BLAZE

鈴木まる

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選ばれた理由

辞意

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 やはり右側の通路がベルの知っていた道だったようで、マルビナ近くの井戸の下にその日のうちに着いたそうだ。ベルとディルはそこをよじ登ることができたが、クリフはそうはいかない。

どうしたものかと途方に暮れていると、運良くさすらい人の一団、鷹の塊が近くを通りかかった。そこに助けを求め、ロープを使い大人数で引き上げたそうだ。

「で、お礼と路銀を稼ぐのも兼ねて、広場で見世物をしてたってわけ。」

なるほど、さすらい人は違う塊であっても、お互い助け合うのか、とミックは感心してしまった。

 
 夜、シュートとも無事合流できたミック達は鷹の塊のキャンプで夕食を取った。焚き火の周りで、丸太をベンチにしてわいわいと賑やかな食事だった。

「その興行はどうだったんだ?」
「大盛況だったぞ!」

シュートの質問に一緒に火を囲んでいた鷹の塊のリードが答えた。

「ベルもディルもそれぞれファンが付いちまうくらい人気だったぞ。」

今日の座長はリードだった。ベルの情熱的で魅力たっぷりの踊り、ディルのナイフ投げや軽業のパフォーマンスは拍手喝采だったそうだ。投げ銭もいつもより多かったらしい。

「明日も興行はあるが、お前たち出てくれんのか?」
「そうだな…仲間が揃ったから、明日は調査の方に行かないとかな。」

ディルは申し訳無さそうにリードの誘いを断った。

ディルは、自分達は王都周辺の地域のガラやゾルの出現調査をしている、ということにしていた。厳密には違う目的で動いているが、嘘ではないので、ミックは助かっている。変なことを口走ったり怪しげな態度を取ったりすることがない。

「残念だな。また機会があればいつでも歓迎するぜ。」
「ありがとう。とっても助かったし、楽しかったから、またぜひ参加させてほしいわ。」

ミックはベルの踊りもディルの軽業も見ることができなかったので、少し残念だった。

「リード、この街には情報屋はあるのかな?」

情報屋…?ミックが夕方散策して見た限りでは、そのような店はなかった。王都でも聞いたことがない。

「ああ、もちろん!俺達はここを拠点にすることが多いからよく使ってるぜ。明日誰かに案内させるよ。」

不思議そうな顔をしているミックとシュートにベルが説明した。

「情報屋っていうのは、名前の通り、情報を扱っているお店。さすらい人は専ら売る側で利用するわ。」

そう言われても、いまいちピンとこない。さすらい人の他に、どんな時に誰が利用するのだろうか。

「怪しげな商売だな。」

ミックはシュートの言うことにうんうんと頷いた。

「探偵業の人が使うことが多いんじゃないかな。顧客情報は漏らさないから知らないけど、場合によっては裏稼業の人も使ってるかもね。」

ディルは事も無げに言ったが、つまりそれは犯罪の手助けをしているということだ。ミックのような近衛兵や一般人のシュートが知らないわけだ。




 次の日、ミックとベル、ディルはその日の鷹の塊の興行に出ない若者に案内されて、情報屋へと向かった。シュートは大図書館へ行き、引き続きガラの毒について調べることになった。

 シュートは開館と同時に図書館へ入れるよう、荘厳な入り口へと続く幅の広い階段に座った。朝食を探して石畳をつついている鳩をぼんやりと眺めていた。

ラズは恐らく今日か明日あたりで目覚めるだろう。ただ、そうでなかった場合の手立ては、講じておかなくてはいけない。今回の件だけではなく、今後も役に立つはずだ。できる限りガラや毒については調べてまとめようとシュートは一人気合を入れた。ラズが怪我をしたのは自分のせいだ。使者の道でラズが足を怪我しなければ、自分がもっと魔法を使えていたら、恐らく怪我は免れただろう。

昼になったら一旦病院へ行ってラズの容態を確認することになっていたが、その時に悪化していないことを祈った。
 
 開館時間になり、シュートは昨日と同じように受付へ行き、地下のより古い文献がしまわれている部屋へ案内してもらった。受付の担当者は昨日と同じ人だったので、すんなりと通してくれた。

ランプの明かりを頼りに、昨日の続きの場所からごそっと本や書類を取り出し、部屋の中央に置かれている大きな一枚板の立派な机の上へドサッと置いた。中には古語で書かれているものもあった。読むのに時間はかかったが、内容は理解できた。学生時代真面目に勉強しておいて良かったと心から思った。

蛇のガラについての文献には今のところ当たらないが、過去の様々なガラの被害については多く残されている。昔からエンの民にとっては、恐怖の対象であったことがよくわかる。

「うおわっ!」

一通り見終わって次の文献を取りに行こうと顔を上げて、シュートは驚いて声を上げた。

向かいに誰か座っている。フードを被っているがこちらを見ているのがわかる。机の上に一冊も本を置いていない。気味が悪い。

「な、何か用か?」

シュートに話しかけられた相手はフードを下ろした。

…ミックだ。

「なあんだ、ミックか。おどかすな…よ…。」

違う。ミックではない。ミックはこんな人の心を見透かすようなバカにするような不気味な笑みは浮かべない。片時も外さないルームメイトからもらった髪飾りがないし、髪が長い。バートでラズが会ったというミックに瓜二つのガラの話を思い出した。

「へえ。あの子のニックネームはミックなんだ。」

シュートは重たい椅子を膝裏で力強く押し、ガタっと立ち上がった。逃げよう。

「そんな慌てないでよ。別に取って食おうと思ってるわけじゃないんだ。」

相手が何を考えているかわからない。長居は無用だ。しかし、立ち上がったはいいが、上階へ向かう階段はガラの後ろだ。ラズが倒せなかった相手から、どうやって逃れたら良いのか。

「この前は君の仲間の剣士に名乗りそびれてね。失礼したよ。私の名前は理望(りみ)。覚えておいてね。今日は君に話があって来たんだ。君の名前は?」

理望はにっこりと笑った。シュートは自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「そう、言いたくないならいいよ。さて、この話し合いは君はこの旅のメンバーとして相応しいのか、ということがテーマなんだけど。」

なぜそんな話を?なぜ俺がここにいることを…?いや、もう考えるな。耳を貸すな。本棚を利用しよう。一旦引いて本棚に隠れて、すきをうかがって階段まで行く。上まで行ければ陽の光があるし、人も沢山いる。

「今、剣士は病院にいる。怪我をして、毒を食らっている。それは、もちろん襲ってきたガラのせいだ。でも、とある要因が除かれていれば避けることができたのではないかな。」

シュートは思わず理望を見た。

「自分でわかっているんだろう?その要因は君だ。今必死に、こんな暗い地下にモグラみたいに潜って、埃臭い文献を漁っているのは、罪悪感故だ。」

何なんだ、コイツ。段々と呼吸が辛くなってきた。

「君が強くて、誰にも庇われないで自分の力で戦えたなら、こんなことにはならなかった。剣士がいつ目覚めるともわからない状態になることはなかった。」

そんなこと、言われなくてもわかっている。

「口には出さないけれど、仲間は君のことをお荷物だと思っているかもしれない。」

それも、考えた。

「でも俺は…。」

理望はシュートの言葉を遮って続けた。

「この旅に選ばれたのも、何でなんだろうね?」

何でそんな話を…聞きたくない。はっはっと速く浅い呼吸しかできない。

「厄介払いかもしれないんだろう?ということは…それが君が選ばれた理由なのだとしたら、君の代わりはいくらでもいる。君が頑張って責任を負う必要はないよね。」

何で知っている?本当に何者なんだ。

「そうなると、君が取りうる最善策は何だろうね?役に立つかもわからない文献を漁って、自分が有用であるかのように振る舞って、自分の命も仲間の命も危険にさらしてまで一緒にいることなのかな?」

心がえぐられる。涙がポロリと落ちた。

理望はそれを見て満面の笑みを浮かべた。同じ顔なのに、ミックとは全然違う。悪魔のようだ。

「君のせいで旅は失敗に終わるかもね?考えてみるといい。自分がどうすべきか。話はこれで終わり。時間を取って悪かったね。」

さっとフードを被り直し、理望は階段を登って行ってしまった。シュートは呼吸を乱したまま涙を流し、しばらく動くことができなかった。




 昼時になって、一行はラズの病室に集まった。医者の話では、顔色がだいぶ良くなり熱も下がったので、回復傾向にあるということだった。ただ、まだ意識は戻らない。

「この後俺たちは仕入れた情報を確かめに行く。いくつかガラの目撃情報があったんだ。信憑性は低めだけど。」

ディルがシュートはどうするのか問いたげな顔をした。

「俺は…また図書館に行ってくる。」

シュートは一人になりたかった。さっきの理望の言葉が頭の中をぐるぐると回っている。今人と話すような気分ではない。

「そうね。万が一危ないことがあってもいけないし。シュートにはそっちを任せた方が良いかもね。」

理望に言われた「お荷物」という言葉が頭の中を反響した。俺は一緒に行動しない方がいいのか…?ベルの言葉に力なく返事をし、シュートは病院をあとにした。




 図書館に戻り暗い地下室で文献を広げても、頭になかなか内容が入ってこなかった。

理望はガラだ。そんなやつの話を真に受ける必要がないのは分かっている。きっと自分を動揺させて、この旅の邪魔をしたいだけだ。しかし、思い返せば思い返すほど、理望の話は理にかなっているような気がした。

代わりのものでも良いのなら、自分が旅を続ける意味はあるのだろうか。万が一ラズがずっと目覚めなかったり、この先誰かが自分をかばって傷ついたりしたら、その時どう責任を取ればよいのだろうか。心に闇が生じるには十分な暗さだった。

言葉の毒がシュートにじわじわとしみわたっていった。



 
 仕入れた情報の調査が終わらなかったので、次の日も同じように行動することになった。昼に病室へ集合だ。

シュートの元気がないように思えて、役に立てるかはわからないが図書館へ自分も一緒に行くとミックは申し出たが、断られてしまった。

「明らかに、シュートの様子おかしいわね。」

ベルは心配そうにとんぼりと図書館へ向かうシュートの背中を見つめた。

 結局、得た情報の中には、目的のゾルにつながると確信できるものはなかった。また石の指し示す別の街へ移動する必要がありそうだった。
 
 ミック達が病室に着くと、シュートが既に来ていた。

シュートは浮かない顔でラズを見つめている。病室で眠るラズは穏やかな顔をしていた。スースーと落ち着いた呼吸を続けている。ラズの容態は落ち着いていて、右手の怪我もすごい速さで治ってきているということだった。目が覚めないことだけが、少し心配だと医者は言っていた。

医者の言葉を伝えると、ただでさえ暗く沈んでいるシュートの表情は、さらに悲しげなものになった。

「大丈夫?」

ミックはシュートの肩に手を置いた。シュートは今にも泣き出しそうだ。

「俺は…この旅を辞める。」

ミック達は突然宣言したシュートを見つめた。
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