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もう1つの姿
しまっておこう
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ラズが見えなくなってしばらく、ミックは雪景色を眺めていた。穏やかで静かな風景とは対象的に、ミックの心はざわついていた。いくら景色を見ていても落ち着かないので、とりあえず宿に戻ることにした。
宿に着くと、一人部屋で毛布にくるまった。ベルはまだ帰ってきていない。
ラズがまだ旅を続ける気になってくれたのは良かった。本当に嬉しい。みんなに早く報告したかった。しかし、樅の木の下での出来事は、ミックを混乱させた。とてもじゃないがあの時またラズと一緒に歩くことはできなかった。
敵や危険から身を護るためではなく、男性からあんな風に抱きしめられたのは初めてだった。ベルの全力で愛情を示すような、力強いハグとは違った。あれはあれで、好きだが。
ラズは…始めはそっと、とても大切なものを扱うように、そして次にぎゅっと、側にいることを懇願するかのように、最後は優しく、名残惜しそうにふわっと離した。思い返して自分の顔が赤くなるのを感じた。
「どういうこと!?え?つまり…どういうこと!?」
真名も教えてくれた。ラズは、すでにミックの真名を知っている。ミックを助けるために心の中に潜ったときに知った。だから、教えてくれたのだろうか。しかし、ラズの表情や声音は、そういった義理やリスク回避のために、自分の真名を伝えている感じではなかった。さすがのミックでもわかった。あの時のラズは、とても切ない顔をしていた。
自分の意志で、ミックに知っていてほしいと思って、真名を伝えたのだとしたら、つまり…。
「ラズが私のことを…いやいやいや!」
自分で言おうとして言い切れなかった。あのラズだ。そういう風に誰かのことを想うのだろうか。自分が勝手にそう捉えているだけかもしれない。いや、しかしあの感じは…ミックは一人毛布にくるまったまま、うあーっと呻きながらベッドの上をごろごろと動き回った。
「あなた、何やってるの?」
ベルが戻ってきて、ベッドの上で悶ているミックを不思議そうに眺めた。
察しのよいベルに隠し事はできなかった。ラズに抱きしめられたことと真名を教えてもらったことを、あっという間に吐かされてしまった。
「で、あなたはどうしたいの?」
ベルはなんだかとても楽しそうだ。
「どうしたいって…わかんないよ。ラズが一緒に旅を続けてくれる気になったのは嬉しいけど…。」
本音だ。一体自分はどうしたいのだ。わかっているのは、抱きしめられたのが嫌ではなかったことと、ラズと一緒にいられることに安心していることだけだった。
「ふうん…じゃ、別に何もしなくてもいいんじゃない?私が思うに、答えは既にあなたの中にあるわ。そのうち自ずと出てくるわよ。」
ベルの言葉はいつも心を軽くしてくれる。そうだ。ラズに何かを求められたわけではない。そして、わからないものはわからないのだ。悩んでも仕方ない。
ミックは以前と同じように、ラズを含め仲間を大切にしながら旅を続けようと決めた。この恥ずかしいような嬉しいような、少しくすぐったい気持ちは、時が来るまでそっとしまっておこう。
シュートはモデローザ名物のスノードームをラズに買って帰ってきた。
「どうだ、綺麗だろ!」
「…今後、これを持ち歩いて旅をしろというのか。」
わざわざ買ってきてくれたことは嬉しかったが、素直にその喜びが表現できるほどラズは器用ではなかった。ラズの辛辣な言葉にシュートは怯むことなく、得意げに箱を差し出した。
「お前のことだから、そう言うと思ったぜ!ここに滞在している間は部屋に飾って、ここをたつときはこれに入れて王都のお前の家に送ればいい。」
箱には宅急便の伝票が貼ってあった。シュートにしては用意周到だ。
「俺のアイディアだよ。」
「あ、何でバラしちまうんだよ。」
ごめんごめん、と言いながらディルは笑っている。シュートも少しは成長したのかと
思ったが、違った。
「ところで、今『今後』って言ったね。また旅を一緒に続ける覚悟ができたのかな?」
ディルは相変わらず耳聡い。ラズは頷いた。
「迷惑をかけた。俺は今後も旅の目的を達成するために、お前達と戦い続ける。」
ディルとシュートは顔を見合わせた。次の瞬間、シュートがうおおおーと泣きながらラズに抱きついてきた。
…暑苦しい。何とかしてくれとディルを見たが、少しそのままにしてあげなよ、と言うようににっこり微笑んだだけだった。
宿に着くと、一人部屋で毛布にくるまった。ベルはまだ帰ってきていない。
ラズがまだ旅を続ける気になってくれたのは良かった。本当に嬉しい。みんなに早く報告したかった。しかし、樅の木の下での出来事は、ミックを混乱させた。とてもじゃないがあの時またラズと一緒に歩くことはできなかった。
敵や危険から身を護るためではなく、男性からあんな風に抱きしめられたのは初めてだった。ベルの全力で愛情を示すような、力強いハグとは違った。あれはあれで、好きだが。
ラズは…始めはそっと、とても大切なものを扱うように、そして次にぎゅっと、側にいることを懇願するかのように、最後は優しく、名残惜しそうにふわっと離した。思い返して自分の顔が赤くなるのを感じた。
「どういうこと!?え?つまり…どういうこと!?」
真名も教えてくれた。ラズは、すでにミックの真名を知っている。ミックを助けるために心の中に潜ったときに知った。だから、教えてくれたのだろうか。しかし、ラズの表情や声音は、そういった義理やリスク回避のために、自分の真名を伝えている感じではなかった。さすがのミックでもわかった。あの時のラズは、とても切ない顔をしていた。
自分の意志で、ミックに知っていてほしいと思って、真名を伝えたのだとしたら、つまり…。
「ラズが私のことを…いやいやいや!」
自分で言おうとして言い切れなかった。あのラズだ。そういう風に誰かのことを想うのだろうか。自分が勝手にそう捉えているだけかもしれない。いや、しかしあの感じは…ミックは一人毛布にくるまったまま、うあーっと呻きながらベッドの上をごろごろと動き回った。
「あなた、何やってるの?」
ベルが戻ってきて、ベッドの上で悶ているミックを不思議そうに眺めた。
察しのよいベルに隠し事はできなかった。ラズに抱きしめられたことと真名を教えてもらったことを、あっという間に吐かされてしまった。
「で、あなたはどうしたいの?」
ベルはなんだかとても楽しそうだ。
「どうしたいって…わかんないよ。ラズが一緒に旅を続けてくれる気になったのは嬉しいけど…。」
本音だ。一体自分はどうしたいのだ。わかっているのは、抱きしめられたのが嫌ではなかったことと、ラズと一緒にいられることに安心していることだけだった。
「ふうん…じゃ、別に何もしなくてもいいんじゃない?私が思うに、答えは既にあなたの中にあるわ。そのうち自ずと出てくるわよ。」
ベルの言葉はいつも心を軽くしてくれる。そうだ。ラズに何かを求められたわけではない。そして、わからないものはわからないのだ。悩んでも仕方ない。
ミックは以前と同じように、ラズを含め仲間を大切にしながら旅を続けようと決めた。この恥ずかしいような嬉しいような、少しくすぐったい気持ちは、時が来るまでそっとしまっておこう。
シュートはモデローザ名物のスノードームをラズに買って帰ってきた。
「どうだ、綺麗だろ!」
「…今後、これを持ち歩いて旅をしろというのか。」
わざわざ買ってきてくれたことは嬉しかったが、素直にその喜びが表現できるほどラズは器用ではなかった。ラズの辛辣な言葉にシュートは怯むことなく、得意げに箱を差し出した。
「お前のことだから、そう言うと思ったぜ!ここに滞在している間は部屋に飾って、ここをたつときはこれに入れて王都のお前の家に送ればいい。」
箱には宅急便の伝票が貼ってあった。シュートにしては用意周到だ。
「俺のアイディアだよ。」
「あ、何でバラしちまうんだよ。」
ごめんごめん、と言いながらディルは笑っている。シュートも少しは成長したのかと
思ったが、違った。
「ところで、今『今後』って言ったね。また旅を一緒に続ける覚悟ができたのかな?」
ディルは相変わらず耳聡い。ラズは頷いた。
「迷惑をかけた。俺は今後も旅の目的を達成するために、お前達と戦い続ける。」
ディルとシュートは顔を見合わせた。次の瞬間、シュートがうおおおーと泣きながらラズに抱きついてきた。
…暑苦しい。何とかしてくれとディルを見たが、少しそのままにしてあげなよ、と言うようににっこり微笑んだだけだった。
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