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18、お泊まりのこと
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お泊まり()の準備をする回です。
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血縁、という関係は、非常に厄介だ。その血の繋がりによって乳母子の立場を得ている私が言うのもどうかと思うが。
まずもって1番に来るだろう感情の大多数が好意だから、当然人はそれを前提に話をする。親が苦手だ、親類が嫌いだと言うなら、理由を述べる所から始めなければならない。
関わり合う時間が長いから、自然良くしておこうとか、目をかけてやらねばという気も湧いてくる。つまり何かというと、ゴードン伯爵がコンラッド様たちを気に掛けて色々してやろうというのは、字面だけなら何もおかしくはないということだ。
疫病が流行っているのもたしか。レンドル領ではまだマシだが、王都付近ではヨーロッパの黒死病もかくやという有様だという。良い付き合いのある相手が健やかでいて欲しいと願うのに、なんの疑問もない。
両親がしばらく帰っておらず、彼らが王都で疫病に罹患した、ということもある。そりゃあ、まともな親族ならなにくれと気に掛けているだろうし、寂しいだろうと訪ねもする。対応を急ぐ必要があるなら、居残った使用人と相談して勝手に手配してしまうものもあるだろう。
ついでに言うなら、コンラッド様のお披露目がまだである、というのも大きな問題だ。社交界に出ていない子供、つまりは保護者に許可されない交流をするのは非常に難しい。……私は特殊な例である。
よって、社交界でのゴードン伯爵の評価を知るためには、せいぜい家庭教師の先生方にお尋ねするしかないわけだ。噂にも鮮度があるわけで、どうしてもワンテンポ遅れる。
「ねー、クロード。テディも入れていい?」
「もちろんです。一緒に連れて行きましょうね」
そんなわけで、コンラッド様を説得し、弟妹様たちにも事情をふわっと話して、荷造りに勤しんでいる。2人して『お泊まりに行くよ!』と最大限好意的に発表したので、みなさまわくわくしながら旅行鞄に荷を詰めていた。
「なあクロード、ロープとかシーツ、いるかな?」
「あー……どうでしょう。あれば便利ではありますね。いくらあっても困りませんし……」
非常に悔しい話だが、ゴードン伯爵を失脚させる手段として、この『お泊まり』は大チャンスだ。証拠が自動的に我々の手へ渡るのだから。記録の魔導具も作ったことだし、さっさと監禁なりされて内部事情を映像に残し、そこから脱出して然るべき所へ駆け込めばいい。……まともに逃げ出させてくれるならば。
「じゃあ入りそうだし入れとく」
「お願いします」
私とコンラッド様については、そういう意味での用意でもある。
なお、さっさと用意を済ませてある私の鞄は、最低限の服と日用品の他、現金やら魔石やら魔導具やら武器やら、12年かけてこっそりちょろまかしておいた銀食器やらが詰め込まれている。私の私物なんてみっともなく無いくらいあれば良いのだ、先立つ物は金と現物である。
「クロード、ティーセットを入れても良いかしら?」
お気に入りのカップとソーサーを持ってきたメアリお嬢様は、なんだか申し訳なさそうに私を見上げている。彼女も彼女なりに、これがただの『お泊まり会準備』ではないことを分かっているらしい。
「構いませんよ。壊れやすいですから、先にしっかり包んで詰めておきましょうね」
だが、だからこそ変に我慢はして欲しくない。私とコンラッド様は決めたのだ。弟妹様たちには、なるべく幸せに生きてほしいと。
「ほんとう? いいの?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ僕はポットを持っていこうかな。メアリがお茶を飲む時に使ってもらおう」
横からひょいとメアリお嬢様の手元をのぞき込んだコンラッド様は、テーブルに置いてあったポットを指差す。それをジョン坊ちゃんとジェーンお嬢様も羨ましがり、私たちは結局、全員分のティーセットを分けて鞄へ詰めることにした。
さすがに、さすがにだ。小説でだって生き残れているのだから、最低限の家具すらないなんてことはあり得ないはずだけれど。それでも、私はどこか不安だったのだと思う。「向こうにありますから、大丈夫ですよ」と、詰めておきましょうと言う前に、そんな一言さえ言えなかった。
先生方に相談もした。保険としてトルクたちにも連絡した。これが1番、早くて確実で、罪が重くなる可能性が高い。だけど、冷たくとも住み慣れた屋敷を離れるのが、こんなに怖い。
「クロード」
「はい、なんでしょう?」
想像と筋書きの及ばない困難が広がっているような気がして寒気を覚えていると、コンラッド様がそっと隣に立っていた。おんなじくらいの背丈の、ふわふわ明るくて天使のような少年が、私にそっと耳打ちする。
「いざとなったら、僕が攻撃魔法でぜーんぶ吹き飛ばしてあげるからね、兄上」
悪戯っ子みたいに笑う弟は、今日も聡くて愛らしい。
「ありがとうございます、コンラッド様。そのときはよろしくお願いしますね」
これが、期限の前日の夜だった。
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血縁、という関係は、非常に厄介だ。その血の繋がりによって乳母子の立場を得ている私が言うのもどうかと思うが。
まずもって1番に来るだろう感情の大多数が好意だから、当然人はそれを前提に話をする。親が苦手だ、親類が嫌いだと言うなら、理由を述べる所から始めなければならない。
関わり合う時間が長いから、自然良くしておこうとか、目をかけてやらねばという気も湧いてくる。つまり何かというと、ゴードン伯爵がコンラッド様たちを気に掛けて色々してやろうというのは、字面だけなら何もおかしくはないということだ。
疫病が流行っているのもたしか。レンドル領ではまだマシだが、王都付近ではヨーロッパの黒死病もかくやという有様だという。良い付き合いのある相手が健やかでいて欲しいと願うのに、なんの疑問もない。
両親がしばらく帰っておらず、彼らが王都で疫病に罹患した、ということもある。そりゃあ、まともな親族ならなにくれと気に掛けているだろうし、寂しいだろうと訪ねもする。対応を急ぐ必要があるなら、居残った使用人と相談して勝手に手配してしまうものもあるだろう。
ついでに言うなら、コンラッド様のお披露目がまだである、というのも大きな問題だ。社交界に出ていない子供、つまりは保護者に許可されない交流をするのは非常に難しい。……私は特殊な例である。
よって、社交界でのゴードン伯爵の評価を知るためには、せいぜい家庭教師の先生方にお尋ねするしかないわけだ。噂にも鮮度があるわけで、どうしてもワンテンポ遅れる。
「ねー、クロード。テディも入れていい?」
「もちろんです。一緒に連れて行きましょうね」
そんなわけで、コンラッド様を説得し、弟妹様たちにも事情をふわっと話して、荷造りに勤しんでいる。2人して『お泊まりに行くよ!』と最大限好意的に発表したので、みなさまわくわくしながら旅行鞄に荷を詰めていた。
「なあクロード、ロープとかシーツ、いるかな?」
「あー……どうでしょう。あれば便利ではありますね。いくらあっても困りませんし……」
非常に悔しい話だが、ゴードン伯爵を失脚させる手段として、この『お泊まり』は大チャンスだ。証拠が自動的に我々の手へ渡るのだから。記録の魔導具も作ったことだし、さっさと監禁なりされて内部事情を映像に残し、そこから脱出して然るべき所へ駆け込めばいい。……まともに逃げ出させてくれるならば。
「じゃあ入りそうだし入れとく」
「お願いします」
私とコンラッド様については、そういう意味での用意でもある。
なお、さっさと用意を済ませてある私の鞄は、最低限の服と日用品の他、現金やら魔石やら魔導具やら武器やら、12年かけてこっそりちょろまかしておいた銀食器やらが詰め込まれている。私の私物なんてみっともなく無いくらいあれば良いのだ、先立つ物は金と現物である。
「クロード、ティーセットを入れても良いかしら?」
お気に入りのカップとソーサーを持ってきたメアリお嬢様は、なんだか申し訳なさそうに私を見上げている。彼女も彼女なりに、これがただの『お泊まり会準備』ではないことを分かっているらしい。
「構いませんよ。壊れやすいですから、先にしっかり包んで詰めておきましょうね」
だが、だからこそ変に我慢はして欲しくない。私とコンラッド様は決めたのだ。弟妹様たちには、なるべく幸せに生きてほしいと。
「ほんとう? いいの?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ僕はポットを持っていこうかな。メアリがお茶を飲む時に使ってもらおう」
横からひょいとメアリお嬢様の手元をのぞき込んだコンラッド様は、テーブルに置いてあったポットを指差す。それをジョン坊ちゃんとジェーンお嬢様も羨ましがり、私たちは結局、全員分のティーセットを分けて鞄へ詰めることにした。
さすがに、さすがにだ。小説でだって生き残れているのだから、最低限の家具すらないなんてことはあり得ないはずだけれど。それでも、私はどこか不安だったのだと思う。「向こうにありますから、大丈夫ですよ」と、詰めておきましょうと言う前に、そんな一言さえ言えなかった。
先生方に相談もした。保険としてトルクたちにも連絡した。これが1番、早くて確実で、罪が重くなる可能性が高い。だけど、冷たくとも住み慣れた屋敷を離れるのが、こんなに怖い。
「クロード」
「はい、なんでしょう?」
想像と筋書きの及ばない困難が広がっているような気がして寒気を覚えていると、コンラッド様がそっと隣に立っていた。おんなじくらいの背丈の、ふわふわ明るくて天使のような少年が、私にそっと耳打ちする。
「いざとなったら、僕が攻撃魔法でぜーんぶ吹き飛ばしてあげるからね、兄上」
悪戯っ子みたいに笑う弟は、今日も聡くて愛らしい。
「ありがとうございます、コンラッド様。そのときはよろしくお願いしますね」
これが、期限の前日の夜だった。
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