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もう1つの姿
楽しいこと
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「そりゃそうだよ。俺はお前がすげぇやつだって知ってる。俺達のこと大切に思ってくれてるのも。そんな奴が一緒にいてくれたら頼もしいにきまってるじゃねぇか。」
即答したシュートの声に迷いの響きはなかった。ミック、ディル、ベルも頷いた。
ラズは泣きそうな顔をして、何も言わずうつむいてしまった。
ラズはきっとシュートが嘘をついていないことをわかっている。それでも、自分のことを心の片隅では恐れたり嫌悪したりしているのではと、どうしても考えてしまうのだろう、とミックは思った。今までの人生で、恐らく色んな人からそんな眼差しを向けられてきたのだから仕方ない。
しかし、ミックはどうにかして信じてほしかった。この旅の仲間は一人もラズのことを忌み嫌っていない。
ラズはずっと気を張っていたのかもしれない。常に秘密を隠さなくてはいけない。秘密を知っているものには、自分が有用であると思わせなくては、命を取られるかもしれないという環境で生きてきたのだ。自分の価値を、何かを成し遂げることで証明しなくては生きていられない。
人と話したり、物語を読んだり、美味しいものを食べたりといった一般的な人生の楽しみを、ことごとく自分から遠ざけて生きてきたのではないか。「自分が楽しんでいる・何も成し遂げていない=自分に価値はない=死」という方程式がラズの中には出来上がっていたのかもしれない。ミックは自分の心の暗闇の中で、ラズが言ってくれた言葉を思い返した。
『…そんな大層なものを持っていなくても、生きていていいんだと、存在していること自体を楽しんでいいんだと言われている気がして。』
それがラズにとって、どれほど大きな意味を持っているかなんて、あの時は考えられなかった。突然、ミックは閃いた。
「ラズ、楽しいことしよ!明日雪まつりを見に行こう!街を散策しよう!」
ラズの問いかけに返事にならないことを言い出すミックを、ラズは不思議そうな顔で見た。あ、これは「貴様…バカか?」って言われるパターンだ、とミックは暴言を受ける覚悟をしたが、ラズは何も言わなかった。
「そうしなさい!今日はもう疲れただろうから、スープを飲んでしっかり休んで。明日はミックと遊びなさい。調査は私達でやるわ。」
ベルが反論を許さぬ勢いで決定を下した。
部屋に戻ってベッドに潜り込みながら、ミックはラズのことを考えた。
「私…なんかすごく場違いなこと言った?」
ベルは寝支度を整えながら、にっこりと微笑みミックを見た。
「いいえ、最高よ。ラズに存在していていいんだと実感してもらいたいのよね。そして、私達が彼を信頼していると信じてほしいのよね?貴女らしい言葉だったわ。」
仲間の言葉にいつも救われる、と感謝しながらミックは眠りについた。
次の日、ミックはラズと一緒に二人で街へでかけた。ラズが夜の間にどこかへ行ってしまっていたらどうしよう、と少し心配していたが杞憂に終わった。
「ディルに言いくるめられた。『ラズがどこに行ったって、姉さんは魔力の気配をもう覚えたから、俺達は追えるよ。どんなに危険な場所でも行くからね。勝手にいなくなるのはなし!』とな。」
中央通りには、雪の像が配置され、多くの人で賑わっていた。午前の柔らかな日差しに当たってキラキラと輝いている。モチーフは動物が多いようだったが、中には歴史上の人物や有名な物語の登場人物の雪像もあった。
「あ、あれ!『ジーニヤルク物語』の主人公と相棒の犬だ!」
ミックはお気に入りの冒険物語の登場人物を見つけて、思わず駆け寄った。主人公は剣の達人で、相棒と共に世界の平和のために戦う。様々な困難を乗り越えて、最後には悪魔を倒すのだ。子供の頃、その主人公の姿と父親を重ねて見ていた。
雪像は挿絵のまんまだった。再現度の高さにほうっと溜息をついた。はっとして振り向くとラズは歩いて着いてきていた。ラズのために外出しているはずなのに、自分が楽しんでしまった。
「ごめん、ちょっと興奮しちゃって…ひっくしゅん!!」
ラズの表情は昨日から変わらず暗いままだったが、僅かに微笑んだように見えた。
「お前は雪国を甘く見過ぎだ。」
ラズは自分の巻いていたマフラーを外し、ミックに巻いた。とても温かい。しかし…
「ラズが寒くなっちゃうよ。」
「俺はかなり着込んできた。暑いくらいだ。」
そう言って、マフラーを外そうとするミックを止めた。ありがたく拝借することにした。ミックはラズが、こういったさり気ない優しさも持ち合わせていることを知っている。半分ガラだと知っただけで、拒否する気持ちが生まれるわけなかった。
即答したシュートの声に迷いの響きはなかった。ミック、ディル、ベルも頷いた。
ラズは泣きそうな顔をして、何も言わずうつむいてしまった。
ラズはきっとシュートが嘘をついていないことをわかっている。それでも、自分のことを心の片隅では恐れたり嫌悪したりしているのではと、どうしても考えてしまうのだろう、とミックは思った。今までの人生で、恐らく色んな人からそんな眼差しを向けられてきたのだから仕方ない。
しかし、ミックはどうにかして信じてほしかった。この旅の仲間は一人もラズのことを忌み嫌っていない。
ラズはずっと気を張っていたのかもしれない。常に秘密を隠さなくてはいけない。秘密を知っているものには、自分が有用であると思わせなくては、命を取られるかもしれないという環境で生きてきたのだ。自分の価値を、何かを成し遂げることで証明しなくては生きていられない。
人と話したり、物語を読んだり、美味しいものを食べたりといった一般的な人生の楽しみを、ことごとく自分から遠ざけて生きてきたのではないか。「自分が楽しんでいる・何も成し遂げていない=自分に価値はない=死」という方程式がラズの中には出来上がっていたのかもしれない。ミックは自分の心の暗闇の中で、ラズが言ってくれた言葉を思い返した。
『…そんな大層なものを持っていなくても、生きていていいんだと、存在していること自体を楽しんでいいんだと言われている気がして。』
それがラズにとって、どれほど大きな意味を持っているかなんて、あの時は考えられなかった。突然、ミックは閃いた。
「ラズ、楽しいことしよ!明日雪まつりを見に行こう!街を散策しよう!」
ラズの問いかけに返事にならないことを言い出すミックを、ラズは不思議そうな顔で見た。あ、これは「貴様…バカか?」って言われるパターンだ、とミックは暴言を受ける覚悟をしたが、ラズは何も言わなかった。
「そうしなさい!今日はもう疲れただろうから、スープを飲んでしっかり休んで。明日はミックと遊びなさい。調査は私達でやるわ。」
ベルが反論を許さぬ勢いで決定を下した。
部屋に戻ってベッドに潜り込みながら、ミックはラズのことを考えた。
「私…なんかすごく場違いなこと言った?」
ベルは寝支度を整えながら、にっこりと微笑みミックを見た。
「いいえ、最高よ。ラズに存在していていいんだと実感してもらいたいのよね。そして、私達が彼を信頼していると信じてほしいのよね?貴女らしい言葉だったわ。」
仲間の言葉にいつも救われる、と感謝しながらミックは眠りについた。
次の日、ミックはラズと一緒に二人で街へでかけた。ラズが夜の間にどこかへ行ってしまっていたらどうしよう、と少し心配していたが杞憂に終わった。
「ディルに言いくるめられた。『ラズがどこに行ったって、姉さんは魔力の気配をもう覚えたから、俺達は追えるよ。どんなに危険な場所でも行くからね。勝手にいなくなるのはなし!』とな。」
中央通りには、雪の像が配置され、多くの人で賑わっていた。午前の柔らかな日差しに当たってキラキラと輝いている。モチーフは動物が多いようだったが、中には歴史上の人物や有名な物語の登場人物の雪像もあった。
「あ、あれ!『ジーニヤルク物語』の主人公と相棒の犬だ!」
ミックはお気に入りの冒険物語の登場人物を見つけて、思わず駆け寄った。主人公は剣の達人で、相棒と共に世界の平和のために戦う。様々な困難を乗り越えて、最後には悪魔を倒すのだ。子供の頃、その主人公の姿と父親を重ねて見ていた。
雪像は挿絵のまんまだった。再現度の高さにほうっと溜息をついた。はっとして振り向くとラズは歩いて着いてきていた。ラズのために外出しているはずなのに、自分が楽しんでしまった。
「ごめん、ちょっと興奮しちゃって…ひっくしゅん!!」
ラズの表情は昨日から変わらず暗いままだったが、僅かに微笑んだように見えた。
「お前は雪国を甘く見過ぎだ。」
ラズは自分の巻いていたマフラーを外し、ミックに巻いた。とても温かい。しかし…
「ラズが寒くなっちゃうよ。」
「俺はかなり着込んできた。暑いくらいだ。」
そう言って、マフラーを外そうとするミックを止めた。ありがたく拝借することにした。ミックはラズが、こういったさり気ない優しさも持ち合わせていることを知っている。半分ガラだと知っただけで、拒否する気持ちが生まれるわけなかった。
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