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9、目標のこと
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味方を得て目的と手段を明確にしたい回です。
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さて、私たちは、ヘンウッド卿の納得のいく目標を掲げねばならない。2人で二言三言ひそひそ確かめ合い、2人で決めたことで間違いはなかろうと結論を出す。彼の方へ改めて向き直り、コンラッド様が口を開く。
「僕たちの目的は、まず、生き残ることです」
「ふむ。大切ですね」
コンラッド様と、メアリお嬢様と、ジョン坊ちゃんにジェーンお嬢様。出来ればついでに私。これからの過程で何を諦めることになっても、明日の日を見ることだけは諦めないと決めた。
「生き残って、正当な……いえ、ええと、僕が次期公爵に相応しいとか、贅沢な貴族としての扱いを望むとか、そういうわけではないのですが……今、僕たちの立場として、正当な扱いをされることを望みます」
これについては1つ反省があるのだが……私の自意識が転生者でいなければ、もう少しマシな扱いをされていたのではと思う。コンラッド様たちがちょっとした冷遇を受けるたび、かわいそうになって色々と整えたり手を出したり、なんなら私が奴らの代わりに仕事をしていた結果、使用人たちは大丈夫と認識してしまったのだ。
こいつらはほうっておいても死なない、と。
それはそれで私的にありがたくはあったのだけど、コンラッド様たち公爵家の子供としては大問題だった。貴族は基本的に、家事や雑事はみな複数の使用人にやらせる立場なのだ。庶民じみてなんにでも手を出す癖が付くと困る。……と、いうのを、私はあろうことか、朝の身支度が1人でも完璧に出来るようになったジョン坊ちゃんとジェーンお嬢様に惜しみない賞賛を送りながら気が付いた。前世の常識を捨てきれなかったと気付いた瞬間だった。私の小さな双子の主人はとってもよくできた子たちである……。
「そうでございますね。従者と従僕は違いますゆえ」
ヘンウッド卿の視線が痛い。お前はやり過ぎだ、と言われている気がする。
「……か、返す言葉もございません」
「いえ、君が悪いわけではないのですがね」
思わず深々と頭を下げた私に、ヘンウッド卿は変わらぬ声で慰めをくれた。この人は、というか、家庭教師の何人かは私の非常識な点について気付いていそうな気がする。マジもんの天才とはこういう人のことを言う……。
「それで、公爵家子息として正当に生き残る、それ以外には? それ1つならば私を頼る必要はありますまい」
「はい。このような身ではありますが、僕にもレンドル公爵家の一員としての誇りがあります。先程も申し上げましたが、叔父上や他の親族に頼って、それを踏みにじられたくはないのです」
「ふむ……資産や地位狙いの三下に『レンドル』を名乗られたくはないから、不当にも分け前を狙う禿鷹は排除したい、と」
「…………は、はい」
言い方に非常に棘がある。良いと思う。ヘンウッド卿……以前に経歴を調べたことがあるけど、どうも私が見られた部分以外にも苦労をしていると見た。何が『隠居の研究者』だ、バリバリの前線思考じゃないか!
「若様、そこは『そうです』と言い切りなさいませ。あなたが成そうというのは、つまりそういうことなのですよ」
「……。はい。そう、です」
コンラッド様はお優しい。使用人の態度に怒りはすれど誰にあたることもなく、捻くれてもいない。弟妹様たちを愛する純粋な12歳だ。一度私と共に決めたことを改めて説かれ、彼は一瞬言葉に詰まったのち、ぎゅっと拳を握って答えた。彼は、きっとまだ希望を捨てられていないのだろう。いつか、使用人たちが申し訳なかったと謝って、みなで仲良く笑える日が来るという希望を。
「クロードもですよ。主人の望みに賛同するのですね」
「はい。そうです。コンラッド様がそう望まれるのは、正しいことだと思いました」
残念ながら、私は知っている。読んだ通りに知っている。奴らはコンラッド様に処罰されるまで欠片も改心しないし、罪悪感を抱くこともない。最期の最後まで何も反省せずに舞台を下りる。だから、私は1人でもやろうと思ったし、コンラッド様とそう決めた今は何を使ってでも成し遂げる覚悟だ。
「……よろしい」
じっ、と私の目を見ていたヘンウッド卿は、何事か思うところがあったらしい。けれど結局口には出さず、ただ軽く息を吐いた。黙っていてくれるらしい。
「それでは、一旦ここでやるべきことを考えましょう。若様方が正当な扱いを受け、正当にレンドル公爵家が存続する。これは、そうですね。今とは別のきちんとした後見人に家の管理を任せる、と言い換えても良いでしょう」
ぽんと手を叩き、我々の家庭教師殿は、いつも授業でするように、紙とペンを取り出した。私たちの目標をさらさらと書き付け、それから隅に登場人物として私たちの名が連ねられる。
「ええと……後見人になってくださりそうな方を探す?」
「ええ。それも必要でしょう。ですが、今あなたの後見人に1番相応しいのはどなただと思いますか? 何も知らない人が外から見た場合の話です」
後見人、という枠が作られ、そこへ矢印が引かれる。コンラッド様は少し考え、はっとしたように答えた。
「ゴードン叔父上……です」
「そのとおり。我が国の慣習では、セルウィッジ伯爵以上にこの役割が相応しい者はいないのです」
これがとても厄介な所で……今の公爵夫妻が、領地についての始末を一切付けずに王都へ篭ってしまっているというのも1つの原因だ。当主と1番近いゴードン伯爵、あるいはレンドル家の血を引くいくつかの分家が、私たちの望む後見人よりも先に手を挙げることだろう。
「では、どうすれば……」
「簡単です。セルウィッジ伯爵が、この地位に相応しくなければ良いのですよ。他の親族も同様です。若様方の望む方が後見人になるより他にない、としてしまえばよいのです」
「…………な、る、ほど」
柔らかい言い方だが、ようは『合格者が出るまで失脚させ続けろ』と言っている。恐ろしく乱暴だが単純で確実だ。
というか、そこまで大規模に色々暴くと不味くないだろうか? 変な陰謀とか明るみに出ても困る。さすがに皇家にも話が行きそうだし……失脚のペナルティでとばっちりを受けるのは避けたいのだが。
……いや、そもそも失脚させるための諸々を暴いたのがコンラッド様たちなら、巻き込まれる心配はないのか。親族の汚点は許さないとも取れる行動だし。コンラッド様がちょっと引き気味に理解しようとしている横で、私も若干背筋が寒くなった。絶対に手慣れてやがる、この研究者殿。
「出来れば若様方に対する罪が良うございますね。尻尾切りではない証に。……ああそうだ、こちらにシシリー卿が講義にいらしていますよね? 彼にも協力を仰ぎませんか。なに、ちょっとした実践授業でございます。あくまでも主導は若様方でなければ」
なんだか楽しそうに計画を練るヘンウッド卿は、とても頼もしかった。ただ、そっと私の服の袖を掴んだコンラッド様を、たしなめる気が起きなかったのも事実だった。
ともあれ、やるべきことの大きな1つは示して貰えた。私たちは、それを成さなければならない。
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Tips 後見人制度
ブロンデル皇国における後見人制度とは、成年前の子供、あるいは充分な領地運営能力を持たないとされた貴族の保護のため、また、滞りない領地運営のために、法律行為・事実行為両面においてサポートを行う制度である。多くは成人前に前当主が亡くなった家の後継ぎや、夫・妻が亡くなった他国からの婚姻者に付けられる。
貴族以外で正式にこの制度が利用されることは少ないが、民間でも両親が亡くなった子供や、まだ若い者の後ろ盾として「後見人」という名称で保護者が付くことがある。
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さて、私たちは、ヘンウッド卿の納得のいく目標を掲げねばならない。2人で二言三言ひそひそ確かめ合い、2人で決めたことで間違いはなかろうと結論を出す。彼の方へ改めて向き直り、コンラッド様が口を開く。
「僕たちの目的は、まず、生き残ることです」
「ふむ。大切ですね」
コンラッド様と、メアリお嬢様と、ジョン坊ちゃんにジェーンお嬢様。出来ればついでに私。これからの過程で何を諦めることになっても、明日の日を見ることだけは諦めないと決めた。
「生き残って、正当な……いえ、ええと、僕が次期公爵に相応しいとか、贅沢な貴族としての扱いを望むとか、そういうわけではないのですが……今、僕たちの立場として、正当な扱いをされることを望みます」
これについては1つ反省があるのだが……私の自意識が転生者でいなければ、もう少しマシな扱いをされていたのではと思う。コンラッド様たちがちょっとした冷遇を受けるたび、かわいそうになって色々と整えたり手を出したり、なんなら私が奴らの代わりに仕事をしていた結果、使用人たちは大丈夫と認識してしまったのだ。
こいつらはほうっておいても死なない、と。
それはそれで私的にありがたくはあったのだけど、コンラッド様たち公爵家の子供としては大問題だった。貴族は基本的に、家事や雑事はみな複数の使用人にやらせる立場なのだ。庶民じみてなんにでも手を出す癖が付くと困る。……と、いうのを、私はあろうことか、朝の身支度が1人でも完璧に出来るようになったジョン坊ちゃんとジェーンお嬢様に惜しみない賞賛を送りながら気が付いた。前世の常識を捨てきれなかったと気付いた瞬間だった。私の小さな双子の主人はとってもよくできた子たちである……。
「そうでございますね。従者と従僕は違いますゆえ」
ヘンウッド卿の視線が痛い。お前はやり過ぎだ、と言われている気がする。
「……か、返す言葉もございません」
「いえ、君が悪いわけではないのですがね」
思わず深々と頭を下げた私に、ヘンウッド卿は変わらぬ声で慰めをくれた。この人は、というか、家庭教師の何人かは私の非常識な点について気付いていそうな気がする。マジもんの天才とはこういう人のことを言う……。
「それで、公爵家子息として正当に生き残る、それ以外には? それ1つならば私を頼る必要はありますまい」
「はい。このような身ではありますが、僕にもレンドル公爵家の一員としての誇りがあります。先程も申し上げましたが、叔父上や他の親族に頼って、それを踏みにじられたくはないのです」
「ふむ……資産や地位狙いの三下に『レンドル』を名乗られたくはないから、不当にも分け前を狙う禿鷹は排除したい、と」
「…………は、はい」
言い方に非常に棘がある。良いと思う。ヘンウッド卿……以前に経歴を調べたことがあるけど、どうも私が見られた部分以外にも苦労をしていると見た。何が『隠居の研究者』だ、バリバリの前線思考じゃないか!
「若様、そこは『そうです』と言い切りなさいませ。あなたが成そうというのは、つまりそういうことなのですよ」
「……。はい。そう、です」
コンラッド様はお優しい。使用人の態度に怒りはすれど誰にあたることもなく、捻くれてもいない。弟妹様たちを愛する純粋な12歳だ。一度私と共に決めたことを改めて説かれ、彼は一瞬言葉に詰まったのち、ぎゅっと拳を握って答えた。彼は、きっとまだ希望を捨てられていないのだろう。いつか、使用人たちが申し訳なかったと謝って、みなで仲良く笑える日が来るという希望を。
「クロードもですよ。主人の望みに賛同するのですね」
「はい。そうです。コンラッド様がそう望まれるのは、正しいことだと思いました」
残念ながら、私は知っている。読んだ通りに知っている。奴らはコンラッド様に処罰されるまで欠片も改心しないし、罪悪感を抱くこともない。最期の最後まで何も反省せずに舞台を下りる。だから、私は1人でもやろうと思ったし、コンラッド様とそう決めた今は何を使ってでも成し遂げる覚悟だ。
「……よろしい」
じっ、と私の目を見ていたヘンウッド卿は、何事か思うところがあったらしい。けれど結局口には出さず、ただ軽く息を吐いた。黙っていてくれるらしい。
「それでは、一旦ここでやるべきことを考えましょう。若様方が正当な扱いを受け、正当にレンドル公爵家が存続する。これは、そうですね。今とは別のきちんとした後見人に家の管理を任せる、と言い換えても良いでしょう」
ぽんと手を叩き、我々の家庭教師殿は、いつも授業でするように、紙とペンを取り出した。私たちの目標をさらさらと書き付け、それから隅に登場人物として私たちの名が連ねられる。
「ええと……後見人になってくださりそうな方を探す?」
「ええ。それも必要でしょう。ですが、今あなたの後見人に1番相応しいのはどなただと思いますか? 何も知らない人が外から見た場合の話です」
後見人、という枠が作られ、そこへ矢印が引かれる。コンラッド様は少し考え、はっとしたように答えた。
「ゴードン叔父上……です」
「そのとおり。我が国の慣習では、セルウィッジ伯爵以上にこの役割が相応しい者はいないのです」
これがとても厄介な所で……今の公爵夫妻が、領地についての始末を一切付けずに王都へ篭ってしまっているというのも1つの原因だ。当主と1番近いゴードン伯爵、あるいはレンドル家の血を引くいくつかの分家が、私たちの望む後見人よりも先に手を挙げることだろう。
「では、どうすれば……」
「簡単です。セルウィッジ伯爵が、この地位に相応しくなければ良いのですよ。他の親族も同様です。若様方の望む方が後見人になるより他にない、としてしまえばよいのです」
「…………な、る、ほど」
柔らかい言い方だが、ようは『合格者が出るまで失脚させ続けろ』と言っている。恐ろしく乱暴だが単純で確実だ。
というか、そこまで大規模に色々暴くと不味くないだろうか? 変な陰謀とか明るみに出ても困る。さすがに皇家にも話が行きそうだし……失脚のペナルティでとばっちりを受けるのは避けたいのだが。
……いや、そもそも失脚させるための諸々を暴いたのがコンラッド様たちなら、巻き込まれる心配はないのか。親族の汚点は許さないとも取れる行動だし。コンラッド様がちょっと引き気味に理解しようとしている横で、私も若干背筋が寒くなった。絶対に手慣れてやがる、この研究者殿。
「出来れば若様方に対する罪が良うございますね。尻尾切りではない証に。……ああそうだ、こちらにシシリー卿が講義にいらしていますよね? 彼にも協力を仰ぎませんか。なに、ちょっとした実践授業でございます。あくまでも主導は若様方でなければ」
なんだか楽しそうに計画を練るヘンウッド卿は、とても頼もしかった。ただ、そっと私の服の袖を掴んだコンラッド様を、たしなめる気が起きなかったのも事実だった。
ともあれ、やるべきことの大きな1つは示して貰えた。私たちは、それを成さなければならない。
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Tips 後見人制度
ブロンデル皇国における後見人制度とは、成年前の子供、あるいは充分な領地運営能力を持たないとされた貴族の保護のため、また、滞りない領地運営のために、法律行為・事実行為両面においてサポートを行う制度である。多くは成人前に前当主が亡くなった家の後継ぎや、夫・妻が亡くなった他国からの婚姻者に付けられる。
貴族以外で正式にこの制度が利用されることは少ないが、民間でも両親が亡くなった子供や、まだ若い者の後ろ盾として「後見人」という名称で保護者が付くことがある。
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