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19、移動のこと
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お泊まり会場()に移動する回です。
できない事もあるし、できない事の方が多い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「坊ちゃんがた、準備のほどはいかがですか」
にっこり、と笑って、余所行きの顔をするのは、私のお願いを聞いてお役目を捩じ込んでくれたアルフだ。別の意味で怖い気はするが、物理で来られてもコンラッド様は対処出来るはずなので、それなら他の使用人よりは良いと思う。
こうして見ると普通に顔の良い従僕なんだよな……アルフ……。どうしてあんなに歪んでしまったのだろう。私が言えたことじゃないけど普通にしてたら普通に好い人だってできたろうに。
「大丈夫」
「それは良ぅございます。お荷物をお預かりしても?」
「僕、自分で持てる」
子供好きなんだろうなぁ……って笑顔で愛想よく話し掛けて作業を進めるアルフは、従僕として見るなら優秀な部類なんだと思う。私以外の全ての使用人を警戒するコンラッド様によってすげなく断られているけれど。
「そうですか……では、馬車の準備が整いましたらご案内致しますね。メアリお嬢様たちのお荷物は……」
「こちらにご用意してあります」
3人分3つ。なんとか鞄に収めてもらった。大きなそれを弟妹様たちに持たせるのは流石に酷なので、これらを運ぶのは私たちの役目だ。最悪私とコンラッド様で運ぶことも視野に入れてあったけれど、アルフの反応を見るにまともな仕事をしてくれそうだ。
よいしょ、と軽々大きな鞄2つを持ち上げるアルフにちょっと年齢の理不尽さを感じた。見てるからな、とジェスチャーして、私も1つ分を持ち上げる。
「先に荷物を積み込んでまいりますね」
「うん」
アルフにはにっこり笑われたが、コンラッド様へ一礼して部屋を出る。特に話すこともない。うっかりしてもかなわないし、何より私たちはすぐにも抜け出して反撃を行う予定だ。その時まで、この男には「敵」でいてもらわねば困る。
「…………なあ」
ただ、話し掛けられたなら、少しくらいは答えても良いかもしれない。そう思うくらいには、なんとなく情……と、いうか、離したくない手駒感が沸いていたのかもしれない。
「なんですか」
「そんなに大事か」
…………コンラッド様の事だろう。明らかに不穏なお泊まりにさえ付いて仕えるほどなのか、と。大事に決まっている。価値観も常識も己の肉体さえ違う世界に放り込まれて、気を違えることなく生きられているのは彼のおかげと言って過言ではない。良く知らん暴力男に尻を許している時点で頭がおかしいと言われれば反論できないが。
コンラッド様が味方でいてくれたから、1人ではなかったから、私はまともに生きているのだ。読者の私も悪役として好きだった彼へ仕えられるとなったら、そりゃあ地の果てまで精魂尽くしてお仕えする以外無いだろう。
「当たり前じゃないですか」
何を今更、と答えれば、アルフは不快げに眉を寄せた。嫌そうだなあ、と内心で笑う。
「帰ってきたら土産話をしてあげますよ」
「……いらねぇよ」
舌打ちでもしそうな様子のアルフは、少々乱暴に荷台を開けて鞄を積み込んだ。私が両手で苦労しながら運んだ鞄を、ひょいと片手で取り上げられると悲しいものがある。……せっかくだから監禁証拠集める間に筋トレでもしようかな。
ゴードン伯爵の用意した使用人や御者はすでに揃っていて、あとは荷を確認し、コンラッド様たちが乗り込むだけのようだ。呼んできてくれ、と言われて子供部屋へ戻る。私も一緒に行くのだということは周知されているようで、数名からは気遣わしげな視線が向けられた。
「コンラッド様、メアリお嬢様、ジョン坊ちゃん、ジェーンお嬢様、出発の準備が整ったようです」
「そうか。じゃあ行こう」
「はい」
立ち上がったコンラッド様と、元気良くお返事をくれる弟妹様たちと共に部屋を出る。
「……がんばろうな」
「はい」
するりと私に近付いたコンラッド様が、低い声で言った。私は当然それにこたえて、見送りのない廊下でお互いに手を繋いだ。
いいな、と目ざとくそれを見つけたジョン坊ちゃんとジェーンお嬢様が空いている手を握って、メアリお嬢様がジェーンお嬢様と手を繋いだ。きっと頑張れる、と思った。
できない事もあるし、できない事の方が多い。
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「坊ちゃんがた、準備のほどはいかがですか」
にっこり、と笑って、余所行きの顔をするのは、私のお願いを聞いてお役目を捩じ込んでくれたアルフだ。別の意味で怖い気はするが、物理で来られてもコンラッド様は対処出来るはずなので、それなら他の使用人よりは良いと思う。
こうして見ると普通に顔の良い従僕なんだよな……アルフ……。どうしてあんなに歪んでしまったのだろう。私が言えたことじゃないけど普通にしてたら普通に好い人だってできたろうに。
「大丈夫」
「それは良ぅございます。お荷物をお預かりしても?」
「僕、自分で持てる」
子供好きなんだろうなぁ……って笑顔で愛想よく話し掛けて作業を進めるアルフは、従僕として見るなら優秀な部類なんだと思う。私以外の全ての使用人を警戒するコンラッド様によってすげなく断られているけれど。
「そうですか……では、馬車の準備が整いましたらご案内致しますね。メアリお嬢様たちのお荷物は……」
「こちらにご用意してあります」
3人分3つ。なんとか鞄に収めてもらった。大きなそれを弟妹様たちに持たせるのは流石に酷なので、これらを運ぶのは私たちの役目だ。最悪私とコンラッド様で運ぶことも視野に入れてあったけれど、アルフの反応を見るにまともな仕事をしてくれそうだ。
よいしょ、と軽々大きな鞄2つを持ち上げるアルフにちょっと年齢の理不尽さを感じた。見てるからな、とジェスチャーして、私も1つ分を持ち上げる。
「先に荷物を積み込んでまいりますね」
「うん」
アルフにはにっこり笑われたが、コンラッド様へ一礼して部屋を出る。特に話すこともない。うっかりしてもかなわないし、何より私たちはすぐにも抜け出して反撃を行う予定だ。その時まで、この男には「敵」でいてもらわねば困る。
「…………なあ」
ただ、話し掛けられたなら、少しくらいは答えても良いかもしれない。そう思うくらいには、なんとなく情……と、いうか、離したくない手駒感が沸いていたのかもしれない。
「なんですか」
「そんなに大事か」
…………コンラッド様の事だろう。明らかに不穏なお泊まりにさえ付いて仕えるほどなのか、と。大事に決まっている。価値観も常識も己の肉体さえ違う世界に放り込まれて、気を違えることなく生きられているのは彼のおかげと言って過言ではない。良く知らん暴力男に尻を許している時点で頭がおかしいと言われれば反論できないが。
コンラッド様が味方でいてくれたから、1人ではなかったから、私はまともに生きているのだ。読者の私も悪役として好きだった彼へ仕えられるとなったら、そりゃあ地の果てまで精魂尽くしてお仕えする以外無いだろう。
「当たり前じゃないですか」
何を今更、と答えれば、アルフは不快げに眉を寄せた。嫌そうだなあ、と内心で笑う。
「帰ってきたら土産話をしてあげますよ」
「……いらねぇよ」
舌打ちでもしそうな様子のアルフは、少々乱暴に荷台を開けて鞄を積み込んだ。私が両手で苦労しながら運んだ鞄を、ひょいと片手で取り上げられると悲しいものがある。……せっかくだから監禁証拠集める間に筋トレでもしようかな。
ゴードン伯爵の用意した使用人や御者はすでに揃っていて、あとは荷を確認し、コンラッド様たちが乗り込むだけのようだ。呼んできてくれ、と言われて子供部屋へ戻る。私も一緒に行くのだということは周知されているようで、数名からは気遣わしげな視線が向けられた。
「コンラッド様、メアリお嬢様、ジョン坊ちゃん、ジェーンお嬢様、出発の準備が整ったようです」
「そうか。じゃあ行こう」
「はい」
立ち上がったコンラッド様と、元気良くお返事をくれる弟妹様たちと共に部屋を出る。
「……がんばろうな」
「はい」
するりと私に近付いたコンラッド様が、低い声で言った。私は当然それにこたえて、見送りのない廊下でお互いに手を繋いだ。
いいな、と目ざとくそれを見つけたジョン坊ちゃんとジェーンお嬢様が空いている手を握って、メアリお嬢様がジェーンお嬢様と手を繋いだ。きっと頑張れる、と思った。
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