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どろりとした黒いもの
許し
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ミックはガバっと起き上がった。
「ラズ!!」
「うるさい。無事だ。」
体の下にいるラズは、顔や手に細かい傷があるものの、声は元気そうだ。
「まず、自分の体を確かめろ。」
そう言われて、ミックは立ち上がった。ロープは切れていた。手や足を確認してみたが、折れてはいないし、捻挫もしていない。奇跡的に怪我はなかった。
崖の下はそこまで霧が濃くなかった。ミックは、立ち上がったラズをじっと見つめて観察した。上半身の防具にひびが入っている。ラズはそれを外してその場に捨てた。
「なんだ?」
「ラズは怪我してないの?また隠してない?」
そう言われてラズは左足のブーツを脱いだ。少し腫れている。
「軽い捻挫だ。固定すれば歩ける。」
ミックはシュートが念の為全員持っておけと渡してくれた救急セットから包帯を取り出し、ラズの左足に巻き付けた。シュートほど手際は良くないが、テーピングのやり方は知っていたので、なんとか固定できた。
「よし、オッケー!正直に言ってくれて嬉しいよ。」
ブーツを履き直しながら、ラズはふんっと鼻を鳴らした。
「あと、ありがとう。ラズが庇ってくれなかったら大怪我してたかもしれない。」
「あれが最善だと思っただけだ。怪我をした貴様を担いで移動するよりは、自分が怪我をしたほうがマシだ。俺は治りが早い。」
そうやって合理的に判断したと言い切るが、だからといってあんな状況で自分より周りの人間を優先して庇える人はなかなかいない。
「ラズー!ミックー!!」
シュートの声だ。まだ、霧で覆われている崖の上から聞こえた。
「二人とも無事だよー!!」
ミックは叫び返した。叫んできたということは、野盗は遠ざかったのだろう。無事で何よりだ。
「俺達がそっちに行くのはリスクが大きすぎる!ウィンストールで合流だ!ここから北西に進め!」
シュートの指示にわかったと叫び返してミックはぼんやりと見える太陽の位置を確認し、ラズとともに歩き出した。
ディルは一日歩けば抜けると言っていたが、霧が崖上並に濃くなったせいか地形に阻まれて思うように進めない所が何箇所かあったせいか、夕方頃になっても森は終わらなかった。
ミックとラズは野宿の準備をした。場所を探したりまきを拾ったりしているうちにあっという間に夜になってしまった。火を起こし夕食の準備をした。昼間は何も獲物を取ることができなかったので、保存食の干し肉を炙って食べることにした。
ミックがぼんやりとあぶられる肉とチロチロと動く火を眺めていると、ラズが口を開いた。
「まだ剣は使えないのか?」
まさかラズの方から話しかけてくるとは思っていなかったので、驚いて火の中に肉を落としてしまった。慌てて枝で挟んで拾い上げた。表面は真っ黒になっているが、食べることはできそうだ。
「うん、まだだね…。持つたびに手が震えるんだ。なんだかとにかく恐くてさ。」
ミックは干し肉を口に入れた。焦げたところは苦いが、いける。
「原因は、ジークの死か?」
なかなか噛み切れない干し肉を咥えたままミックはラズを見た。ラズも火からミックへと視線を移した。
「…言いたくなければいい。」
ラズはまた火へと視線を戻した。ミックは干し肉を噛みちぎり、よくかんで飲み込んだ。
「そうだよ。父さんが死んだ時、私は近くにいて剣を握っていた。でも…私はなんの役にも立たず守られただけだったみたい。」
「みたい?」
「ほとんど覚えてないんだ、その時のこと。気付いたらベッドの上で…隣で母さんが泣いてた。」
ミックがその時のことで覚えているのは、血だらけで何かを訴えるようにミックの方を見る父の姿だけだった。今でもたまに夢に見る。夢の中で父を救おうと必死に動こうとするが、結局何もできず助けられない。深い悲しみと無力感に襲われ目が覚める。
「貴様が剣を使えたら…ジークは喜ぶだろうな。」
ラズはどうしてこう救いを与えるような言葉を言えるのだろう。
剣を使えるようになりたいとずっと思いつつ、あの時役立てられなかったのに、父を助けられなかったのに、そんな奴に剣を使う資格があるのだろうかと黒く淀んだ気持ちを持ち続けていた。
剣を扱うことを父は許してくれないのではないだろうか、と。
「そうだといいなぁ…。」
ミックは残りの干し肉を食べだした。ラズも自分の分を黙って食べた。
次の日は良く晴れていた。木々の合間から陽の光が入り、昨日よりは少し森の陰気な雰囲気が薄まった。
しかし、その雰囲気が続いたのは朝のうちだけだった。昼近くになり、もう少しで森を出られそうだと地図で確認している間にまたどんよりと曇ってきてしまった。
沼地が近いからか、地面も水分を多く含んでおりびちゃびちゃしていて歩きにくくなってきた。先を歩いていたラズが急に立ち止まり右手で拳を作った。止まれの合図だ。
ミックは歩みを止め、息を殺して辺りをうかがった。ラズは木の陰に隠れ、前方を指さした。ミックも身を潜めつつ、指し示された場所を見た。ぼんやりと炎が見える。焚き火だ。その周りに人が五人程座っている。武器はまとめて一所に置かれている。早めの昼食を取っているようだ。
「…スピア達だ。追ってきたのか。」
ラズが剣を抜いた。脅しは効かなかったのだろうか。素直に王都へ戻るのなら、この森を通る必要はない。ミックはできることなら近衛兵とは戦いたくなかったが、仕方ないと諦めた。あの焚き火の向こう側が目的地だ。迂回していってもいいが、気付かれて逆にこちらが奇襲をかけられる恐れがある。彼らはミック達の命を奪うことに躊躇がない。ミックは矢を構えた。
「ラズ!!」
「うるさい。無事だ。」
体の下にいるラズは、顔や手に細かい傷があるものの、声は元気そうだ。
「まず、自分の体を確かめろ。」
そう言われて、ミックは立ち上がった。ロープは切れていた。手や足を確認してみたが、折れてはいないし、捻挫もしていない。奇跡的に怪我はなかった。
崖の下はそこまで霧が濃くなかった。ミックは、立ち上がったラズをじっと見つめて観察した。上半身の防具にひびが入っている。ラズはそれを外してその場に捨てた。
「なんだ?」
「ラズは怪我してないの?また隠してない?」
そう言われてラズは左足のブーツを脱いだ。少し腫れている。
「軽い捻挫だ。固定すれば歩ける。」
ミックはシュートが念の為全員持っておけと渡してくれた救急セットから包帯を取り出し、ラズの左足に巻き付けた。シュートほど手際は良くないが、テーピングのやり方は知っていたので、なんとか固定できた。
「よし、オッケー!正直に言ってくれて嬉しいよ。」
ブーツを履き直しながら、ラズはふんっと鼻を鳴らした。
「あと、ありがとう。ラズが庇ってくれなかったら大怪我してたかもしれない。」
「あれが最善だと思っただけだ。怪我をした貴様を担いで移動するよりは、自分が怪我をしたほうがマシだ。俺は治りが早い。」
そうやって合理的に判断したと言い切るが、だからといってあんな状況で自分より周りの人間を優先して庇える人はなかなかいない。
「ラズー!ミックー!!」
シュートの声だ。まだ、霧で覆われている崖の上から聞こえた。
「二人とも無事だよー!!」
ミックは叫び返した。叫んできたということは、野盗は遠ざかったのだろう。無事で何よりだ。
「俺達がそっちに行くのはリスクが大きすぎる!ウィンストールで合流だ!ここから北西に進め!」
シュートの指示にわかったと叫び返してミックはぼんやりと見える太陽の位置を確認し、ラズとともに歩き出した。
ディルは一日歩けば抜けると言っていたが、霧が崖上並に濃くなったせいか地形に阻まれて思うように進めない所が何箇所かあったせいか、夕方頃になっても森は終わらなかった。
ミックとラズは野宿の準備をした。場所を探したりまきを拾ったりしているうちにあっという間に夜になってしまった。火を起こし夕食の準備をした。昼間は何も獲物を取ることができなかったので、保存食の干し肉を炙って食べることにした。
ミックがぼんやりとあぶられる肉とチロチロと動く火を眺めていると、ラズが口を開いた。
「まだ剣は使えないのか?」
まさかラズの方から話しかけてくるとは思っていなかったので、驚いて火の中に肉を落としてしまった。慌てて枝で挟んで拾い上げた。表面は真っ黒になっているが、食べることはできそうだ。
「うん、まだだね…。持つたびに手が震えるんだ。なんだかとにかく恐くてさ。」
ミックは干し肉を口に入れた。焦げたところは苦いが、いける。
「原因は、ジークの死か?」
なかなか噛み切れない干し肉を咥えたままミックはラズを見た。ラズも火からミックへと視線を移した。
「…言いたくなければいい。」
ラズはまた火へと視線を戻した。ミックは干し肉を噛みちぎり、よくかんで飲み込んだ。
「そうだよ。父さんが死んだ時、私は近くにいて剣を握っていた。でも…私はなんの役にも立たず守られただけだったみたい。」
「みたい?」
「ほとんど覚えてないんだ、その時のこと。気付いたらベッドの上で…隣で母さんが泣いてた。」
ミックがその時のことで覚えているのは、血だらけで何かを訴えるようにミックの方を見る父の姿だけだった。今でもたまに夢に見る。夢の中で父を救おうと必死に動こうとするが、結局何もできず助けられない。深い悲しみと無力感に襲われ目が覚める。
「貴様が剣を使えたら…ジークは喜ぶだろうな。」
ラズはどうしてこう救いを与えるような言葉を言えるのだろう。
剣を使えるようになりたいとずっと思いつつ、あの時役立てられなかったのに、父を助けられなかったのに、そんな奴に剣を使う資格があるのだろうかと黒く淀んだ気持ちを持ち続けていた。
剣を扱うことを父は許してくれないのではないだろうか、と。
「そうだといいなぁ…。」
ミックは残りの干し肉を食べだした。ラズも自分の分を黙って食べた。
次の日は良く晴れていた。木々の合間から陽の光が入り、昨日よりは少し森の陰気な雰囲気が薄まった。
しかし、その雰囲気が続いたのは朝のうちだけだった。昼近くになり、もう少しで森を出られそうだと地図で確認している間にまたどんよりと曇ってきてしまった。
沼地が近いからか、地面も水分を多く含んでおりびちゃびちゃしていて歩きにくくなってきた。先を歩いていたラズが急に立ち止まり右手で拳を作った。止まれの合図だ。
ミックは歩みを止め、息を殺して辺りをうかがった。ラズは木の陰に隠れ、前方を指さした。ミックも身を潜めつつ、指し示された場所を見た。ぼんやりと炎が見える。焚き火だ。その周りに人が五人程座っている。武器はまとめて一所に置かれている。早めの昼食を取っているようだ。
「…スピア達だ。追ってきたのか。」
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