いは長い。
「あれー、なんか元気なくない? 夜更かしでもしてた? 」
「うん、まぁね……」
「めっずらしー! いつも直ぐに寝ちゃうあのつむが……」
「……変なこと聞くけどさ、琴子はあやかしって信じる? 」
すると琴子は不思議そうな目で私を見つめるとぶふっと噴き出した。
「まっさか、そんなもんいるわけないない!」
「だよね」
そりゃそうだよね、と私は心の中で呟いた。遅くまで学校に残ってたらあやかしたちの先生にされました。なんて信じて貰える訳がない。
「つむってそんなオカルト話信じるタイプだったっけ? 」
「信じてないよ。でもま、ちょっと気になってね。ありがと」
「ふーん、よく分かんないけど解決したみたいで良かった」
すると琴子が右手首に着けている時計をパッと見ると、あーっ!!と大声をあげた。
「やばいよつむ、喋ってたらもうこんな時間! 走ろう! 」
「え、うわ。ちょっとゆっくりし過ぎたね」
「どっちが早く着くかしょーぶね! 負け方は肉まんおごり! 」
悪戯っぽく笑った琴子は猛スピードで走り出した。
「え、陸上部の琴子に勝てるわけないでしょ……!!」
そして運動が苦手な私はその背中を追っていくのだった。
◇◇◇
「……でここの活用形は」
古文の授業は退屈だ。昔の言葉なんて勉強して何になるのだろうといつも思っている。
そう思っているのは私だけじゃないようで、隣の席の男子生徒も机の下でこっそりスマホをいじっている。
私はと言うと、あのそねみから渡された教科書にやっと目を通す気になっていた。
古文の教科書に重ねるようにしてそれを開き、じっくりと目を通していく。
墨で書かれたその文字は滲んでいてかなり読みにくい。が、一応教科書という体裁は保っている。
が、肝心の中身はと言うとそれはもう酷いものであった。
・人間は食べてはいけません
・好みの人間がいたからといって拐ってはいけません
・人間は忘れっぽいので忘れられても怒ってはいけません
いかにもあやかしらしいその記述の数々。思わず背筋に冷たい汗が伝うのが分かった。
一見人間に見えても、彼らはその気になれば私を食べることに抵抗はない。
更に読み進めていこうとしたが、分厚さの割には文字が書かれたページは少なく、ほとんどが白紙であった。
「なんだこれ……? 教科書って言われたけど大した分量ないじゃん」
「何が大してないんだ? 日野」
ギクリとして恐る恐る後ろを振り向くとこめかみに血管を浮き上がらせた古文の木本先生がそこにいた。
「あ、えっと……」
「今は授業中だぞ、読書は休み時間にしなさい」
「はい、すいません……」
皆の注目が集まっているのが分かり、私は顔を隠してしまいたい気分だ。日野さんが怒られるなんて珍しいねーというクラスメイトの何気ないヒソヒソ声も私にとってはナイフと同じ。
「まったく、今度からはしないように」
私は消え入りそうな声ではい、と呟き、そのまま机に突っ伏したくなってしまった。
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