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5、情報源のこと
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御家事情と筋書きの解説回そのにです。
主人公とモブのR15がちらっと後半にありますのでご注意ください。
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子供部屋から離れ、ここだろうなと見当を付けた場所へ向かえば、家令はすぐに見つかった。数人の使用人と一緒に、廊下の奥でひそひそと話している。わざと靴を鳴らして近寄った。彼らはぴたりと会話を止めて、歓迎はしない様子で私を見た。
「お話中に失礼します。コンラッド様から、お手紙を家令にもお見せするようにと」
白髪の男へ封筒を手渡す。じとりとこちらを見下ろす男は表情を変えない。私のような子供相手でさえ内側を見せないこの家令は、なかなかに厄介な相手だ。他の大人のように、私が怯えることを期待して嫌悪を示してくれればまだやりようがあるのに。
「それはよかった、やっとお返しいただけましたか。これで職務が遂行できます」
「そうですか」
主人の子供に一言の慰めもないくせに、何が職務か。さっと手紙を私の手から受け取った老人は改めて内容を確認した。私はコンラッド様付きの従者だが、命令系統としてはこの男の下に入る。だから、私は手紙に目を走らせる男へ、不安げな顔を作って問いかける。
「私のできる仕事はございますか?」
「いいえ、クロード。おまえは坊ちゃんたちと一緒にいて差し上げなさい」
「……分かりました。これから何を?」
雑用でも押し付けてくれたら、合間で会話も耳に入るだろうと思ったのだが……そう甘くはないらしい。命じられて従わねば、私は問題児として遠ざけられるだろう。とうにレンドル家の味方ではなくなってしまった老齢の使用人は、年に相応しい賢しさと慎重さを備えている。
「おまえは知らずともよろしい。大人に任せておきなさい」
「……はい」
厄介なことに、私はコンラッド様の乳母子であり従者であるというだけで、私自身の身分はただの『子爵令息』だ。爵位すら無い、将来継ぐ家もない子供。表立った功績は無く、ただ自らの主人に忠実で、まあ他を探さなくても良い程度に能力のある変人、という認識がせいぜいだろう。有能すぎず、無能でもなく、あらゆる意味において排除するまでもない若造。それが私だ。
考えて考えて、そう振る舞って、そういう認識を得た。ウン十年の不正データを持ったまま生まれた私を、ただの12歳児だとあなどって貰えることを祈って。
「それでは、失礼いたします。坊ちゃんたちの気持ちの落ち着くよう努めますね」
実際私が思うに、今世の私の素のスペックは、この立ち位置にいる者としていまいちぱっとしない。さして学問に秀でるわけでもなく、武道に長けるわけでも、魔術の覚えが良いわけでも多大な魔力を持つわけでもない。ついでに顔面もそれなりである。というか顔面偏差に関しては限界突破なご主人がいるのでどうあがいても敗北だ。
ズルをしたぶんでなんとか日々を賄っている凡人なのだ、私は。
「ああそれなら、台所を借りてつまむ物をお作りしましょう。なにか甘い物でも口に入れた方がよろしい。夕食をどうなさるかも聞かないと」
礼をして去ろうとしたとき、横合いから声がかかる。赤毛の男は従僕の1人で、それなりの位置を任されている小器用な奴だった。
「ふむ。それが良いでしょう。ではアルフ、あなたが行ってきなさい」
「はい」
「……ありがとうございます」
僅かに目を細めた家令は、一呼吸考えたあと、従僕へ許可を出した。にこりと微笑んで、男は私に近寄る。礼をして私の肩を押し、退出しようとする従僕。そいつに続いて頭を下げる。他の使用人たちは何も言わなかった。あるいは、関わって世話を押し付けられることを恐れているのかもしれない。
「さ、行こうか」
「ええ」
ぐいと引き寄せられて、そのまま歩き出す。私から声をかけずに済んだのはありがたいことだが……もう少し隠せないものだろうか? 家令には、この男が『私と2人になろうとした』のを気付かれていそうだ。
「果物でも切ろうか」
「そうですね」
「ビスケットも良いな、出してこよう」
「ありがとうございます」
「……つれないな。仲良くしようぜ」
台所へと歩く廊下はそれなりに距離がある。道中も軽い口調で話す男は、誰もいないと見て馴れ馴れしく私の肩を抱いた。
「私とあなたが? どうして?」
つい刺々しい口調になったのは仕方がないと思いたい。私に睨まれ、それでもにっこりとこちらを見下ろす男は確かに好青年だ。家令側……公爵家の継承権を狙う者たち側の情報提供者として、いてくれねば困る人間でもある。ただ……私とこの男の関係は、決して清廉な協力関係ではない。
「同じ穴の狢ってやつだろ、俺とお前は」
「……そうですね」
お互いがお互いの弱味と醜聞を握った膠着状態。互いの喉元へ剣を突き付けて、未だ交渉中と言った方が分かりやすいだろうか。
「っはー! かわいくねぇなぁ!」
ぐいと腕が引かれる。私の身体能力は良くも悪くも人並みだ。大人に力一杯振り回されれば、当然体勢は崩れる。嘆くように少しばかり声を張って喚き、手近な扉を開けた男は、手慣れた手順で私をそこへ連れ込んだ。
足がもつれて、床にあった重たい布へ両手をつく。今日はリネン室らしい。この時間は、ただでさえ誰も入ってこないはずだ。ガチャン、と、男が鍵を掛けた音が背後で聞こえる。
「もうちょっとこう、なんかねぇのかよ。怖がるとか媚びるとかさぁ?」
「餌をいただければ多少のサービスはしますが」
「そういうとこだよ……ほんっとかわいくねぇ」
呆れた様子で眉を寄せる男は、私の大事な情報源だ。そりゃあ、離さないため裏切られないために対策はしたけれど、おとなしくしてくれるならご褒美をあげたっていい。ぐいと襟元を緩めた男は苛立つように頭を掻き、それから部屋唯一の扉の前へ陣取った。
「それで? クロード。何が知りたい?」
アルフ・セレスタ。レンドル家の従僕の1人で、赤毛に黒の瞳を持つ優男。家令からの信頼はそこそこあり、私とはおたがいに脅迫関係である。
「分かっていることを全部」
「……豪気だなぁ」
「惜しむ必要が?」
短く会話を続けながら、テーブルクロスらしい布の上へ座って彼へ向き直る。一瞬、さも不愉快だとばかりに顔を歪ませたアルフは、溜め息をついて声を落とした。
「お前が期待するような話は無いぞ。手紙は事実だ、ランバル様が裏取ったってさ」
私が期待する、つまりはレンドル家に敵対する輩の醜聞は無いらしい。ということは、当主と奥方が病にかかったというのも本当だろう。あの家令が確かめていたというなら、忌々しいが正確な情報だ。
……物語の筋書き通りに。
「まぁ、急なことだからな。正当な方法で動くにしたって、それなりに時間はかかる。まして今のタイミングで下手なことしてみろ、疑われるのは親族だ」
今日明日にも、家督を狙った刺客がやってくる、というわけはないらしい。……ちょっとやりかねないぞと思っていたのは内緒だ。遠縁の馬鹿共ならやりそう、というのはさすがに見くびり過ぎだろうか? レンドル家の公爵位を狙う筆頭である当主の弟が、急ぎ動かないと知れただけでも良しとしよう。
着けていたループタイを取って横のタオルへ投げる。上着を脱いで、ちょうど良い位置にあった物干しへ引っ掛ける。人気のないリネン室は少し肌寒かった。
「少なくとも、ランバル様は正攻法で家を盗るつもりらしいぞ? お前はともかく、坊ちゃんたちはマトモな子供だろ。後見人は必要だ」
「味方をしてるださるならそうでしょうね」
シャツのボタンを外し、ゆっくり袖から腕を抜く。同じく手近な場所に引っ掛けて、ズボンへ手を掛ける。
「味方にはならねぇだろうなー。あの手この手で坊ちゃんたちにはなんもさせないに決まってる。今だってそんな感じだろ」
よいしょ、と扉から背を離した彼は、鷹揚に近付いてきて私の腕を掴んだ。金具の外れたベルトを引き抜いて、私を立ち上がらせる。
「あーもったいねぇ。お前今からでもこっち側につけよ。俺が良くしてやるから」
私に後ろを向かせ、背後から抱き着くように拘束した男は冗談のように言いながら、私の肌着へ手を掛けた。冷たくて筋張った手が、隙間から入り込んでくる。口調と同じで乱暴な手付きだ。
「……少年愛者な暴力男は願い下げですね」
私の薄い腹を撫でる手は、嫌な目的を隠そうともしなかった。留具のなくなったズボンが器用に落とされ、足元で絡まる。ぬるい体温が伝わってきて不愉快だ。
私は小説の端書きで知ったことであるが、アルフの性愛対象は男だった。それも、ちょうど私くらいの年齢差のある年下の子供。ついでに言うなら、出入りの丁稚に手を付けた、待てのできないサディストだから質が悪い。きちんと提示できる証拠を集めるのに、そう時間はかからなかった。なにせ、私はそうであるとはじめから知っている。
私の前世でも十分屑男だ、今世の、貴族の従僕としても好まれはしない。他にもネタはあるけれど、子供の私が大人の彼を脅せる理由であり、彼に差し出せる報酬でもある。
「でも、俺しかいないんだろう? 人殺し」
そして、毎度のことのように言われるこれが、私が彼に脅される表向きの理由。コンラッド様が危なかったから、というのは言い訳だろう。私は神の視点を知っていて、だからこそ、まだなんの罪もなかった人間を1人、罠に嵌めて殺した。
「そうですね。報酬にお金をかけたくないので」
「あー……マジでかわいくねぇよなお前。ほんとに子供か? 姿変えの魔術でも使ったジジイなんじゃねぇの」
「そうでしたら、あなたには一矢報いられますね」
「……やめろ。冗談でも止めろ気持ち悪ぃ」
「っ、ゔ」
ぐい、と首を押さえて上を向かされ、思わず声が出る。喉元の筋が痛い。
…………実は、私としてはアルフにこう思われていることこそが本当の理由だったりする。バレたくないのだ。バレて従者を下ろされたくない。引き続きニューゲームで転生してきた、前世も足せば少しのかわいげもないまさしくジジイであるなどと。常識も何もかなぐり捨てて、主のためにこの年で人殺しを決意してしまえる男だなどと、コンラッド様の敵に知られるわけにはいかないのだ。
するり。するり。大人の手が体を這う。後ろから押し付けられる腰に硬さを感じて怖気が走る。
「……早く済ませてください。コンラッド様たちがお待ちですから」
私は決めた。決めたのだ。どんなことをしてでも、私の主たちを幸せにすると。
かわいくない、と言いたげに、晒した肩へ強く歯が立てられた。
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Tips 従僕と従者
この世界において、「従僕」とは、貴族の屋敷で執事の部下として働き、家の事を行う使用人を指す。上司の執事は家令として家主の補佐をし、内政を取り仕切っていることが多いため、従僕は「家」に仕えているとも言える。
対してこの世界での「従者」とは、読んで字のごとく主に従う者である。もちろん上司は己の主人であり、主人の身の回りの世話や外出時の供をするのが仕事。主人が望まない限り、家の切り盛りには手を出さないのが一般的だ。本作主人公は、例外的に「主人への命令権を持つ者」から命じられて従僕と同じく執事の下の立場に付けられている。
なお、この括りは筆者が調べた事実を本作に都合良く捏ね繰り回して改変したものであることを付け加えておく。
主人公とモブのR15がちらっと後半にありますのでご注意ください。
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子供部屋から離れ、ここだろうなと見当を付けた場所へ向かえば、家令はすぐに見つかった。数人の使用人と一緒に、廊下の奥でひそひそと話している。わざと靴を鳴らして近寄った。彼らはぴたりと会話を止めて、歓迎はしない様子で私を見た。
「お話中に失礼します。コンラッド様から、お手紙を家令にもお見せするようにと」
白髪の男へ封筒を手渡す。じとりとこちらを見下ろす男は表情を変えない。私のような子供相手でさえ内側を見せないこの家令は、なかなかに厄介な相手だ。他の大人のように、私が怯えることを期待して嫌悪を示してくれればまだやりようがあるのに。
「それはよかった、やっとお返しいただけましたか。これで職務が遂行できます」
「そうですか」
主人の子供に一言の慰めもないくせに、何が職務か。さっと手紙を私の手から受け取った老人は改めて内容を確認した。私はコンラッド様付きの従者だが、命令系統としてはこの男の下に入る。だから、私は手紙に目を走らせる男へ、不安げな顔を作って問いかける。
「私のできる仕事はございますか?」
「いいえ、クロード。おまえは坊ちゃんたちと一緒にいて差し上げなさい」
「……分かりました。これから何を?」
雑用でも押し付けてくれたら、合間で会話も耳に入るだろうと思ったのだが……そう甘くはないらしい。命じられて従わねば、私は問題児として遠ざけられるだろう。とうにレンドル家の味方ではなくなってしまった老齢の使用人は、年に相応しい賢しさと慎重さを備えている。
「おまえは知らずともよろしい。大人に任せておきなさい」
「……はい」
厄介なことに、私はコンラッド様の乳母子であり従者であるというだけで、私自身の身分はただの『子爵令息』だ。爵位すら無い、将来継ぐ家もない子供。表立った功績は無く、ただ自らの主人に忠実で、まあ他を探さなくても良い程度に能力のある変人、という認識がせいぜいだろう。有能すぎず、無能でもなく、あらゆる意味において排除するまでもない若造。それが私だ。
考えて考えて、そう振る舞って、そういう認識を得た。ウン十年の不正データを持ったまま生まれた私を、ただの12歳児だとあなどって貰えることを祈って。
「それでは、失礼いたします。坊ちゃんたちの気持ちの落ち着くよう努めますね」
実際私が思うに、今世の私の素のスペックは、この立ち位置にいる者としていまいちぱっとしない。さして学問に秀でるわけでもなく、武道に長けるわけでも、魔術の覚えが良いわけでも多大な魔力を持つわけでもない。ついでに顔面もそれなりである。というか顔面偏差に関しては限界突破なご主人がいるのでどうあがいても敗北だ。
ズルをしたぶんでなんとか日々を賄っている凡人なのだ、私は。
「ああそれなら、台所を借りてつまむ物をお作りしましょう。なにか甘い物でも口に入れた方がよろしい。夕食をどうなさるかも聞かないと」
礼をして去ろうとしたとき、横合いから声がかかる。赤毛の男は従僕の1人で、それなりの位置を任されている小器用な奴だった。
「ふむ。それが良いでしょう。ではアルフ、あなたが行ってきなさい」
「はい」
「……ありがとうございます」
僅かに目を細めた家令は、一呼吸考えたあと、従僕へ許可を出した。にこりと微笑んで、男は私に近寄る。礼をして私の肩を押し、退出しようとする従僕。そいつに続いて頭を下げる。他の使用人たちは何も言わなかった。あるいは、関わって世話を押し付けられることを恐れているのかもしれない。
「さ、行こうか」
「ええ」
ぐいと引き寄せられて、そのまま歩き出す。私から声をかけずに済んだのはありがたいことだが……もう少し隠せないものだろうか? 家令には、この男が『私と2人になろうとした』のを気付かれていそうだ。
「果物でも切ろうか」
「そうですね」
「ビスケットも良いな、出してこよう」
「ありがとうございます」
「……つれないな。仲良くしようぜ」
台所へと歩く廊下はそれなりに距離がある。道中も軽い口調で話す男は、誰もいないと見て馴れ馴れしく私の肩を抱いた。
「私とあなたが? どうして?」
つい刺々しい口調になったのは仕方がないと思いたい。私に睨まれ、それでもにっこりとこちらを見下ろす男は確かに好青年だ。家令側……公爵家の継承権を狙う者たち側の情報提供者として、いてくれねば困る人間でもある。ただ……私とこの男の関係は、決して清廉な協力関係ではない。
「同じ穴の狢ってやつだろ、俺とお前は」
「……そうですね」
お互いがお互いの弱味と醜聞を握った膠着状態。互いの喉元へ剣を突き付けて、未だ交渉中と言った方が分かりやすいだろうか。
「っはー! かわいくねぇなぁ!」
ぐいと腕が引かれる。私の身体能力は良くも悪くも人並みだ。大人に力一杯振り回されれば、当然体勢は崩れる。嘆くように少しばかり声を張って喚き、手近な扉を開けた男は、手慣れた手順で私をそこへ連れ込んだ。
足がもつれて、床にあった重たい布へ両手をつく。今日はリネン室らしい。この時間は、ただでさえ誰も入ってこないはずだ。ガチャン、と、男が鍵を掛けた音が背後で聞こえる。
「もうちょっとこう、なんかねぇのかよ。怖がるとか媚びるとかさぁ?」
「餌をいただければ多少のサービスはしますが」
「そういうとこだよ……ほんっとかわいくねぇ」
呆れた様子で眉を寄せる男は、私の大事な情報源だ。そりゃあ、離さないため裏切られないために対策はしたけれど、おとなしくしてくれるならご褒美をあげたっていい。ぐいと襟元を緩めた男は苛立つように頭を掻き、それから部屋唯一の扉の前へ陣取った。
「それで? クロード。何が知りたい?」
アルフ・セレスタ。レンドル家の従僕の1人で、赤毛に黒の瞳を持つ優男。家令からの信頼はそこそこあり、私とはおたがいに脅迫関係である。
「分かっていることを全部」
「……豪気だなぁ」
「惜しむ必要が?」
短く会話を続けながら、テーブルクロスらしい布の上へ座って彼へ向き直る。一瞬、さも不愉快だとばかりに顔を歪ませたアルフは、溜め息をついて声を落とした。
「お前が期待するような話は無いぞ。手紙は事実だ、ランバル様が裏取ったってさ」
私が期待する、つまりはレンドル家に敵対する輩の醜聞は無いらしい。ということは、当主と奥方が病にかかったというのも本当だろう。あの家令が確かめていたというなら、忌々しいが正確な情報だ。
……物語の筋書き通りに。
「まぁ、急なことだからな。正当な方法で動くにしたって、それなりに時間はかかる。まして今のタイミングで下手なことしてみろ、疑われるのは親族だ」
今日明日にも、家督を狙った刺客がやってくる、というわけはないらしい。……ちょっとやりかねないぞと思っていたのは内緒だ。遠縁の馬鹿共ならやりそう、というのはさすがに見くびり過ぎだろうか? レンドル家の公爵位を狙う筆頭である当主の弟が、急ぎ動かないと知れただけでも良しとしよう。
着けていたループタイを取って横のタオルへ投げる。上着を脱いで、ちょうど良い位置にあった物干しへ引っ掛ける。人気のないリネン室は少し肌寒かった。
「少なくとも、ランバル様は正攻法で家を盗るつもりらしいぞ? お前はともかく、坊ちゃんたちはマトモな子供だろ。後見人は必要だ」
「味方をしてるださるならそうでしょうね」
シャツのボタンを外し、ゆっくり袖から腕を抜く。同じく手近な場所に引っ掛けて、ズボンへ手を掛ける。
「味方にはならねぇだろうなー。あの手この手で坊ちゃんたちにはなんもさせないに決まってる。今だってそんな感じだろ」
よいしょ、と扉から背を離した彼は、鷹揚に近付いてきて私の腕を掴んだ。金具の外れたベルトを引き抜いて、私を立ち上がらせる。
「あーもったいねぇ。お前今からでもこっち側につけよ。俺が良くしてやるから」
私に後ろを向かせ、背後から抱き着くように拘束した男は冗談のように言いながら、私の肌着へ手を掛けた。冷たくて筋張った手が、隙間から入り込んでくる。口調と同じで乱暴な手付きだ。
「……少年愛者な暴力男は願い下げですね」
私の薄い腹を撫でる手は、嫌な目的を隠そうともしなかった。留具のなくなったズボンが器用に落とされ、足元で絡まる。ぬるい体温が伝わってきて不愉快だ。
私は小説の端書きで知ったことであるが、アルフの性愛対象は男だった。それも、ちょうど私くらいの年齢差のある年下の子供。ついでに言うなら、出入りの丁稚に手を付けた、待てのできないサディストだから質が悪い。きちんと提示できる証拠を集めるのに、そう時間はかからなかった。なにせ、私はそうであるとはじめから知っている。
私の前世でも十分屑男だ、今世の、貴族の従僕としても好まれはしない。他にもネタはあるけれど、子供の私が大人の彼を脅せる理由であり、彼に差し出せる報酬でもある。
「でも、俺しかいないんだろう? 人殺し」
そして、毎度のことのように言われるこれが、私が彼に脅される表向きの理由。コンラッド様が危なかったから、というのは言い訳だろう。私は神の視点を知っていて、だからこそ、まだなんの罪もなかった人間を1人、罠に嵌めて殺した。
「そうですね。報酬にお金をかけたくないので」
「あー……マジでかわいくねぇよなお前。ほんとに子供か? 姿変えの魔術でも使ったジジイなんじゃねぇの」
「そうでしたら、あなたには一矢報いられますね」
「……やめろ。冗談でも止めろ気持ち悪ぃ」
「っ、ゔ」
ぐい、と首を押さえて上を向かされ、思わず声が出る。喉元の筋が痛い。
…………実は、私としてはアルフにこう思われていることこそが本当の理由だったりする。バレたくないのだ。バレて従者を下ろされたくない。引き続きニューゲームで転生してきた、前世も足せば少しのかわいげもないまさしくジジイであるなどと。常識も何もかなぐり捨てて、主のためにこの年で人殺しを決意してしまえる男だなどと、コンラッド様の敵に知られるわけにはいかないのだ。
するり。するり。大人の手が体を這う。後ろから押し付けられる腰に硬さを感じて怖気が走る。
「……早く済ませてください。コンラッド様たちがお待ちですから」
私は決めた。決めたのだ。どんなことをしてでも、私の主たちを幸せにすると。
かわいくない、と言いたげに、晒した肩へ強く歯が立てられた。
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Tips 従僕と従者
この世界において、「従僕」とは、貴族の屋敷で執事の部下として働き、家の事を行う使用人を指す。上司の執事は家令として家主の補佐をし、内政を取り仕切っていることが多いため、従僕は「家」に仕えているとも言える。
対してこの世界での「従者」とは、読んで字のごとく主に従う者である。もちろん上司は己の主人であり、主人の身の回りの世話や外出時の供をするのが仕事。主人が望まない限り、家の切り盛りには手を出さないのが一般的だ。本作主人公は、例外的に「主人への命令権を持つ者」から命じられて従僕と同じく執事の下の立場に付けられている。
なお、この括りは筆者が調べた事実を本作に都合良く捏ね繰り回して改変したものであることを付け加えておく。
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