俺と私の公爵令嬢生活

桜木弥生

文字の大きさ
上 下
16 / 61

14話 俺と私のお茶会をいたしましょう③

しおりを挟む
 サラの手を引いて俺の部屋に着くとドアの前で待っていたクロムにドアを開けてもらい中に入る。先に俺の部屋に戻ってきていたユーリンは、二人分の紅茶のカップとグレイス家料理長の手作り焼き菓子をアンリエッタのお気に入りの猫足のピンクの丸テーブルの上に準備していた。
 俺とサラに気付くと椅子に近付こうとしたユーリンを右手を軽く挙げて止め、テーブルと対になっている窓側の椅子を引いてサラを座らせてから、俺ももう片方の出入り口側の椅子に腰を掛ける。
 俺が座るとユーリンが静かな動作でテーブルに置かれたサラ側のカップに紅茶をゆっくりとした動きで注ぎ、そしてそれが終わると俺のカップにも同じように紅茶を注いだ。

「ありがとう。後は自分でやるわ。ちょっとリーバス様に大事なお話があるから、二人きりにして頂戴」

 ユーリンに外で待機の指示を出すとその表情は一瞬不安そうに眉を寄せる。大丈夫と安心させるように笑顔で軽く頷くと、ユーリンが一礼して部屋から出て行いった。

──パタン──

 背中で小さな音を立ててドアが閉まるのを確認すると、小さく溜息をつく。
 同じ転生者だと確信はしたもののどう話題を出していいかわからない。
『貴女も転生者なのか?』なんて言って、もし俺の仮説が全部外れていて転生者じゃなかったら俺は変人扱い、もしくは頭がイカれたヤツ扱いされるだろう。
 でもサラが転生者だった場合、俺も転生者で元が男だった事を打ち明けてサラの恋愛の邪魔はしない、と。むしろ手伝うと言ったら『アンリエッタの不幸な結末』は全て回避されるはずだ。

 何て話題を出せばいいか思案しながら俺は紅茶のカップを持ち上げてゆっくりと回す。
 ちゃぷちゃぷと小さな水音をさせてカップの水面が揺れ湯気が立ち上るのを見詰めながら言葉を捜すも、やっぱり何て言って良いかわからない。

 目の前のサラも同じようで紅茶のカップを持っては下ろし持っては下ろしを繰り返している。

 考え込んでどのくらい経ったのか、熱かった紅茶は口を付けられるくらいまで温くなった。考え付かずに顔を上げてサラを見ると、同じように顔を上げて神妙な顔でこちらを見るサラと目が合った。

「…あの…サラ・リーバス様。いくつかお伺いしても宜しいかしら?」
「何でしょう?…アンリエッタ・グレイス様」

 わざとフルネームで聞くと同じように返してくるサラ。
 お互いに緊張しているのがわかるくらいに表情が固まっている。
 そんなサラに、なんでもない雑談だと思わせるように薄く微笑んで質問を投げかけた。顔は引きつっていないだろうか?そんな事を思ってしまう位に不自然な微笑みだと自分でも気付くくらいに無理やり笑顔を作る。

「ケーキはお好き?」
「?…はい」

 唐突に聞かれた問いにきょとんとした顔で答えるサラ。

「動物はお好き?」
「…えぇ。好きです」
「猫と犬とどちらがお好き?」
「猫の方が好きです」

 特に難しい質問ではないからか僅かに不思議な顔をしたまま問いかけに答えてくれる。

「では読書はお好き?」
「まぁまぁ好きです。難しい物は苦手ですが」
「私も難しい本は苦手よ。童話とかが好きだわ」
「私も童話は大好きです」

 ただの受け答えにサラは『友達としての質問』だと思い込んだらしく、不思議そうな顔は無くなってうっすらと微笑みを浮かべながらすらすらと答えてくれる。

「童話は良いわよね。あの、アレ何ていったかしら?
 ガラスの靴の…灰かぶりと呼ばれた少女のお話。あれ好きなのよ」
「あぁ、シンデレラですね。私も好きです」
「あら、じゃああれは?竹から生まれるお姫様の…」
「かぐや姫は…ラストがあまり好きではなくて…」

 …やっぱりこの『サラ・リーバス』は転生者だ。
 この世界にも童話はあるけど、シンデレラもかぐや姫の話も無い。
 その質問に答えられた時点でサラが転生者だと言っているも同然で。
 けれどサラは聞かれた事柄が前世の物であるとは気付いていないようだ。

「ハッピーエンドが好きなのね。
 じゃあ…童話ではないけれど『愛と友情の円舞曲』は好きかしら?」

 転生者だというのは判ったが、だからと言ってゲームをプレイした人間かはまた別の話。
 もしゲームをしていないならゲーム自体を知らないなら本のタイトルだと思って『知りません』と言うだろうし、知っているのなら好きか嫌いか好みの返答をするだろう。

 俺の言葉の中に隠された意図に、そしてその質問をした俺が転生者だと気付いたらしいサラは、普段から大きく深い茶色の瞳をさらに大きく見開き、真っ直ぐ俺に向けた。その顔には満面の笑み。

「アンリ様はやっぱり転生者だったのね!そうだと思ったのよ!髪形違うし!ストーリー通りに話が進まないし!!」

 凄く嬉しそうに笑顔を向けてくるサラはテーブルを乗り越えて来そうな勢いで座ったまま前のめりに身を乗り出して来た。

「あああ!服!服!クリーム付くから!!」

 手元の焼き菓子に乗せてあるクリームがサラの胸元のレースに付きそうな位ギリギリに身を乗り出すもんで慌てて両手で肩を抑えて止める。
 今日のサラの格好は上が真っ白で胸元にレースが施され、ウエストを結ぶ赤いリボンから下がピンクのスカートのツートンカラーのワンピースだった。
 そして今日の焼き菓子に添えられたクリームはブルーベリークリーム。付いたら大変な事になる。洗濯するメイド達が大変な事になるだろう。

「あ。すみません。つい嬉しくて…まさか同士だなんて!!」
「うん。違うから。とりあえず落ち着こうか」

 ゲームをした事があるという点では同じだけどサラの喜びぶりからして『同士=ゲームを好きだった人』という事だろう。それなら俺は同士じゃない。だから違うからね?姉にやらされてただけだから!!
 人払いはしてあるし、サラも転生者なら大丈夫だろうと『俺』の言葉遣いで暴走気味のサラを止めた。

「違うの?ゲームしてたんでしょ?」

 サラも俺の砕けた口調に合わせているのか、それともそれが素なのかお嬢様口調がなくなっている。
 可憐な鈴を転がすような可愛い声が普通の口調だとなんか違和感が凄い。

「俺は前世?で姉にやらされてたクチで…だから同士ではないんだ」

 俺の一人称を聞いて、ピクリとサラの眉が動く。

「俺…?…前世は男だったの?」

 肯定するように強く頷いてみせると、「それも有りね」と意味のわからない事を呟くサラ。何が有りなんだろうか。

「でだ。そんなわけで、俺は攻略対象者にこれっぽっちも、一ミリも興味はなくて、ついでに言えばサラの妨害をするつもりはない」

『これっぽっちも』で右手の親指と人差し指で薄い空間を開けて見せると、サラの眉が困ったように寄せられ、テーブルに肘を付いて組んだ手を額に付けるように顔を伏せた。何故だ。
そして小さい声で「あー…そうだよねー…普通はそうだよねー…あー…」と唸っている。何でだ。

「えーっと…サラ…さん?…」

 延々唸っているサラの顔を覗き込もうと椅子から立ち上がってサラの隣にテーブルを回ってしゃがんでサラの顔を覗き込んだ。

 めっちゃ困った顔してますがな。

 え?何で?公爵令嬢がライバルにならないってサラ的には理想的だよね?
 邪魔者いなくなるんだよ?そうしたら攻略者落とすの楽じゃん?何でこんな困った表情なんだ??

「え?…あぁ、ごめんなさい。ちょっと考え事してたわ。まぁ、仕方ないよねー。男だしねー。うん。仕方ない」

 覗き込んだ俺の視線と合うと、自己完結したらしくうんうんと頷いている。
 意味わからん。
 そして乙女ゲームしてる女って全員こうなのか?
 俺の前世の姉ちゃんもこんな感じで、考えてたなーと思ったら自己完結して頷くっていう謎な行動してたし。

「まぁ、とりあえず自己紹介でもしておきます?
 ゲームの流れで言えばこれから長い付き合いになるでしょうし。できれば前世の事とかも話しておけばお互いに何かあった時にフォローもできるでしょ?」

 復活したサラからの提案はもっともな物で俺は小さく頷いて自分の椅子に座りなおした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。

霜月零
恋愛
 私は、ある日思い出した。  ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。 「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」  その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。  思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。  だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!  略奪愛ダメ絶対。  そんなことをしたら国が滅ぶのよ。  バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。  悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。 ※他サイト様にも掲載中です。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

転生悪役令嬢の前途多難な没落計画

一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。 私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。 攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって? 私は、執事攻略に勤しみますわ!! っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。 ※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...