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悪の王妃2
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「っ…はっ…はぁ…」
何度繰り返されたかわからない悪夢から目を覚ますと、やはり何度目かわからないわたくしの私室の天井が視界に映る。
何度も繰り返されているのに、それでも慣れないこの悪夢は、まだわたくしを許す事はないらしい。
冷や汗でべとりとした額をそっと手の甲で拭って窓際を確認する。
窓際に置いた花瓶の陰で大体の時間を把握するのがわたくしの日課。
「…今そこに影があるということは……もう少しだけ時間があるわね…」
毎回繰り返されるこの生は、決まった時間で戻されるわけではないらしく同じ日付でも多少の時間のズレがある。
寝る時にも付けていたグラスト・レッドのピアスを外して、ベッドサイドにある棚の上にある銀のトレーに置く。
グラスト領地でしか取れない黒みがかった真っ赤な宝石は、小さな欠片でも高値で取引され、その一粒だけで一生暮らせると言われているほど高価な物だから、普通ならば他国を招待するような大きな宴の時にしか付ける事はできない。
けれどわたくしは王妃だから、寝る時にも宝石を付けるよう言われていた。
気高く、高貴な王妃でいなくてはいけなかった。
けれど、もういいでしょう。
何度も繰り返されたこの日常は、もう終わる事はないと知ったから。
十五回までは数えていたわ。けれど、何度抗ってみても繰り返される日に、わたくしは諦めてしまった。
諦めてからは、淡々と時が過ぎるのを待つだけ。
もうすぐその扉の前で、侍女と男達の争う声がするはずだから、それまでの時間にしたいことをすると決めたの。
ベッドサイドのテーブルの一番上の引き出しを開けると置いてある小型のナイフ。
木の柄に手彫りでわたくしの名前が彫られている。
あまりにも読みにくくて綴りも間違えている。お世辞でも上手とは言えないその字は、わたくしが幼少の…何も知らない王女だった頃に出会った、庭師の子供がくれた宝物。
わたくしは膝下まで伸びた自らの髪を左手で纏めて持つと、右手に持ったそのナイフで髪を一気に切り落とした。
「お待ちください!!王妃殿下はまだ御就寝中にございます!」
「殿下のご命令だ!そこを退け!」
外で侍女と男達の争う声がし始めた。
間に合ったわね。
何回目かの時には、ナイフを持った時に入って来られて、もみ合いの末に腹部にナイフが刺さってしまって痛かったもの。
「もう起きています。お入りなさい」
わたくしの声に、外の争い声が静まった。
「失礼する!…っ!?」
扉を開けて中央にいた、銀髪黒眼の男性が驚愕で目を見開いた。
あぁ、わたくしの愛しい人。その表情は初めて見ますわね。
思わずしてやったりと、唇が弧を描いてしまった。
貴婦人らしくないその表情に、余計に目を見開くその人は、わたくしの最愛の旦那様で、この国を統べる国王様。
長く美しい髪がこの国の貴婦人で、短く切られた髪なのは、スラムにいる遊女か死刑を受ける女性のみ。
だから、周りにいる侍女達が真っ青になってガタガタと震えてしまうのもわかるし、国王陛下が驚くのも仕方のなき事。
けれど、ずっとこうしてみたかったの。
処刑の時に毎回切られていた髪は、バサバサでみっともなくて、ならわたくし自ら切った方が綺麗に切れると思っていたの。
けれど思ったよりも綺麗には切れなかったわね。
肩に付いた髪を手で払いながら微笑むと、国王陛下は眉を寄せて、まるで見たくないとばかりに視線を反らした。
「そなたの審問会議が今から開かれる。すぐに来るように」
視線も合わせずに仰る言葉は毎回同じですのね。
せめて「似合ってる」くらい仰って欲しいわ。
「えぇ。わかりましたわ。すぐに参ります」
こちらを見ない事を知っているけれど、にっこりと微笑んで答える。
と、ちらりとこちらを見て下さった国王陛下と目が合った。
あら。おかしいわね。いつもは見てくださらないのに。
一瞬、険しい表情になった国王陛下にお辞儀をして退出の見送りをすると、すぐに着替えの為にドレスルームに移動した。
何度繰り返されたかわからない悪夢から目を覚ますと、やはり何度目かわからないわたくしの私室の天井が視界に映る。
何度も繰り返されているのに、それでも慣れないこの悪夢は、まだわたくしを許す事はないらしい。
冷や汗でべとりとした額をそっと手の甲で拭って窓際を確認する。
窓際に置いた花瓶の陰で大体の時間を把握するのがわたくしの日課。
「…今そこに影があるということは……もう少しだけ時間があるわね…」
毎回繰り返されるこの生は、決まった時間で戻されるわけではないらしく同じ日付でも多少の時間のズレがある。
寝る時にも付けていたグラスト・レッドのピアスを外して、ベッドサイドにある棚の上にある銀のトレーに置く。
グラスト領地でしか取れない黒みがかった真っ赤な宝石は、小さな欠片でも高値で取引され、その一粒だけで一生暮らせると言われているほど高価な物だから、普通ならば他国を招待するような大きな宴の時にしか付ける事はできない。
けれどわたくしは王妃だから、寝る時にも宝石を付けるよう言われていた。
気高く、高貴な王妃でいなくてはいけなかった。
けれど、もういいでしょう。
何度も繰り返されたこの日常は、もう終わる事はないと知ったから。
十五回までは数えていたわ。けれど、何度抗ってみても繰り返される日に、わたくしは諦めてしまった。
諦めてからは、淡々と時が過ぎるのを待つだけ。
もうすぐその扉の前で、侍女と男達の争う声がするはずだから、それまでの時間にしたいことをすると決めたの。
ベッドサイドのテーブルの一番上の引き出しを開けると置いてある小型のナイフ。
木の柄に手彫りでわたくしの名前が彫られている。
あまりにも読みにくくて綴りも間違えている。お世辞でも上手とは言えないその字は、わたくしが幼少の…何も知らない王女だった頃に出会った、庭師の子供がくれた宝物。
わたくしは膝下まで伸びた自らの髪を左手で纏めて持つと、右手に持ったそのナイフで髪を一気に切り落とした。
「お待ちください!!王妃殿下はまだ御就寝中にございます!」
「殿下のご命令だ!そこを退け!」
外で侍女と男達の争う声がし始めた。
間に合ったわね。
何回目かの時には、ナイフを持った時に入って来られて、もみ合いの末に腹部にナイフが刺さってしまって痛かったもの。
「もう起きています。お入りなさい」
わたくしの声に、外の争い声が静まった。
「失礼する!…っ!?」
扉を開けて中央にいた、銀髪黒眼の男性が驚愕で目を見開いた。
あぁ、わたくしの愛しい人。その表情は初めて見ますわね。
思わずしてやったりと、唇が弧を描いてしまった。
貴婦人らしくないその表情に、余計に目を見開くその人は、わたくしの最愛の旦那様で、この国を統べる国王様。
長く美しい髪がこの国の貴婦人で、短く切られた髪なのは、スラムにいる遊女か死刑を受ける女性のみ。
だから、周りにいる侍女達が真っ青になってガタガタと震えてしまうのもわかるし、国王陛下が驚くのも仕方のなき事。
けれど、ずっとこうしてみたかったの。
処刑の時に毎回切られていた髪は、バサバサでみっともなくて、ならわたくし自ら切った方が綺麗に切れると思っていたの。
けれど思ったよりも綺麗には切れなかったわね。
肩に付いた髪を手で払いながら微笑むと、国王陛下は眉を寄せて、まるで見たくないとばかりに視線を反らした。
「そなたの審問会議が今から開かれる。すぐに来るように」
視線も合わせずに仰る言葉は毎回同じですのね。
せめて「似合ってる」くらい仰って欲しいわ。
「えぇ。わかりましたわ。すぐに参ります」
こちらを見ない事を知っているけれど、にっこりと微笑んで答える。
と、ちらりとこちらを見て下さった国王陛下と目が合った。
あら。おかしいわね。いつもは見てくださらないのに。
一瞬、険しい表情になった国王陛下にお辞儀をして退出の見送りをすると、すぐに着替えの為にドレスルームに移動した。
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