40 / 56
40、閑話 標的の事
しおりを挟む
黒いネズミ所属の暗殺者、ディーンおじさん視点の話です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
己が特に何にも恵まれずに生まれたのだということは、早いうちから理解していたように思う。具体的に言うなら、起きたら1つ下の妹が冷たくなっていた時なんかに。
だからメシの種は選ばなかったし、なんにしたって妹みたいにならなけりゃあ儲けモンだと思っていた。親父に似なかった妹は愛らしかったけれど、頑丈さは受け継がなかったようだから。
「ねーおじさん、あれもっかいやって!」
「やってー! 見たいー」
妹とは似ても似つかぬ、ふわふわしい金の髪の妖精みたいなチビ2人に纏わり付かれながら、上には上がいるもんだなと思う。容姿をウリにして大人に付いて回るガキ共が掠れて見えそうだ。
ああだが、貧民街のガキ共も、こんなふうに大道芸をねだったものだ。さっき洗ったばかりのフォークをいくらか手に取り、順に放り投げる。きゃあ、と歓声をあげた2人は、そのままくるくると回る食器に合わせて緑の瞳をくるりと回す。
「……落とさないでくださいね」
「わぁってるよ。……なあ」
「ん? ……器用ですねぇ」
一緒に皿を洗っていた使用人のガキはちらりとこちらを見て、チビたちの反応を見、どうやら容認することにしたようだった。ちょうど最後のフォークを持っていたので、ここへ投げろと手を見せる。ぽいと放られたそれを受け取ってお手玉の数を増やせば、チビ2人の姉が釣れた。
高貴なお坊ちゃんたちは、きっとこういう芸を見たことがないのだろう。路端で良く見る大道芸を、良い格好した子供が揃って眺めているのはなんだか滑稽だ。俺が彼らを殺そうとしてやって来た、ということも含めて。
「……はい、おしまい。どうもおありがとうございました」
宙を舞っていたフォークを適当なところで手に戻し、大仰に礼をして見せる。ガキ共からは文句を言われたが、奴らの長男が号令を掛ければわっとそちらへ走って行った。今から勉強の時間らしい、御大層なことだ。
「お疲れさまです。これどうぞ」
彫刻じみて繊細な、彩度の低い使用人から投げ渡されたのは、よく熟れて美味そうな林檎だった。食料に余裕なんぞないだろうに。良いのか、とそちらを見れば、濃いマルベリーの瞳を細めて、大人びた子供は悪戯っぽく笑う。
「大道芸にはお代がいるでしょう」
「あー……どうも」
一応気を遣われたらしい。難儀なものだ。私にも教えてくれませんか、なんて冗談めかして言う子供の顔は、昨晩たったの2人で大人の俺を退けたとは思えない。実際手も足も出なかったというか……コイツが指輪を着けているうちは歯向かう気も起きなくなったので、才能とは残酷なものだと思う。
袖で拭った林檎を齧る。美味かった。これからどうなるのか、自分では欠片も見当が付かない。だけどまあ、たまにこうやって美味いものが貰えるなら良いんじゃないかと思うあたり、自分はだいぶん毒されているらしい。
「さて。それじゃあ、ディーンさん、いくつかお願いがあるんですよ」
「おう、なんだ」
ぱちん、と手を叩き、絵画に描かれていそうに隙の無い笑顔を浮かべた子供は、特に恐れることもなく俺を呼ぶ。魔術で反撃出来るからこその余裕なのだろう。普通は怖いもんだと思う。俺はこのガキよりゆうに頭1つ分は背が高い。
「私たちの手の届かない場所を見てもらうのと……あとはあれですね、力のいる作業」
「任せろ、報酬分は仕事する」
一応、この濃灰の髪をした少年は、俺の上司、ということになるのだろう。金髪たちの長男が俺の新しい雇い主のようだから。であれば、まあ従順に媚びを売っておいて損はない。今度の上司は随分と気さくで、俺がもういない妹の話をしても嫌がらずに聞いてくれるから。いい大人がガキの下に付くなんて、今までの選り好みしなかった仕事に比べればなんてことない。
つむじの見える小さな頭を追いかけて、ああ、どうか良い選択であってくれと祈った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
己が特に何にも恵まれずに生まれたのだということは、早いうちから理解していたように思う。具体的に言うなら、起きたら1つ下の妹が冷たくなっていた時なんかに。
だからメシの種は選ばなかったし、なんにしたって妹みたいにならなけりゃあ儲けモンだと思っていた。親父に似なかった妹は愛らしかったけれど、頑丈さは受け継がなかったようだから。
「ねーおじさん、あれもっかいやって!」
「やってー! 見たいー」
妹とは似ても似つかぬ、ふわふわしい金の髪の妖精みたいなチビ2人に纏わり付かれながら、上には上がいるもんだなと思う。容姿をウリにして大人に付いて回るガキ共が掠れて見えそうだ。
ああだが、貧民街のガキ共も、こんなふうに大道芸をねだったものだ。さっき洗ったばかりのフォークをいくらか手に取り、順に放り投げる。きゃあ、と歓声をあげた2人は、そのままくるくると回る食器に合わせて緑の瞳をくるりと回す。
「……落とさないでくださいね」
「わぁってるよ。……なあ」
「ん? ……器用ですねぇ」
一緒に皿を洗っていた使用人のガキはちらりとこちらを見て、チビたちの反応を見、どうやら容認することにしたようだった。ちょうど最後のフォークを持っていたので、ここへ投げろと手を見せる。ぽいと放られたそれを受け取ってお手玉の数を増やせば、チビ2人の姉が釣れた。
高貴なお坊ちゃんたちは、きっとこういう芸を見たことがないのだろう。路端で良く見る大道芸を、良い格好した子供が揃って眺めているのはなんだか滑稽だ。俺が彼らを殺そうとしてやって来た、ということも含めて。
「……はい、おしまい。どうもおありがとうございました」
宙を舞っていたフォークを適当なところで手に戻し、大仰に礼をして見せる。ガキ共からは文句を言われたが、奴らの長男が号令を掛ければわっとそちらへ走って行った。今から勉強の時間らしい、御大層なことだ。
「お疲れさまです。これどうぞ」
彫刻じみて繊細な、彩度の低い使用人から投げ渡されたのは、よく熟れて美味そうな林檎だった。食料に余裕なんぞないだろうに。良いのか、とそちらを見れば、濃いマルベリーの瞳を細めて、大人びた子供は悪戯っぽく笑う。
「大道芸にはお代がいるでしょう」
「あー……どうも」
一応気を遣われたらしい。難儀なものだ。私にも教えてくれませんか、なんて冗談めかして言う子供の顔は、昨晩たったの2人で大人の俺を退けたとは思えない。実際手も足も出なかったというか……コイツが指輪を着けているうちは歯向かう気も起きなくなったので、才能とは残酷なものだと思う。
袖で拭った林檎を齧る。美味かった。これからどうなるのか、自分では欠片も見当が付かない。だけどまあ、たまにこうやって美味いものが貰えるなら良いんじゃないかと思うあたり、自分はだいぶん毒されているらしい。
「さて。それじゃあ、ディーンさん、いくつかお願いがあるんですよ」
「おう、なんだ」
ぱちん、と手を叩き、絵画に描かれていそうに隙の無い笑顔を浮かべた子供は、特に恐れることもなく俺を呼ぶ。魔術で反撃出来るからこその余裕なのだろう。普通は怖いもんだと思う。俺はこのガキよりゆうに頭1つ分は背が高い。
「私たちの手の届かない場所を見てもらうのと……あとはあれですね、力のいる作業」
「任せろ、報酬分は仕事する」
一応、この濃灰の髪をした少年は、俺の上司、ということになるのだろう。金髪たちの長男が俺の新しい雇い主のようだから。であれば、まあ従順に媚びを売っておいて損はない。今度の上司は随分と気さくで、俺がもういない妹の話をしても嫌がらずに聞いてくれるから。いい大人がガキの下に付くなんて、今までの選り好みしなかった仕事に比べればなんてことない。
つむじの見える小さな頭を追いかけて、ああ、どうか良い選択であってくれと祈った。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
向日葵と恋文
ベンジャミン・スミス
BL
第二次世界大戦中の日本。幼なじみの昌と撤司は、冬を溶かすように身体を重ねていた。しかし、そこへ撤司に赤紙が届く。足に障害を抱え一緒に出兵できない昌は見送ることしかできない。お互いの想いを隠し続けた日々。出兵の日、撤司は、昌に想いを伝えようとするが、そこに現れたのは、昌の妹だった。
想いを伝えることなく、戦地へと旅立った撤司は、戦地から恋文を届け続ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる