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潜入
何でもないやり取り
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ラズが目を開けると宿屋の部屋だった。ミックはベッドの上で上体を起こして目をぱちくりとさせている。あの何も見ていない淀んだ目ではない。いつもの明るい光をたたえた目だ。
「あれ…私ラズとどっかで話してたよね?」
不思議そうな顔をするミックを、ベルが思い切り抱きしめた。
シュートとディルは、ミックが目覚めたことをとても喜んだ。
「これ、買っといたんだ!」
シュートはウィンストールチェックの大判のショールと帽子と手袋をミックに渡した。数日前の「なんとかしてやりてぇな」がこの様な形で表現されたことに、ラズは呆れた。そういう問題ではないだろう。
「えー、こんなに!ありがとう!!すごいよ、シュート!!」
ミックは大喜びだ。もらったものをすべて身につけ、何とも言えないコーディネートになった。ラズは自分が間違っているのかと人の心がわからなくなった。また、自分のファッションセンスに不安を覚えた。チェック柄で小物を揃えるのはお洒落なのか…?
「それで、調子はどう?大丈夫?」
ディルはミックに買ってきたスープを手渡した。
「うん!最初はちょっと混乱したけど…ラズが全部説明してくれた。」
ミックは美味しそうにコーンスープをスプーンで一口飲んだ。まだ少し心配そうなディルに、ミックは笑顔を向けた。
「もう、大丈夫!ラズが救いの言葉を沢山くれた。」
「そっか。なら良かった。パンもあるから、よかったら食べて。」
そう机の上を指し示し、ディルは眠るベルを見やった。ベルはミックを思い切り抱きしめたあと、そのまままた眠ってしまった。
「あ、ちなみに私の真名は路望(ろみ)だよ。ラズとベルだけが知ってるのも変な感じだから、伝えておくよ。」
何でもないことのように自分の大切な秘密を話すミックを、ディルとシュートは目を丸くして見つめた。
「私が知っててほしいんだ。みんなのことを私は心から信頼してる。万が一また闇に囚われても、真名を呼んでもらえれば、きっと私はすぐに戻ってこられる。みんながいてくれるって思えるから。」
珍しく真面目な顔のミックに、ディルとシュートは頷いた。
ミックは一週間近く何も食べていなかったからか、あっという間にスープとパンを平らげた。シュートは胃に負担を与えるからやめておけと止めたが、おやつのドーナツも二個食べた。
「大丈夫だよ。だってお腹空いてるもの。それにさ、人生の中で何回食事ができるか考えてみてよ?一回一回好きなもの食べなきゃ!」
確かにそうだな、とあっさりドクターストップを解いてしまうシュートのみぞおちに、ラズは肘打ちをした。
「うぐっ…何すんだ!」
「患者の言うことをそんなにすんなり聞く医者がいるか。体のことを考えろ。」
「お前、散々医者の言うこと無視しといてよく言うな。」
「う…。」
返す言葉がない。今自分がミックのことを心配しているのと同じような気持ちで、シュートたちがベッドから動かないよう言いつけていたのだと思うと、本当に何も言えない。ミックがくすくすと笑っている。
「それにな、俺はミックが元気に飯食ってんのが嬉しいんだ。心も元気な証拠だ。まあ、あとで多少腹が痛くなるかもしれないが、それは本人も了承してるし、胃薬は持ってるし。」
「いや、お腹が痛くなることは聞いたけど、了承したわけじゃないよ!」
食うのやめねぇんだから同じことだ、と笑って返すシュートに、ミックは痛くならないもん!と意地を張った。そのやり取りを見て、ラズの口元は緩んだ。このなんでもない、くだらないやりとりを失いたくない、と改めて思った。
「あれ…私ラズとどっかで話してたよね?」
不思議そうな顔をするミックを、ベルが思い切り抱きしめた。
シュートとディルは、ミックが目覚めたことをとても喜んだ。
「これ、買っといたんだ!」
シュートはウィンストールチェックの大判のショールと帽子と手袋をミックに渡した。数日前の「なんとかしてやりてぇな」がこの様な形で表現されたことに、ラズは呆れた。そういう問題ではないだろう。
「えー、こんなに!ありがとう!!すごいよ、シュート!!」
ミックは大喜びだ。もらったものをすべて身につけ、何とも言えないコーディネートになった。ラズは自分が間違っているのかと人の心がわからなくなった。また、自分のファッションセンスに不安を覚えた。チェック柄で小物を揃えるのはお洒落なのか…?
「それで、調子はどう?大丈夫?」
ディルはミックに買ってきたスープを手渡した。
「うん!最初はちょっと混乱したけど…ラズが全部説明してくれた。」
ミックは美味しそうにコーンスープをスプーンで一口飲んだ。まだ少し心配そうなディルに、ミックは笑顔を向けた。
「もう、大丈夫!ラズが救いの言葉を沢山くれた。」
「そっか。なら良かった。パンもあるから、よかったら食べて。」
そう机の上を指し示し、ディルは眠るベルを見やった。ベルはミックを思い切り抱きしめたあと、そのまままた眠ってしまった。
「あ、ちなみに私の真名は路望(ろみ)だよ。ラズとベルだけが知ってるのも変な感じだから、伝えておくよ。」
何でもないことのように自分の大切な秘密を話すミックを、ディルとシュートは目を丸くして見つめた。
「私が知っててほしいんだ。みんなのことを私は心から信頼してる。万が一また闇に囚われても、真名を呼んでもらえれば、きっと私はすぐに戻ってこられる。みんながいてくれるって思えるから。」
珍しく真面目な顔のミックに、ディルとシュートは頷いた。
ミックは一週間近く何も食べていなかったからか、あっという間にスープとパンを平らげた。シュートは胃に負担を与えるからやめておけと止めたが、おやつのドーナツも二個食べた。
「大丈夫だよ。だってお腹空いてるもの。それにさ、人生の中で何回食事ができるか考えてみてよ?一回一回好きなもの食べなきゃ!」
確かにそうだな、とあっさりドクターストップを解いてしまうシュートのみぞおちに、ラズは肘打ちをした。
「うぐっ…何すんだ!」
「患者の言うことをそんなにすんなり聞く医者がいるか。体のことを考えろ。」
「お前、散々医者の言うこと無視しといてよく言うな。」
「う…。」
返す言葉がない。今自分がミックのことを心配しているのと同じような気持ちで、シュートたちがベッドから動かないよう言いつけていたのだと思うと、本当に何も言えない。ミックがくすくすと笑っている。
「それにな、俺はミックが元気に飯食ってんのが嬉しいんだ。心も元気な証拠だ。まあ、あとで多少腹が痛くなるかもしれないが、それは本人も了承してるし、胃薬は持ってるし。」
「いや、お腹が痛くなることは聞いたけど、了承したわけじゃないよ!」
食うのやめねぇんだから同じことだ、と笑って返すシュートに、ミックは痛くならないもん!と意地を張った。そのやり取りを見て、ラズの口元は緩んだ。このなんでもない、くだらないやりとりを失いたくない、と改めて思った。
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