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1、はじまりのこと

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よろしくお願いします。ほぼ状況説明の回です。
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 はじめは、1羽の鳩の死体だったらしい。1羽が2羽になり、2羽が4羽に、そして8羽にと次々増えた先で、今度は家畜が死に始めた。そこからペットに、そして人間にと派生するまで、時間はそれほどかからなかったようだ。

 らしい、ようだ、と他人事に曖昧に言うのは、自分がまだ12を数えたばかりの子供で、不穏な話から遠ざけられていた、という理由が1つ。仕える坊ちゃんにうっかり口を滑らせないようにという大人たちの思惑が1つ。それから、「はじめは1羽の鳩の死体だった」という文言を、前世の小説でまさしく「他人事」として読んだから、というのが1つ。なんの因果か引き継ぎニューゲームで始まった今世の人生は、小市民にはだいぶん荷が重い。

 特に、「悪役」たちへ惚れ込んでしまった今となっては尚の事。己の無力を嘆く日々である。


「クロード! 何してるの?」

「課題終わったから一緒に遊ぼうぜ、クロード」

「おやつもあるわ!」

「今日はクッキー!」

 文字の上で愛でていた人たちも、現実の子供となれば勝手が変わる。まあ、かわいいのに違いはない。簡素な服を身に着けた4人のきょうだいは、長兄の乳母子である私を好いてくれていた。おそろいの金の髪をふわふわと揺らして、彼らはこちらへ近付いてくる。

「手紙を読んでいたのですよ、メアリお嬢様。コンラッド様、お疲れ様でございます。ジェーンお嬢様、ジョンお坊ちゃん、おやつの時間になったらクッキーに合う紅茶をお淹れしますね」

 読んでいたものを懐へしまい、彼らへそれぞれ応えた。彼らはみな、私が読んだ小説に名の出てくる登場人物だ。元々私が転生する前にコンラッド様の従者の立ち位置にいた人物がどうだかは知らないが、今では私自身の大切な人たちでもある。庭へ出て遊ぼうと誘うかわいい主人たちに連れられて、私も中庭へ向かった。

「なあ、クロード」

「はい、何でしょう?」

 楽しそうに芝生へ駆け出した弟妹たちの後ろ姿を眺めて、12年間共に育った主人は私を呼ぶ。深い翡翠の瞳がじっと私を見つめた。

「お前は僕の味方だよな?」

「もちろんでございます」

 いつになく真剣に投げられた言葉。反射で応えて、はて、己は何か無作法をしただろうかと首を傾げる。暗に『変なことしてないよな?』と聞かれても、心当たりはない。コンラッド様は手紙の相手も内容も分かっているはずだし。

「……そうだよな、悪い。最近一緒にいないことが多かったからさ。忘れてくれ」

 バツが悪そうに頬を掻くコンラッド様は、まだ幼い顔で大人のように苦笑う。居心地が悪いと顔を触る彼の癖は直っていない。……きっとそれだけの理由ではないのだろう。コンラッド様は頭が良い。それこそ、程度には。だから、たぶん気付いているはずだ。最近、大人たちの様子がおかしいと。

「……なんだ、寂しかったなら言ってくだされば良かったのに」

「は!? ちが、違う! 僕に隠れて変なことしてないかって思っただけだ!」

 ここでは言いたくないのだろうな、と思って軽口を叩けば、くるりと目を開いて頬を染める。あぁこれは将来美形になるな、と分かる顔があからさまに「不服」を示す。私の主人はかわいいひとだ。

「ふふ、ありがとうございます。私は何があってもコンラッド様の味方ですよ」

 ……私は、彼らが登場する本を読んだことがある。つまりは、このままであったなら、彼らが今からどうなるのか、どんな人生を歩むのか、あるいは世間に流行っている恐ろしい病のことでさえ、他人事のように知っている。

 その運命に対して、何もしなかったわけではない。私自身の身分は貴族階級としては低いといえど、仮にも公爵家長男の乳母子である。方々へ手をやって自分を守り、すっかり情の移ってしまった主人たちを守らなかったわけはない。彼らがこれほど私に良くしてくれるのは、その小さな積み重ねが理由でもあるのだろう。

「……コンラッド様」

 それはまた、彼が、いきなり剣と魔法のファンタジーに放り込まれた私を認め、12年間試行錯誤を繰り返す私を愛してそばへ置いてくれたということの裏返しでもある。……たいそう変わった子供である自覚があるのだ、私には。前世を含めると軽く主人の3倍は年を食っている。

「うん?」

 名を呼ぶ私に応えて、優しく微笑んでくれる主人がいる。多少非常識な事をやらかしても、一緒に笑って怒られてさえくれる人がいる。それがなんと心強かったことか。一般的な価値観しか持たなかった私が前世の常識をかなぐり捨てて忠誠を誓うのに、それほど時間はかからなかった。

 ただ、重ねて言うが、私の前世はただの善良なる小市民だ。少しばかりネット小説が好きで、それを覚えていられただけの小さな男だ。多少の学問と処世術を覚えた程度で、どうして世界を大きく変えられよう?

 受け取った手紙は良い知らせではなかった。顔には出ていないはずだけれど、双子のように育った彼は気付いたのかもしれない。ただでさえ、自宅にいても気の休まらなかった子供だから。

「私が、死ぬまであなたの従者でいることをお許しくださいますか」

 彼らは、小説の中では悪役だった。非道な手段を使って主人公を亡きものにしようとする、冷酷で悲しい3きょうだいたち。主人公が15になるまで名前も出てこなかった私の主は、今までの12年も、そしてこれからの3年も、決して幸せとは言い難い日々を過ごす。彼らはそういう「悲しい悪役」だった。

「ああ、当然だ。お前は死ぬまでずーっと僕の右腕でいるんだ」

 太陽のように笑う、私の主人。彼のためにと、できる限りのことをした。これからもそうするだろう。力不足を嘆くのはいつでもできる。私は強くあらねばならない。

 私は、この小さな悪役たちを、まだ幼い主人たちを、こんなに愛してしまったのだから。

「ありがたき幸せです」

「ほら行くぞ。あいつらが待ってる」

「はい。手紙の内容はまた後で」

「おう」

 私たちの名を呼ぶ弟妹様がたに応えて手を振る。コンラッド様と顔を見合わせ、彼から差し出される小さな手を取る。それから、揃って駆け出した。



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Tips コンラッド・レンドル公爵令息

ブロンデル皇国の公爵家長男。金の髪と深い緑の瞳を持つ活発な健康優良児。現在12歳だが、本来10歳の間に行われるべきお披露目は時節と親の意向により延期されている。弟妹をたいそうかわいがり、乳母子との仲も良い。弟妹が出来てからは使用人にも優しい態度で接することが増えた。家庭教師によれば、ある時期から素晴らしい学習意欲を見せるようになり、今では実技を含めたほぼ全ての教科で優秀な結果を残しているようだ。
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