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第二話 復讐の決意
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光に刺激され、レンは目を覚ました。真っ白な光に満たされた明るい場所だ。
――ここはどこだ。もしかしておれは今、天国にいるのか?
いくらヴァンパイアとはいえ、多くの命を奪ってきた自分が天国に行けるはずがない。死後は地獄の焔に焼かれる宿命のはずだ。
レンは状況が掴めず混乱していたが、徐々に気持ちが落ち着いてくると、辺りを見回す余裕ができた。
左腕に刺されているのは、点滴の管だ。他にも心拍数や血圧を表示したモニターが置かれている。
消毒薬の臭いが鼻につく。使い慣れない固めのベッドのおかげで、自分のいる場所が病院だと理解できた。
「わたしは生きているのか」
それも人間として。
二度も聖夜に血を吸われた。あのまま死んだら闇の住人として蘇る可能性を、レンはわずかだが恐れていた。
「いや、それはないはずだ。ダンピールは犠牲者をスレーブにできない」
知識として聞いているのもが事実とは限らない。ダンピールという存在がいなくなって久しいのだ。記録が全て正しいとは言い切れない。
聖夜がダンピールとして覚醒したとき、レンはちょっとした油断で血を吸われた。
それでも生まれたてのダンピールを組織に連れ帰るのは簡単なはずだった。ドルーの元から連れ出すことには成功したのに、一度血を吸われたことで、暗示をかけられて取り逃がしてしまった。
すぐに組織の支部に戻り、レンは自分がヴァンパイアになる可能性を恐れ、過去の記録を隅々まで調べた。幸いなことにダンピールに噛まれてヴァンパイアになった例は、一件も見つけられなかった。それでも「見つけられない」だけで、ないことを証明することはほぼ不可能――いわゆる「悪魔の証明」だ。
数世紀におよぶヴァンパイア・ハンターの組織でも、ヴァンパイア以上にダンピールについては解らないことが多い。
ヴァンパイアの父と人間の母の間に生まれたのに、変化する者としない者がいる。
その差がどこにあるのか。
そしてなぜ彼らは、生まれながらにしてヴァンパイアを倒す能力を持っているのか。
疑問の答えを得ようにも、サンプルが少なすぎた。
過去に組織に入ったダンピールもいたが、その数はわずかだ。絶対数の少ないダンピールを見つけるのは困難を極める。
ただ幸いにして彼らは無限の命を持つゆえに、後継者たるダンピールを探すだけの時間的余裕はあった。
それでも空白のときは存在する。ヴァンパイアに倒されるもの、夜の世界に行ってしまうもの。どういう結果になったのかは不明だが、ヴィンパイア退治の一行が全滅してしまうことも少なからずあった。
組織にダンピールがいなくなって、すでに何十年もの時間が流れた。
今でも語り継がれているのは、コナーという名前のダンピールだ。驚いたことに聖夜と瓜二つの顔立ちをしている。コナーはあるブラッディ・マスターと戦い、消息が解らなくなった。
記録では「死亡」とされていたが、まさかこんなところで消息がつかめるとは思いもしなかった。
おそらくブラッディ・マスターの誘いに乗り、新たなブラッディ・マスターとなる道を選んだのだろう。そしてあの流香という少女と出会い、子を成した。
それにしても月島聖夜は、なかなか見どころのあるダンピールだ。
仲間のために命をかけようとする自己犠牲の精神と、獲物を目の前にしたときの冷酷な顔。手を差し伸べたレンを、気に召さないというだけで迷うことなく切りつけた冷淡さ。
傷つけた相手を何の感情もあらわさないで見つめる。氷のような冷たい目に射抜かれて、レンは恐怖を感じる一方で、その非情さに歓喜した。
ヴァンパイアと対峙するのに、情けはいらない。
敵に向ける非情さと冷酷さを持つ一方で、仲間を守り抜こうとする献身的な行動ができる人物だ。
理想的なハンターだ。敵と味方を正しく理解すれば、これ以上はない大きな力となるだろう。
「草の根を分けても、探し出してやる。そしてこの手に入れてみせる」
聖夜を見つけ仲間に入れた日を思うと、レンは我知らず笑いが漏れた。
「あら、レンさん、気がつかれたんですね」
目に優しい薄いピンク色の白衣をまとった看護師が病室に入り、レンが意識を取り戻しているのに気づいた。
この若い女性は、一年ほど前にレン達が助けた人物だ。
善人を装って近づき恋人となった男は、ある瞬間にヴァンパイアの本性を表し、彼女に牙をむいた。
内部調査を続けていたレン達は、間一髪のタイミングで救出に成功した。
信頼していた恋人が魔性だったことに傷ついた彼女は、組織の丁寧なケアによって立ち直ることができた。そしてヴァンパイアの存在を知った今、昨日までの生活に戻ろうとせず、組織に入る道を選んだ。
ヴァンパイア・ハンターたちの組織は、ハンターのみならず多くの人物で構成されている。病院もその施設のひとつだ。看護師だった彼女は、その資格を活かして組織に入る。人に話しても信じてもらえない体験を共有できる場所は、それだけで癒しにもなっている。
そう。人々はすぐ隣に存在する闇を知らない。わが身に降りかかって初めて、伝説の生き物が実在することに気づく。彼女がそうであったように。
看護師はレンの手を取り、脈を確認した。その間もレンの口元は笑みを抑えきれず、口角がわずかに上がっている。
「あら、レンさん。さっきまで意識のなかった病人とは思えないくらい、元気でうれしそうですね」
「ああ、やっとダイヤモンドの原石を見つけたからな」
「それはよかったですわ。嬉しいことがあるなら、すぐ歩けるようになりますよ」
――え?
レンは看護師の言葉が、一瞬理解できなかった。
「歩けるように……?」
「ええ、足に予想以上の深手を負っていました。でもリハビリ次第で普通の生活はできるようになりますよ」
「――つまり運動能力が完全に戻らないということか。ならばわたしは……」
ヴァンパイアと戦うことは、もう不可能というのか?
ハンターとしてこれまで積み上げてきたものは、無駄になるというのか?
レンの人生はすべてが組織と一体だ。物心つく前からここで生きてきた。幼少のころから運動能力のみならず学問にも秀でていたレンは、組織のおかげで大学に通うことを許された。
身に着けた資格は身分を隠して活動するときに役に立つが、それがレンの真の職業ではない。ヴァンパイアを根絶やしにするという使命は、一度もぶれることがない。
それはレンの生きがいであり、自分を捨てた親への復讐、そして組織への忠誠心という一番の核だ。
「今後の治療について、詳しいことは担当の医師からおはなしがあるでしょう。先のことを考えるのはそれからにして、今はゆっくり休養してください。仕事とはいえ、ヴァンパイアのもとに長期間いたのでしょ。心も体も疲れ切っているはずです。いくら上からの命令だといっても、無茶しすぎですよ」
看護師らしい気遣いを残して、彼女は病室を後にした。
レンはリモコンでベッドの背もたれを起こした。シーツの上から右足のあるあたりまでゆっくりと手を伸ばし、恐る恐る手を当てる。
固い感触があった。だが足のほうは手が乗せられたという感覚がない。
「まさか、そんなことが?」
最悪の事態を予感し、黒い霧が胸の中で濃度を増す。
レンはシーツの端をつかみ、しばらく動きを止めた。めくればそこに真実が見える。だがそれを素直に受け入れられるだろうか。
もし片足をなくしていたら、組織にはいられない。ここで育てられ取得した資格を活かし、平凡に生きることは可能だ。だがレンにはもうそのような生き方はできない。普通の人として生きるには、裏の世界を知りすぎている。
深呼吸して気持ちを静め、唇をぎゅっとかみしめると、レンは勢いよくシーツをめくった。
包帯でぐるぐるまきにされた自分の右足があった。
「おお、神よ……」
ふっと肩の力が抜けた。切断されたわけではないようだ。ふと看護師の言葉が耳に蘇る。
――足に予想以上の深手を負っていました。でもリハビリ次第で普通の生活はできるようになりますよ。
「もうこの仕事はできないに等しいということか?」
ヴァンパイアと一戦を交えることが可能になるまで快復できるのか。身体に叩き込んだすべてを生かせなくなったら、自分はここに残る資格を失うのではないか。
すべてはあの、ダンピールのせいだ。あのとき差し伸べた手を取りさえすれば。あのとき、変に歯向かってこなければ良いものを。
あのとき、
あのとき、
あのとき、
あのとき!
月島聖夜――借りは必ず返す。おまえをこのまま自由にさせるものか。
ダンピールの顔が脳裏をよぎった途端、噛まれたところが不意に熱くなる。もう傷跡も残っていないのに。
あの、背徳的な快楽が全身を貫く。いつまでも、いつまでも忘れられない。まるで強烈な麻薬だ。犠牲者がスレーブになるのは、これを求めるからなのだ。
だが自分には関係ない。幼いときから心のコントロールを訓練してきた。昂る感情も、求め苦しむ渇きも、人を憎む心も。
その自制心を、あの月島聖夜がすべて砕いた。
レンの心の底にあるプライドを。努力を積み重ねれば、何にでもなれるという自信を。
覚醒して一日も経たないひよっこのダンピール、月島聖夜に、すべてを粉々にされた。
「なに、焦ることはない。無理に探し出さなくとも、すぐにでも会えるさ」
ヴァンパイアを追っていれば、必ずどこかで巡り合う。聖夜が逃れたくとも、一度踏み入れた世界から抜け出すことはできない。宿命とはそういうものだ。
いつかは組織に入れてみせる。決して自由にはさせない。自分の使命を忘れさせるものか。それまでは、ひとりの時間を楽しんでおくことだ。
最強のハンターといえど、このレンにとってはただの一齣になる。この組織に入りさえすれば。
それは、レンにとって復讐に等しいものだ。
自分の運命を変えた月島聖夜。おまえがどんなに拒否しても、わたしはおまえを自由にさせるつもりはない。
「月島聖夜。何があっても、決して逃がしはしない。おまえのすべては、いずれわたしのものになる」
レンはそうつぶやくと、口元に小さな笑みを浮かべた。
かのヴァンパイアを思わせるような、不敵な笑みを。
― 了 ―
――ここはどこだ。もしかしておれは今、天国にいるのか?
いくらヴァンパイアとはいえ、多くの命を奪ってきた自分が天国に行けるはずがない。死後は地獄の焔に焼かれる宿命のはずだ。
レンは状況が掴めず混乱していたが、徐々に気持ちが落ち着いてくると、辺りを見回す余裕ができた。
左腕に刺されているのは、点滴の管だ。他にも心拍数や血圧を表示したモニターが置かれている。
消毒薬の臭いが鼻につく。使い慣れない固めのベッドのおかげで、自分のいる場所が病院だと理解できた。
「わたしは生きているのか」
それも人間として。
二度も聖夜に血を吸われた。あのまま死んだら闇の住人として蘇る可能性を、レンはわずかだが恐れていた。
「いや、それはないはずだ。ダンピールは犠牲者をスレーブにできない」
知識として聞いているのもが事実とは限らない。ダンピールという存在がいなくなって久しいのだ。記録が全て正しいとは言い切れない。
聖夜がダンピールとして覚醒したとき、レンはちょっとした油断で血を吸われた。
それでも生まれたてのダンピールを組織に連れ帰るのは簡単なはずだった。ドルーの元から連れ出すことには成功したのに、一度血を吸われたことで、暗示をかけられて取り逃がしてしまった。
すぐに組織の支部に戻り、レンは自分がヴァンパイアになる可能性を恐れ、過去の記録を隅々まで調べた。幸いなことにダンピールに噛まれてヴァンパイアになった例は、一件も見つけられなかった。それでも「見つけられない」だけで、ないことを証明することはほぼ不可能――いわゆる「悪魔の証明」だ。
数世紀におよぶヴァンパイア・ハンターの組織でも、ヴァンパイア以上にダンピールについては解らないことが多い。
ヴァンパイアの父と人間の母の間に生まれたのに、変化する者としない者がいる。
その差がどこにあるのか。
そしてなぜ彼らは、生まれながらにしてヴァンパイアを倒す能力を持っているのか。
疑問の答えを得ようにも、サンプルが少なすぎた。
過去に組織に入ったダンピールもいたが、その数はわずかだ。絶対数の少ないダンピールを見つけるのは困難を極める。
ただ幸いにして彼らは無限の命を持つゆえに、後継者たるダンピールを探すだけの時間的余裕はあった。
それでも空白のときは存在する。ヴァンパイアに倒されるもの、夜の世界に行ってしまうもの。どういう結果になったのかは不明だが、ヴィンパイア退治の一行が全滅してしまうことも少なからずあった。
組織にダンピールがいなくなって、すでに何十年もの時間が流れた。
今でも語り継がれているのは、コナーという名前のダンピールだ。驚いたことに聖夜と瓜二つの顔立ちをしている。コナーはあるブラッディ・マスターと戦い、消息が解らなくなった。
記録では「死亡」とされていたが、まさかこんなところで消息がつかめるとは思いもしなかった。
おそらくブラッディ・マスターの誘いに乗り、新たなブラッディ・マスターとなる道を選んだのだろう。そしてあの流香という少女と出会い、子を成した。
それにしても月島聖夜は、なかなか見どころのあるダンピールだ。
仲間のために命をかけようとする自己犠牲の精神と、獲物を目の前にしたときの冷酷な顔。手を差し伸べたレンを、気に召さないというだけで迷うことなく切りつけた冷淡さ。
傷つけた相手を何の感情もあらわさないで見つめる。氷のような冷たい目に射抜かれて、レンは恐怖を感じる一方で、その非情さに歓喜した。
ヴァンパイアと対峙するのに、情けはいらない。
敵に向ける非情さと冷酷さを持つ一方で、仲間を守り抜こうとする献身的な行動ができる人物だ。
理想的なハンターだ。敵と味方を正しく理解すれば、これ以上はない大きな力となるだろう。
「草の根を分けても、探し出してやる。そしてこの手に入れてみせる」
聖夜を見つけ仲間に入れた日を思うと、レンは我知らず笑いが漏れた。
「あら、レンさん、気がつかれたんですね」
目に優しい薄いピンク色の白衣をまとった看護師が病室に入り、レンが意識を取り戻しているのに気づいた。
この若い女性は、一年ほど前にレン達が助けた人物だ。
善人を装って近づき恋人となった男は、ある瞬間にヴァンパイアの本性を表し、彼女に牙をむいた。
内部調査を続けていたレン達は、間一髪のタイミングで救出に成功した。
信頼していた恋人が魔性だったことに傷ついた彼女は、組織の丁寧なケアによって立ち直ることができた。そしてヴァンパイアの存在を知った今、昨日までの生活に戻ろうとせず、組織に入る道を選んだ。
ヴァンパイア・ハンターたちの組織は、ハンターのみならず多くの人物で構成されている。病院もその施設のひとつだ。看護師だった彼女は、その資格を活かして組織に入る。人に話しても信じてもらえない体験を共有できる場所は、それだけで癒しにもなっている。
そう。人々はすぐ隣に存在する闇を知らない。わが身に降りかかって初めて、伝説の生き物が実在することに気づく。彼女がそうであったように。
看護師はレンの手を取り、脈を確認した。その間もレンの口元は笑みを抑えきれず、口角がわずかに上がっている。
「あら、レンさん。さっきまで意識のなかった病人とは思えないくらい、元気でうれしそうですね」
「ああ、やっとダイヤモンドの原石を見つけたからな」
「それはよかったですわ。嬉しいことがあるなら、すぐ歩けるようになりますよ」
――え?
レンは看護師の言葉が、一瞬理解できなかった。
「歩けるように……?」
「ええ、足に予想以上の深手を負っていました。でもリハビリ次第で普通の生活はできるようになりますよ」
「――つまり運動能力が完全に戻らないということか。ならばわたしは……」
ヴァンパイアと戦うことは、もう不可能というのか?
ハンターとしてこれまで積み上げてきたものは、無駄になるというのか?
レンの人生はすべてが組織と一体だ。物心つく前からここで生きてきた。幼少のころから運動能力のみならず学問にも秀でていたレンは、組織のおかげで大学に通うことを許された。
身に着けた資格は身分を隠して活動するときに役に立つが、それがレンの真の職業ではない。ヴァンパイアを根絶やしにするという使命は、一度もぶれることがない。
それはレンの生きがいであり、自分を捨てた親への復讐、そして組織への忠誠心という一番の核だ。
「今後の治療について、詳しいことは担当の医師からおはなしがあるでしょう。先のことを考えるのはそれからにして、今はゆっくり休養してください。仕事とはいえ、ヴァンパイアのもとに長期間いたのでしょ。心も体も疲れ切っているはずです。いくら上からの命令だといっても、無茶しすぎですよ」
看護師らしい気遣いを残して、彼女は病室を後にした。
レンはリモコンでベッドの背もたれを起こした。シーツの上から右足のあるあたりまでゆっくりと手を伸ばし、恐る恐る手を当てる。
固い感触があった。だが足のほうは手が乗せられたという感覚がない。
「まさか、そんなことが?」
最悪の事態を予感し、黒い霧が胸の中で濃度を増す。
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もし片足をなくしていたら、組織にはいられない。ここで育てられ取得した資格を活かし、平凡に生きることは可能だ。だがレンにはもうそのような生き方はできない。普通の人として生きるには、裏の世界を知りすぎている。
深呼吸して気持ちを静め、唇をぎゅっとかみしめると、レンは勢いよくシーツをめくった。
包帯でぐるぐるまきにされた自分の右足があった。
「おお、神よ……」
ふっと肩の力が抜けた。切断されたわけではないようだ。ふと看護師の言葉が耳に蘇る。
――足に予想以上の深手を負っていました。でもリハビリ次第で普通の生活はできるようになりますよ。
「もうこの仕事はできないに等しいということか?」
ヴァンパイアと一戦を交えることが可能になるまで快復できるのか。身体に叩き込んだすべてを生かせなくなったら、自分はここに残る資格を失うのではないか。
すべてはあの、ダンピールのせいだ。あのとき差し伸べた手を取りさえすれば。あのとき、変に歯向かってこなければ良いものを。
あのとき、
あのとき、
あのとき、
あのとき!
月島聖夜――借りは必ず返す。おまえをこのまま自由にさせるものか。
ダンピールの顔が脳裏をよぎった途端、噛まれたところが不意に熱くなる。もう傷跡も残っていないのに。
あの、背徳的な快楽が全身を貫く。いつまでも、いつまでも忘れられない。まるで強烈な麻薬だ。犠牲者がスレーブになるのは、これを求めるからなのだ。
だが自分には関係ない。幼いときから心のコントロールを訓練してきた。昂る感情も、求め苦しむ渇きも、人を憎む心も。
その自制心を、あの月島聖夜がすべて砕いた。
レンの心の底にあるプライドを。努力を積み重ねれば、何にでもなれるという自信を。
覚醒して一日も経たないひよっこのダンピール、月島聖夜に、すべてを粉々にされた。
「なに、焦ることはない。無理に探し出さなくとも、すぐにでも会えるさ」
ヴァンパイアを追っていれば、必ずどこかで巡り合う。聖夜が逃れたくとも、一度踏み入れた世界から抜け出すことはできない。宿命とはそういうものだ。
いつかは組織に入れてみせる。決して自由にはさせない。自分の使命を忘れさせるものか。それまでは、ひとりの時間を楽しんでおくことだ。
最強のハンターといえど、このレンにとってはただの一齣になる。この組織に入りさえすれば。
それは、レンにとって復讐に等しいものだ。
自分の運命を変えた月島聖夜。おまえがどんなに拒否しても、わたしはおまえを自由にさせるつもりはない。
「月島聖夜。何があっても、決して逃がしはしない。おまえのすべては、いずれわたしのものになる」
レンはそうつぶやくと、口元に小さな笑みを浮かべた。
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