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第2話
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しおりを挟む自分でも妙なことと思ったが、これが転化の予兆だったのかもしれない。永宵がまったく訪ねてこず、発情が悪化するたびに仁瑶が翠玲を慰めてくれていたことも、肉体の変化を促す一因となったのだろう。
胡蝶の痣があるからといって、必ずしも性種の転化が起こるわけではない。
おそらくは、持ち主が下邪であることを厭い、天陽種になりたいと強く望むほど恋しい相手を見つけてこそ、琅寧の特殊な血を開花させるのだろうと翠玲は思った。
さりとて、仁瑶を恋うるだけでこの身が天陽になるのなら、翠玲はとっくに転化していたはずである。今の翠玲には、下邪から天陽へ完全に性種を創り変えるための、決定的ななにかが足りていなかった。
(あと他に、なにが必要なのだろう……)
かつて琅寧で教えられたのは、二十歳までに性種が変わる可能性があるということだけだ。胡蝶の痣を持った皇族の記録を見ても、転化したか否かが記されているだけで、詳細を知ることはできなかった。
日を追うごとに、腹の奥でのたうち廻る情慾の強さが増していく。苦しさで褥に蹲りながら、考えるのは仁瑶のことばかりになっていった。
仁瑶付きの太医が翠玲のことも診てくれるようになったが、状況は悪化するばかり。薬湯を飲めない日や、食事もままならない日が増えていく。
翠玲の体調が少しでも悪化すると、仁瑶はなにを置いても宝珠宮へ駆けつけてくれた。仁瑶の腕に身を預け、木蓮の香りを感じながらやさしく慰めてもらうと恋しくて切なくなるほどで、ずっと痛みが続けばよいのにとすら思った。
翠玲の身體は、あとほんのわずかで転化できる状態にありながら、そのきっかけをつかめずにいた。
最早発情といえるのかわからないほどの発熱と疼痛に悩まされ、終わりのない苦しみに喘ぐことしかできなくなっていく。
もしかしたらこのまま死ぬのかもしれないと、そんなことさえ思い始めた頃だった。
朦朧とした意識の中、常のように駆けつけてくれた仁瑶の躰にしがみつく。仁瑶と華桜が話す声が遠くで聞こえ、帝君、と言うのがわかった。
――まさか永宵が来るのだろうか。そうしたら、もう仁瑶はこんなふうに翠玲の身を抱きしめてくれなくなってしまう。
嫌で嫌でたまらなくて、乾いたくちびるをどうにか動かす。頭を振って、無意識のうちに肌香を発した。同種の仁瑶がそんなもので誘惑されるはずもないとわかっていても、翠玲には他に繋ぎとめられる手だてがなかった。
(仁瑶様、っ行かないで……、行かないで、ここにいて)
不安に駆られたせいか、ただでさえ速かった呼吸がさらに浅く荒くなっていく。
そんな様子を哀れに思ったのか、仁瑶は憔悴した翠玲をやさしく抱きすくめてくれた。
――小玲、と。甘やかな声音が耳朶をふるわせる。
心臓が痛いくらいに脈打っていた。木蓮の香りで肺腑が満たされ、身體の芯がひどく疼く。
『小玲、大丈夫。私がついておりますからね。……ずっとあなたを守っていますから』
愛おしむように囁かれ、翠玲は身をふるわせた。同時に、額にやわらかな感触が触れる。それが仁瑶のくちびるだとわかった瞬間、翠玲の中でなにかがはじけた。
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