地球のために

須賀マサキ(まー)

文字の大きさ
上 下
10 / 13

第十話 ぼくのやるべきこと

しおりを挟む
 お盆が終わった。
 今年はめずらしく、夏休みの宿題が順調に進んでいる。山のように出ていたのに計画倒れにならなかったのは、鬼コーチのおかげだ。
 予定表と進捗を見て、遅れているとすぐに雷が落ちる。最初に厳しいと言っていたのは嘘でも誇張でもなかった。

 その鬼コーチも明日東京に帰ってしまう。
 今は追い込み中だ。仕上げだと言われて復習テストをやっているけど、夏休み前よりもすらすら解けている自分に驚いている。
 さすが兄さんだ。塾や家庭教師のバイトをしているだけはある。

 ぼくはもう麻衣と同じ高校に進学するのはやめた。倉田先輩とベタベタしているのを平気で見ていられるほど無神経ではいられない。
 やけになって勉強をやめようと不貞腐れていたら、
「誰かのそばにいるために学ぶのも悪いことじゃないよ。でもさ、勉強するっていうのはそれだけが目的じゃないだろ」
 と兄さんに言われた。

「……じゃあ、本当の目的は?」

 目標をなくしたぼくは、すぐにその答えが知りたかった。けど兄さんは微笑むだけで答えてくれない。
 その代わりに復習テストを渡されたというわけだ。

 もう一生懸命勉強したところで意味なんてないのに。
 そんなことを考えながらシャーペンを手にし、渋々問題を読む。一学期の期末試験で全然解けなかった問題だ。

 どうせ解けやしないと思ってチラッとプリントを見た。
「え、まさか……」
 見た途端、自然に手順が頭に浮かぶ。同じ問題だから覚えたわけじゃない。前には難しくて解けなかった問題も、少し考えたら解き方が見える。

 そのときぼくは、ほんの少しだけ何かが見えた。
 それは、失敗をくりかえしながら、そこから学んでいくってことだ。

 もちろん勉強に限ったことじゃない。
 好きな人にフラれることが失敗だとしたら、そこからだって得られるものはあるはずだ。
 昨日は後退しても、今日は立ち止まっても、明日になったら前に進めるかもしれない。

 もしかして勉強は、それを体験するひとつの手段なのかな。

 そのとき軽快なポップミュージックのサビが流れた。夏休み中に聞きなれたそれは、兄さんにメッセージが届いた合図だ。
「友だちから?」
「うん、哲哉からだよ」

 哲哉さんは兄さんたちのバンドのボーカルで、ぼくを嫉妬させた人だ。
 ライブ映像を見たときの落ち込みを思い出すぼくに気づかず、兄さんは紙と鉛筆を取り出して、画面の内容を書き写しながら問題を眺めている。
 覗いてみると、数学のようだけど、見たことのない記号が並んでいてさっぱり解らない。兄さんはすらすらと解いて解説を書き込み、スマートフォンで撮影した。

「また、ネットを使った家庭教師?」
「そうだよ。うちの大学に入って、学内バンドを組みたいって一生懸命受験勉強をしてるからね。仲間としてできるだけ協力してるんだ」

 送信ボタンを押したあと、一呼吸おいてまたメールが届く。画面を見た兄さんの顔がほころんだ。
「随分と早い返信だね」
「いや、今度は別の子さ。ライブに来てくれた子が、数学が苦手だって言うんで、教えてあげてるんだ。おれたちのライブがきっかけで、あきらめていたうちの大学をもう一度目指すことにしたんだって。うれしい話だろ」

「すごいや。兄さんたちって、人の運命を変えるかもしれないんだね」
 そう言うと、兄さんは首を傾げてぼくを見返す。
「だってさ、大学選びってその人の将来に影響するかもしれないんだよ。兄さんたちがそのきっかけを作ったってことじゃない」
 ぼくが感動のあまりつい勉強する手を止めたら、すかさず注意された。そして、
「いくら何でも、それは大袈裟おおげさだよ」
 とさわやかに笑う。

「大袈裟じゃないって。ぼくもいつか、そんな人になれるといいな」
「じゃあ、まずは今やるべきことを、自分の頭で考えていくことから始めようか」
 兄さんはぼくの横で解答と解説を書き、ぼくは再び問題に取り組みながらふと考える。

 ぼくにそんな日が来るんだろうか。だれかの人生に影響を与えるなんて。
 今のぼくは、大好きな女の子のヒーローにすらなれない。もちろん人に影響を及ぼすことなんてできるわけがない。

 ましてや、地球のためにできることなんて……。

 先生たちは、新聞社主催の作文に出せるためのものを集めるために、こんな宿題を出したのだろう。
 でもぼくは「打倒倉田!」を主張する翔太のおかげで、ずっとそれに囚われている。
 倉田先輩が麻衣にアドバイスしていたように、地球温暖化の防止なんてことを書けば簡単に済むのは解っている。でも考えれば考えるほど、そんな簡単な話では済まない気がしてきた。

 ここから先は、ひとりで考えなきゃいけないか。何もかも兄さんに頼ってばかりじゃいけない。
 影響を与えられる人になるためには、まずはそこから始めよう。

 問題を解き終えたぼくは手にしたシャーペンを机の上におき、腕組みして考えを巡らせる。
 簡単には解らなくて当たり前か。あと二週間を切った夏休みだけど、余裕は十分ありそうだ。


  ☆  ☆  ☆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろうでも掲載しています。

【完結】Trick & Trick & Treat

須賀マサキ(まー)
青春
 アルファポリス青春ジャンルで最高4位を記録しました。応援ありがとうございます。  バンド小説『オーバー・ザ・レインボウ』シリーズ。  ハロウィンの日。人気バンドのボーカルを担当している哲哉は、ドラキュラ伯爵の仮装をした。プロのボーカリストだということを隠して、シークレット・ライブを行うためだ。  会場に行く前に、自分が卒業した大学のキャンパスに立ち寄る。そこで後輩たちがゲリラライブをしているところに遭遇し、群衆の前に引っ張り出される。  はたして哲哉は、正体がバレることなく乗り切れるか?!  アプリを使って縦読み表示でお読みいただくことをお勧めします。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...