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鈴木まる

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使者の道

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 人影はシュートだった。

「大丈夫!?」
「お…おう。おれは大丈夫だ。それよりラズは?俺を引っ張って前にぶん投げてくれたんだ。」

シュートのすぐ後ろからカラカラと小石が転がる音がした。 

「誰の心配をしている?貴様が無事で俺が無事でないわけがないだろう。」

土埃を払いながらラズが歩いてきた。このくらい毒が吐けるなら大丈夫そうだ。

ベルとディルは?

「おーい!!」

壁の向こうから声がした。

「シュートとラズと私、ミックは無事だよー!大丈夫ー!?」

大声で叫び返した。分断されてしまったようだった。ミック達は左側の通路にいる。

「俺たちも無事だ!クリフも一緒にいる!右側の通路にいる!」

ディルとベル、それにクリフは右側の通路。

声が届くということは、壁はあまり厚くなさそうだ。しかし、今崩れたばかりの所に大きな衝撃を与えるのは賢いやり方ではない。シュートの氷で崩れそうなところを凍らせては…とも思ったが広範囲すぎる。

「マルビナの大図書館の隣に宿屋があったはずだ!そこで落ち合う!いいな!」

ラズはそう叫び返し、剣を抜いた。

「わかったわ!無事を祈ってる!」

こちらの通路は真っ暗なので、シュートがまた篝瓶(かがりびん)を取り出した。

「ディルに返さないで自分で持っててよかったぜ。」

明かりはシュートしか持っていないので、シュートが先頭を歩いた。その次をミック。ラズが殿だ。

「弓矢は構えているか?」

ラズが鋭く聞いた。

「うん、ラズが剣を抜いた音がしたから、念の為。」
「あの揺れは地震ではなく、何か生き物が起こしたものかもしれない。油断するな。」

かもしれない、とは言っているが、ラズの張り詰めた声色からは確信している気配がした。

「わかった。ところで、ラズはマルビナには遠征で行ったの?」

振り返って質問すると目があったが、ラズはそっぽを向いてしまった。聞いてはいけないことだったのだろうか。

「…調べ物をしに行ったことがある。」

ボソリと答えてはくれたが、これ以上は触れてほしくなさそうだったので、何を調べたの?と喉まで疑問が上がってきたが飲み込んだ。

 その日はずっと歩き続けた。その後何者かに襲われることはなく、前の道よりは少ないが所々明り取りの窓もあったが、出口らしきところは見つからなかった。

「明日、もしも出口らしきところがなければ、どうにかして窓から外へ出た方がいいかもしれない。」

ラズが残り少ない保存食の夕食を取り終わり、真上にある窓がどのくらいの高さか確かめるかのように立ち上がった。ミックはドライフルーツをもぐもぐと噛み締めながら頷いた。

「おい!お前右足首見せてみろ。」

突然いつもよりやや鋭い声でシュートが言った。ラズは舌打ちをしつつ座り込みブーツを脱ぎズボンをまくり上げた。シュートは反対側の足も見せるよう言い、篝瓶を輝かせて左右を見比べ触った。

「やっぱり、捻挫してるじゃねぇか!」
「このくらい、放っておいても平気だ。」

ラズはふんっと鼻を鳴らした。ミックには足がどのくらい悪い状態なのか見えない。しかし、捻挫している足で歩くのが良くないことくらいは、流石に知っている。

強がらないで固定してもらった方が絶対良い。プライド…?ラズが突っぱねる理由が分からなかった。

「本当に平気か?」

シュートが軽くラズの右足首を捻った。

「…っつ!!」
「平気じゃねぇじゃねぇか。」

突然何をする!と怒るラズを無視して、シュートはリュックから包帯を取り出し、右足首を固定し始めた。

「俺をかばった時か…。すぐ言えよな。先頭歩いてたから、全然気付かなかった。」

なぜラズが隠していたのか分かったような気がした。シュートに負い目を感じさせないためではないだろうか。ミックもラズの捻挫には全く気付かなかった。

「私もだ、ごめん。シュート今よく気付いたね。」
「座り方がいつもと違ったし、立ち上がるとき右足を庇ってたからな。」

よく見ている。仲間の不調にいち早く気付くことは兵士としても必要な能力なのだが、とても敵わない。シュートは優秀な医者なのだろうなとミックは思った。

「悪いな、怪我させちまって…。」

シュートはハサミでちょきんと包帯を切り、しっかりと端を処理し固定した。

「なぜ謝る?あの時どう動くか判断したのは俺だから、この怪我は自分の責任だ。貴様の行動で俺が何らかの影響を受けるなど、思い上がりも甚だしい。」

ラズはズボンを戻しブーツを履き直した。

「だってさ!シュートは変に気にしないでいいよ。でも、ラズは怪我したらすぐ言うべきだよ!次からは教えてね。」

ラズはまたふんっと鼻を鳴らした。シュートはいつもより、少し弱々しい笑みをミックに返した。




 次の日、三人は簡単な朝食の後また歩き始めた。また窓がしばらくない道が続いた。最悪の場合、昨晩野宿したところまで戻らなくてはならないかもしれない。しかし、しばらく歩くと前方がぼんやりと明るくなってきた。

「お、出口か!?こっちが当たりの道だったのか?」

シュートが篝瓶の明かりを消した。トンネルのような道が終わったと思ったら、ホールのように開けた場所へ出た。

「うわぁ…きれい!」

ミックは思わず呟いた。とても広い地底湖だ。水面は鏡のようで、直径は百メートルはありそうだ。ちょうど反対側にまたトンネルのような道が続いているのか、壁に穴が開いている。天井はドーム型になっており中央は空いていて、地上の明かりが入ってきている。

地底湖は円形で、泳いで突っ切るには大きすぎるし水は冷たいと思われるので、反対側へ行くにはぐるりと壁際を歩いていかなくてはいけないようだった。

「こんなところあるんだな。」

シュートは壁沿いに水際を歩きながら、キョロキョロと見回した。

「よそ見をするな。」
「うおっ!冷てー!!」

ラズに言われたそばから、シュートは小石に躓き片足をジャポンと湖に突っ込んだ。水際は水深が浅いので足が濡れただけで済んだ。

シュートの足が入ったところから鏡面のような湖に波紋が広がった。すると、湖全体の水面が揺れだした。

水面だけでなく、ホールのような洞窟全体が揺れだした。昨日の揺れと似ている。立っているのがやっとだ。段々と湖の真ん中が盛り上がって来た。

嫌な予感がする。

三人とも湖を見つめた。ザーっと滝のよう水音を立て、真っ黒な巨大な蛇が湖の真ん中に顔を出した。シャーッと威嚇し口を大きく開けた。人間を簡単に丸呑みできそうなサイズだ。体は巨木のように太くヌラヌラと光っている。ミックたちを睨んでいる。

「走れ!!」

ラズの声で蛇から目を離せなかった二人は我に返り、反対側の穴へとダッシュした。しかし、蛇のほうが速かった。猛スピードで移動し、ミックたちの進行方向を遮るように立ちはだかった。

ミックが、矢をつがえるより速くラズが動いた。跳び出してシュートより前に出て、容赦なく斬りつけ、蛇の首を切り落とした。

ドサッと首が落ち、首がなくなった胴体がそれより大きな音を立てて地面へと倒れた。

なんて決断力、そしてスピード!

予備動作が殆ど無い。首だから他の部分より若干細いとはいえ、あの太い体を両断するパワーも常人のものではない。ラズのおかげで全員丸呑みにされないで済んだ。

これで大丈夫かと思いきや、切り落とされた頭がチリのように消えていった。その次には、胴体から頭が再生されていった。

「え…ガラ!?」

よく見ると影がなかった。考えている暇はない。ミックは蛇の目を目掛けて矢を放った。一本は刺さったが、もう一本は首のあたりに当たり、刺さらずに弾かれてしまった。皮膚がかなり硬い。矢でとどめを刺すことは難しそうだ。ラズの剣に頼るしかない。しかし、あのスピードだ。おまけに心臓がどこかもわからない。

「おい、医者は人以外の生き物の心臓の場所も知っているのか?」

ラズが叫んだ。とりあえず距離を取るため、もと来た方へ全員走った。

要するに、逃げた。

「んなわけねーだろ!俺が知ってんのは、蛇は肉食ってことと変温動物で体温が低いと動けねぇってことくらいだ。」
「では、貴様、あれを凍らせろ。」
「触るか氷の塊当てなきゃいけねぇんだぞ!そもそも当てたところで、あんなの凍らせられねぇ…その前に俺が食われるわ!」

蛇が体当たりしてきたのをかろうじて避けながら、シュートが叫び返した。確かにあれに直接触れるのは無理だ。氷玉を投げてもあの速さで動かれては当たらないかもしれない。

ん?当てればいいなら、もしかして…ミックは振り返ってシュートを見た。

「凍らせられなくても、体温が下げられれば動きは鈍くなるよね?」

ミックは早口でシュートにきいた。シュートは短く、ああ!と答えた。恐怖のせいか顔が青い。

「あのさ、私の矢の先に氷つけられないかな?」
「それなら多分できるけど…なるほど、それなら当たる!」

シュートはミックの考えがわかったようだ。

「一気に凍らせられなくても、きっと体温は下がるはず。そこをラズが…。」
「わかっている。さっさとやれ!」

ラズが蛇の猛攻を剣でいなしながら答えた。

蛇のスピードは尋常ではなく、全力で逃げているミックたちにすぐ追いついてきた。殿のラズに余裕はなさそうだ。シュートはミックの矢の先を握り、あまり重さや形状が変わらないよう薄く氷を張った。

「いくよ!」

パシュッと風を切る音を立て飛んでいく氷の矢。蛇の胴に当たった。当たった部分が凍った。使える!ミックは次の矢を構えた。

「シャー!!!」

蛇は苦しそうだが、攻撃を緩めない。早くしないとこちらまで攻撃が来ないよう蛇の気を引いているラズがやられてしまう。

ミックは出来上がった氷の矢を次々とうった。シュートは緊張と魔力の消耗からか額に汗をかいている。矢を十本当てたところで、大分蛇の動きが鈍くなってきた。攻撃の威力も落ちている。

「覚悟しろ!」

うおおおーっと雄叫びを上げ、ラズが蛇の口から尻尾めがけて胴体を開くように斬り裂いていった。凍っているところも構わず突き進んでいく。最後まで駆け抜け、尻尾の先まで切り開いてしまった。
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